鬼柳×ショタ(十夜)
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「京介、これ読んで!」
十夜が俺の元へ持ってきたのは絵本だった。こんな見るからに子供向けのものを一体どこでと思ったが、そういや確か前に遊星とクロウが、昔奴らが世話になっていた孤児院でこいつの服をもらってきたことを思い出す。この絵本も恐らくそれだろう。
期待に満ちた眼差しはまっすぐ俺に向けられて、細い腕に抱えられた薄っぺらい本をそこから抜き取る。タイトルはまるで知らないもので特に興味をそそられたわけではないのだが、読み書きのままならない十夜のために、ペラリと表紙を繰った。
「――あるところに、少女がいました。その少女は可愛くて、みんなから人気がありました。ですが、あー……ありえねーくらい性格が悪かったのです」
「京介ぇ、ホントにそう書いてあるの?」
「いや違うけど。分かりやすくしてやってんだよ。ほら続き読むぞ」
はーいと答えて十夜は俺の隣に座る。ボロいソファがぎゅうと鳴ったが十夜は気にせず俺に身を寄せ耳を傾けた。独特のイラストを見ながら再びページをめくって、指で文字を辿っていく。
実に子供向けらしい絵本の内容は恐らく勧善懲悪なストーリーなのだろう。自分の思い通りにいかないからとあらゆる人を苦しめていた少女は、好みの顔をした少年にフラれ更には説教まで受けて改心する。そして徐々に少女の周りに友人が戻りはじめてハッピーエンド。ぱらぱらめくっただけでも分かるそれは、ありふれた、王道たる話である。
続きを待つように腕へと頬を擦り付ける十夜の頭を撫で、俺は読みかけの絵本を彼の膝に置いた。きょとんと不思議そうな顔はまだ読み終わってないと言いたげだったが、俺はふわあと欠伸をする。
「やめた。これは十夜にゃ合わねーよ」
「でもまだ途中だよ!」
「いーんだよ、ありふれた物語なんて知らなくて。お前は俺たちと満足してりゃいいんだ」
不満そうな十夜は眉を寄せてバタバタと足を動かしたが、ややもするとそれは無駄だと悟ったようだ。ソファに絵本を置いて、今度は完全に甘える目的で俺の膝に頭を乗せる。悪の意思がない十夜にこんな話は似合わない。こいつにはもっと、ありきたりでありふれた、悪役など存在しないような王道ど真ん中のようなハッピーエンドが相応しい。出来れば登場人物は主人公と、そしてばか騒ぎか好きな4人組だ。
「なぁ十夜、お前はどんなハッピーエンドを見たいよ?」
笑みの形を作るぷくりと愛らしい唇を親指でなぞるとそれは薄く開かれた。ほんのり色付いていた唇はつい舐めたくなる色合いで、遊星がよくこれを見詰めている理由が分かる。くすぐったかったのか悪戯に親指へ歯をたてた少年は、くるりと仰向けになって俺の額にかかる前髪をさらさらと掴んだ。
「んー……遊星とジャックとクロウと俺と、あと京介と、楽しくすごせれば満足!」
「俺はオマケかぁ?」
くるくる笑う十夜の腹を指先でくすぐるとひゃあとかヤダとかいいながら彼は狭いソファをじたばた逃げ回る。俺が思い描くエンディングと同じものを十夜も、もちろん他のメンバーも求めているのだろう。ただそのハッピーエンドまでの道筋が各々違っていることに俺たちは気付かずにいて、俺は笑いながら抱き上げた十夜の唇に吸い付いた。
バカで笑える日常はまだしばらく変わる様子はなく、今日もまたバカで笑える時を刻んでいくのだった。
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