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十代×同室(弘樹)
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「弘樹ってホントに俺のこと好きなのか?」

 頭の中でその一言が反響する。ぐるぐる回る文字の羅列は彼の声を伴って俺の耳を貫き脳を焼いた。「当たり前だろ……」そう返したにも関わらず思わず逃げてしまった俺を、十代は疑っているだろうか。

 近頃十代は、明日香さんの友人――面食いで有名なモモエさんと仲がよかった。モモエさんは前に「遊城十代は範囲外」というようなことを言っていたけど、一体どんな風の吹き回しなのだろう。十代は十代で彼女と会うことを理由に俺の誘いを断り夕飯まで帰らなかったりと、俺以外の目にも明らかに、モモエさんに好意を示していた。面白くないとは思うものの、十代が誰と一緒にいようがそれは彼の自由だ。確かに俺と十代は付き合っているけど、それが所謂浮気だと、はっきりした確証もないのに彼を咎めることは出来ない。そんなことして十代に嫌われたらと思うだけで頭が痛くなりそうだ。
 2人が共にいる理由をそれとなく明日香さんやジュンコさんに聞いてみたが、2人とも言葉を濁すばかりで俺の問いには答えてくれず、こうなったら十代に、モモエさんを恋愛対象として好きになってしまったのかを聞きに行こうとした、その矢先だった。

 正門前で顔を寄せ、何事かを耳打ちする2人を見たとき、俺の脳裏には消えてしまいたいという言葉が浮かんだ。物事から一歩引いて状況を確認し、冷静さを忘れず私情に流されず判断を下す、物分かりのいい優等生。周りにそう評価されるいつもの俺なら十代に余計な心配をかけさせないため、2人は仲がいいね、なんて笑いながら言うはずだったのに、その時の俺は声も出せずにただ固まっていた。モモエさんと目が合い十代がこちらを向く。胸の中がもやもやして、息が苦しくて、目頭がじんと熱くなる。

「弘樹ってホントに俺のこと好きなのか?」

 ああもうダメだここから立ち去ろうと思ったとき、彼がそう言ったのだ。責めるわけではなく、本当に不思議そうに首を傾げて俺を見つめる瞳が初めて、ほんの少しだけ、憎らしいと感じてしまった自分にも愕然とする。 口早に当たり前だろと返した俺には笑顔を作る余裕などなくて、咄嗟に背を向け足の向くままに走り、どうにか寮に辿り着いた。制服を放り投げベッドに潜り込み目を瞑る。嫉妬している。胸の中が熱い。頭の中もだ。嫉妬は自分のわがままで、そんなわがままを十代に押し付けたくなくて、今まで腑に落ちなくとも懸命に押さえ付けていたのに。今はどうしようもなく嫉妬している。
 十代は突然逃げた俺に怒っているだろうか。多分それはない。彼は少し鈍いから、不思議に思っていることだろう。心配してくれていたら嬉しいだなんて女々しすぎることも考えて、あまりにも都合のいい自分に呆れてしまう。蹲り毛布を頭まで引き上げ手の甲をきつく噛み締める。喧嘩は一番嫌だ。したくない。十代と一緒にいられなくなったら俺は気がどうにかしてしまう。
 皮膚に食い込む歯の感覚に意識を集中させて気を紛らわせながら、俺はそろそろと息を吐き出した。我慢すればいいだけの話ではないか。モモエさんと仲がいいんだね、妬いちゃうよ、と。十代が彼女と付き合っているわけでも好意を寄せているわけでもはないのだ、確認するまでは笑いながら返せばいい。

「……そうだ、確認すればよかったんだ」

 逃げたせいで出来ずじまいだったが、まずはそれが先決だ。2人があまりにも密接に繋がっているから動揺してそう見えるだけで、実際はただ話が合うだけとか……とにかく、そういうことかもしれない。
 少し気分の落ち着いた俺はのそりとベッドを降りて室内の簡易キッチンに足を運ぶ。恐らく相当疲れた顔をしているだろうから、十代が帰るまでに元の調子に戻らなくては。多分彼は今日も夕飯の時間まで帰らないだろうが、どちらにせよいつまでもこんな顔を曝すなんてカッコ悪い。気だるい意識のままに蛇口を捻ろうと手を伸ばした瞬間、ボロいドアがバン! と乱暴に開かれ俺はまた硬直した。宙に手を浮かべたままの間抜けな格好の俺を、息を切らせた十代がじっと見つめていた。

******

 始めは「弘樹はヤキモチを妬くのか?」という話だった。弘樹はいつも優しくて俺を無条件に愛してくれて、もちろん俺も弘樹が大好きだし愛してる。でも、弘樹が嫉妬したことは一度もなかった。
 弘樹がクロノス先生に呼ばれたときに、俺と翔と万丈目と三沢と明日香と、彼のことを気に入ってるモモエとジュンコを交えての雑談。それは「弘樹を妬かせよう」という、今思えばめちゃくちゃどうでもいい計画だ。最初こそはみんな乗り気だったけど、その内に明日香が止めようと声を上げた。俺もそうだ。仕掛けておいてアレだけど、わざわざ弘樹の誘いを断って、好きでも何でもないモモエと夕飯まで一緒にいるのが既にキツすぎる。それでもとりあえず1週間試して、それでも弘樹が普段通りなら今までのことを話してみんなで謝ろうということになったのだ。
 でも結局俺は我慢出来なくて、5日目の今日、正門前でモモエに計画中止を伝えようと耳打ちした時だった。あっと声を上げたモモエに俺も顔をあげ振り返る。少し離れたところに弘樹が立っていたが、彼は無表情のまま固まっていた。やっちまった。キスしてたと思われたかも。弁解した方がいいのか悩んで口を開いたら、ぽろっと「弘樹ってホントに俺のこと好きなのか?」今一番俺が言ったらまずいであろう言葉が出てしまった。
 だって、俺と弘樹は付き合ってる。他の女と遊んだり、してはいないがキスしたりというところを見たら、普通怒るんじゃないだろうか。それでも怒鳴ることも理由を問うこともしない弘樹は不思議でたまらない。弘樹の俺への愛を疑っているわけじゃないが、一体彼はどこまで人が好いんだろう。

