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ヒル魔の弟
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 約2時間弱の部活動の終了時刻は遅かったり早かったり、案外まちまちだ。僕の通う学校は特別運動部に力を入れているというわけではないのでそれなりの時間に片付けが始まり大体定時には終わるものの、兄のいる泥門高校はそうでないという。きっといつもの無理難題を吹っ掛けているはずだ。横暴すぎる、それでいてアメフトに対してはとても真面目な、彼の真剣な眼差しを思い出してくすっと笑った。
 そんなほのぼのした空想に浸りながら歩いてはいたのだけれど……何だかおかしい。何の気もなしに、ただ少し気が向いたから、遅くまで頑張る兄を迎えに行こうと思ったのが部活動の終了時刻の5時半で、そこから大体2キロほど離れた位置にある泥門高校だ、僕の足でも30分もあれば着くはずだった。はずだったのに。

「あれぇ……おかしいな、泥門ってこんな遠かったかな……」

 時刻は7時すぎ。学校を後にしてから既に1時間半以上経過しているというのに一向に泥門高校が見えることがない。もしかしたら入る路地を間違えてしまったのだろうか? 僕によくしてくれる賊徒学園のルイさんに電話して道を聞こうかとも思ったが、ここまで来て、しかも現在地まで分からなくなってしまった手前今更そんな道案内を頼るのも申し訳ないだろう。黙ったまま携帯のディスプレイの、ルイさんの電話番号を見つめながら佇むこと数分。

「おいこんなとこで何してんだてめーは」

 兄に連絡を入れるか、ルイさんに頼むか、来た道を辿り家に帰るか。決められぬままにぼんやり考え込む僕の肩がガシッと力強く掴まれて驚愕する。咄嗟に振り返ると、そこには鮮やかな金髪といくつも連なるピアスに夕陽を反射させるつり目の男が立っていた。言わずもがな、僕の兄だった。

「妖兄!! 何で妖兄がこんなとこにいるの!?」

「馬鹿かお前。お前が何でここにいるんだって聞いてんだよ」

「え? あ、妖兄を迎えに泥門まで行こうと思ったんだ」

「泥門通りすぎてんぞ」

「え……」

「…………」

 妖兄はアリエネーと呟きながら酷く憂鬱そうな顔をしてため息をついて見せた。脱色して痛んだ細い髪をかきあげて、彼より低い僕の顔を覗き込む。みんなは妖兄の顔を「悪魔みたいで怖い」とか「悪魔より怖い」とかと言うようだけど、僕にはそうは見えなかった。妖兄の顔には呆れと、心配が瞳の中に浮かんでる。

「ったく、GPSついてたからいいが、方向音痴が1人で出歩くんじゃねーよ」

「あれ? 僕GPSなんて付けたっけ? 携帯?」

「こっちの話だ気にすんな」

 凄く気になる流れではあったが、それっきり妖兄は会話は終わったとばかりに背を向けて歩き出した。まだぼんやりしていた僕の手首がまた強い力で握られて、さっき僕が来た方向へ歩いていく。

「何してんだよさっさと歩け。帰んぞ」

 ぼやぼやしていた僕の腕を引っ張るようにして歩みを進める。知らない道に入って、細い住宅街の角を曲って、妖兄は迷いもなく自宅への最短距離を歩いているようだ。そういえば昔から、こうして妖兄に手を引かれて歩いていた気がする。別にケンカが苦手だとかいじめられていたというわけでもなかったのに、心配症な彼は左手に僕を、右手には身の丈に合わないゴツい銃を携えてはそこら辺をほっつき歩いていた。その頃から既に鬼とか悪魔とか呼ばれていた妖兄だけど、僕にはいつも優しかった。昔も、今も。彼は変わらず僕の、大好きなお兄ちゃんだ。

「何ニヤニヤしてんだよ」

「ううん、何でもない。ただ手を繋いで歩くのってちょっと久しぶりだなって」

「……そーかよ」

 言葉少なく切り返した妖兄だけど、多分文句を言ってこないってことは照れてるのかな? 手首を握られていた手を返して、手の平で妖兄の指を取る。大きな手の平と細くて長すぎる綺麗な指を握り締めるとじんわり熱が伝わった。一瞬ちらりと妖兄の目が僕を見たが、何も言わずにぎゅっときつく手を握り返された。ちょっとだけ照れ臭い。でも凄く幸せだ。

「そうだ妖兄、今日の夕飯は僕が作るよ」

「はあ? 何作んだよ」

「えーっと……みそ汁なら!」

「却下だ。お前納豆とマヨネーズ入れるから」

「えっ、ダメなの!?」

「いいと思ってんならぶっ飛ばす」

 下らないことを話しながら帰る道程は僕の迷子になったせいで長いものとなったが、それでも僕にとっては満ち足りた時間となった。

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