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悪魔の弟の獲物
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 電車に揺られる俺と修二は地元の駅から4つほど離れた駅で降りた。買い物と称して呼び出したのはもちろん口実で、実際にはたまの休日、普段は部活に学業に心身を疲弊させるばかりの生活からの、息抜きを望んでのことだった。
 大人しい顔立ちをした修二の兄が泥門の悪魔というのは周知の事実で、彼がその兄と必要以上に親密な関係というのもまた周知の事実だ。それでも人を引き寄せる才能に長け、愛されることに慣れている修二を慕う者は多い。決して誰の物にもならない悪魔の弟だからこそ、というのもあるのかもしれない。
 愛していると告げれば笑顔でありがとうと告げるこの少年は、言うなればその場だけの恋人のようなものだった。誰もが手に入れたいと思う微笑で人を魅了し、想えば想うほど深みに嵌り、それが結果として背後に控える悪魔の喉を潤すこととなるのも当然知っている。だがそこで修二と距離を取れる人間はまだ救われたほうだと、近頃俺は考えるようになった。
 例えば……そう、例えばの話だ。決して、絶対に、誰かの物にならないと分かっていてなお、一時でも一瞬でも修二を自分の元に縛り付けることが出来るなら、それでも構わないと思うようになってしまったら、もうそれは彼らの諸手にがっちりと心臓を鷲掴みにされたのと同じこと、ではないだろうか。

「筧くん、アクセサリーって付ける?」

 春や秋にはそれなりの演出をしてくれるであろう木々の茂る並木道の1つ隣の通りを歩いていたとき、不意に修二がそう尋ねてきた。それまで他愛もない話をしていただけに、突然投げ掛けられた質問の意図に答えあぐねてしまう。数秒の逡巡ののち何と返すべきか迷いつつも口を開こうとすると、恐らく俺が話を聞いていなかったのだと踏んだのだろう。彼はこちらを振り向き怒ったように眉を寄せてみせた。

「僕の話聞いてた?」

「ああ……もちろん」

「本当に? あっちの露天商、見ようって」

「……悪い、そこは聞き逃した」

 ほらやっぱり! 頭2つ分ほど低い位置にある童顔が不機嫌そうに歪んだ。ああこれはまずい、修二は怒ると口を聞いてくれなくなるからな、などと思いほぼ条件反射に近い流れ作業で、俺の口は勝手に謝罪の言葉を発していた。とはいえ修二が口を聞いてくれなくなるほど怒るということも滅多にないことで、今回も例に漏れず全く気にしていない表情で笑いながら「じゃあ見てもいい?」と聞いてきたため、俺はまた「もちろん。修二の気のすむまで付き合うから」なんて調子良く答えた。
 吸い寄せられるようにして露天商へ向かった修二のあとに続く。中年男の営むその露天商は手作りの銀細工を扱っているようで、少々安っぽさは否めないが、修二は案外嫌いではないらしい。というよりも、メンズでもレディースでも様々なジャンルのファッションを楽しむ彼にとって、嫌いなものなどないのかもしれない。

「お兄ちゃんたち兄弟かい? 妹さん……いや、弟さんか?」

 興味津々に商品を見つめる修二とそれを見守る俺を見て、このオッサンは兄弟という結論を出したのか。中性的故に修二が妹か弟か判断し兼ねているようだが、どう答えるべきか迷ったので俺は適当な相槌を打って誤魔化した。そうするとオッサンも余計な詮索だと察して口を閉ざす。修二は静かに吟味する。

「これなんか筧くん似合いそう!」

 しばらくの沈黙のあと1つの商品を手に取った彼が俺を見上げてそう言った。黒いチェーンのペンダントで、ピンキーリングのように小さく細い指輪が3つ連なったデザインのそれは、俺よりもおよそ修二の方が似合う気がした。

「そうか? あまりアクセサリーは付けないし、」

 部活の邪魔になるから、と続けようとしたが、それを言うのはやめておく。彼が選んでくれたものを、何もそこまで邪険に扱うこともないだろう。 俺の判断は正解だったらしく修二はにこにこと笑いながら、カッコいいのにもったいないとか絶対似合うとか、恐らくテンションも高く推してきた。これは、買った方がいいのだろうか?

「おじさん、これちょうだい!」

 答えを出す前に修二がそのネックレスを購入してしまった。存外彼の方がそれを気に入ったのかと思っていると受け取った商品をそのまま俺の胸元に掲げ「はい、プレゼント。部活で邪魔だったら、思い出したときにでも付けてね」そんな言葉と共に俺の首にそいつを巻き付けた。

「……いいのか?」

「うん。筧くんが迷惑じゃなければ」

「迷惑なわけないだろ。……ありがとう、大切にする」

「どういたしまして!」

 くるくると明るく笑いながら俺の横を抜けて歩き出す修二のあとを、少し遅れて続いた。鎖骨の少し上辺りには慣れない重さがあって変な感じだが、不思議と嫌だとは思わない。前を歩く修二に並ぶと彼は「やっぱりよく似合ってる」などと言いながら俺の腕に肩をくっ付けてくる。きっと俺は明日から部活中でも欠かさずにこのネックレスを付けて行くことだろう。首に触れるこの重みに修二を思い出し、次に会う日を心待ちにするに違いない。俺って結構女々しいんだな、なんて自嘲しながら見下ろした修二の顔は酷く嬉しそうな笑顔で、それを目に焼き付けるため、俺は彼の名前を呼んでその頬にキスをした。
 俺は既に、手遅れだ。

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