 そんな気持ちもあって口から飛び出してしまった言葉に弘樹が目を見開いた。咄嗟に笑おうとしたのかその頬が引きつって、潤ませた瞳を彷徨わせながら「当たり前だろ、」と返す震える声に、俺は、いや多分モモエも、周りで見てるだろう翔も万丈目も三沢も明日香もジュンコも、ようやく俺たちがしてしまったことの大きさに気が付いた。目を合わせないまま走り去る弘樹の背中を見送る。泣きそうだった。きっととても傷付けてしまった。
 そうだ、だって、弘樹も俺を愛してるじゃないか。いつでも俺を一番に考えてくれて、いつでも俺に笑ってくれるのに、こんなことをして傷付かないわけがないのだ。

「私、後で弘樹に謝るわ……」

「あたしも……」

「わたくしもですわ……」

「……うん、僕も」

「俺もだ。俺たちは彼に酷いことをしてしまった」

「……ああ」

 口々に呟いて顔を見合わせるみんなの表情は暗く、こんなことしなければよかったと後悔してももう遅い。きっと今すぐ弘樹を追い掛けて謝りたいのに、俺に気を遣ってみんなは黙り込んでいる。「わりぃ、先行くぜ」と残して俺は走り出した。謝れば弘樹は許してくれるだろうか? もし許して貰えなかったら?
 焦りばかりが募って、全力疾走しているせいで頭も心臓も痛い。でも早く謝らないと。俺は弘樹が大好きで、他のヤツなんか興味ないんだ。弘樹があんまり優しいから悪乗りしすぎちまったんだ、俺たちの興味本位で傷付けてごめんな。どうやって謝ろうかひたすらシミュレーションして寮の階段を駆け上がる。力任せにドアを開くとボロいドアがデカい音をたてて、すぐ近く、簡易キッチンに手を伸ばしたまま硬直している弘樹と目が合った。

「ぁ……じゅう、」

「ごめん弘樹! 俺は弘樹が好きなんだ!!」

「え、は……?」

 宙に浮く手を握り締めながらそういった。シミュレーションもクソもない言い回しに、ホントに自分の頭の悪さにがっかりする。握り締めた弘樹の手の甲にはくっきり歯形が残っていて、恐らく頭が良すぎる弘樹は、自分の感情を押し殺そうとしていたに違いない。

「俺、弘樹にヤキモチ妬いて欲しかったんだ。お前、いつでも笑ってるから」

 細い手をきつく締め付ける。痛みに弘樹の顔が歪んだが、それでも彼は何も言わずに俺を見つめていた。彼の体に触れるのも何となく久し振りな感じがして、どうしても許して貰いたい俺は、自分より少しだけ小柄な体に抱き付いた。こうやってお願いすれば弘樹はいつも絶対に聞いてくれて、それを知ってながらそうする俺は、性格が悪い。でも、今はそんなことすらどうでもいい。

「ごめんな弘樹。ごめん。好きだ」

 頬をすり寄せ囁いて、しかし相手は答えてくれず不安を抱く。どうして答えてくれないんだろう。許してくれない? イヤだ。弘樹が俺から離れていくなんて考えたくもない。力任せに体を締め付けると弘樹が熱い息を吐き出した。前にこうした時よりも細く感じるのは気のせいじゃないはず。最近弘樹は食欲がないようだったから。

「……俺も、好きだよ……!」

 顔を上げ俺を見つめる瞳からぼろぼろと涙が溢れ落ちた。それは赤い頬と首を伝いシャツに染み込まれていく。泣きながら笑おうとする恋人はホントに可愛くて、こんな時にも関わらずちょっと興奮してしまう俺が腹立たしい。

「っ……俺、ホン、トに……寂しくて……!」

「うん」

「や、妬い、たんだ……イヤだった……!」

「うん」

「も……やだ……」

「うん。ごめんな」

 唇で涙を吸いそのまま火照った頬に口付けた。顔も体も凄く熱い。俺たちに見せないだけで、彼はこんなに涙を流すほど、俺のことを愛してくれている。子供みたいに泣きじゃくる弘樹の頭を撫でると、大人しく俺の胸に顔を埋めた。いつもと立場がまるで逆だ。柔らかい髪にすり寄るといつものいい香りがして安心する。やっぱり俺は弘樹が好きだ。俺を大切にしてくれる弘樹を、俺も一番大切にしなければ。
 飽きもせずキスや頬擦りする俺がおかしいのかくすぐったいのか、俺の背中に腕を回した弘樹が涙の跡が残る顔で、くすくすと微笑んだ。

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