×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





Lover is legend class. 02.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 月曜日。寝ぼけた俺はやかましい目覚まし時計を床に払い落として起床する。いくつかバラけてしまった部品を霞む眼で捉え、働かない頭でまたやってしまったと考える。もう買い替えた目覚まし時計の数も二桁にのぼるため今更これくらい、という開き直りもある。
 寝癖を直し洗顔と着替えを済ませると朝食の代わりに牛乳を胃に流し込む。料理は得意でも苦手でもないが、朝から食事を作る気にもなれない俺の妥協策だ。眠気の残る頭を振りながら鞄を持ち部屋を出て鍵を掛けていると、隣の部屋のドアがガチャリと開いた。

「あ……不動、さん……おはようございます……」

「ああ、おはよう。オレのことは遊星でいい。昨日と同じように気楽に話してくれ」

「う、うん」

「今から学校だろう。気を付けて」

「うん、ありがとう」

 本来なら1つ2つ年上の遊星たちには敬語を使うべきだろうが、昨日は散々タメ口を叩いてしまった。とはいえどうも彼らはあまりそういうことにこだわりはないようだったので問題はないようだ。
 地面に置いてある大量の牛乳ビンを遊星が持ち上げる。いや待て、あんたら4人で住んでるのに牛乳を10本も取ってるのか? ほとんど大家族の消費量だ。

 古びた階段を降りてふいと見上げると、遊星はまだそこにいた。しかも何故か俺を見ている。何だろう、何か気になることでもあったんだろうか。昨日は何も言わなかったが、不動遊星のポスターやらフィギュアやらまで集めてしまっている俺の大ファンっぷりに引いてるとか? 放っといてくれ。

 目がばっちりかち合ったのに無視するのも失礼かと思った俺は小さく手をあげた。遊星は一度ぱちりと瞬きをすると、ふっと頬を緩ませる。おおぉ、デュエルキングも笑うのか……!
 あまり表情を変えない不動遊星のウルトラレアショットを拝めた俺はちょっと得した気分で学校に向かう。何かご利益あればいいなぁなんて思う辺りまるでアイドルの追っかけにでもなった気分だった。

 途中でアキと合流し、他愛ない話題をやり取りしながら俺は学校生活に身を投じた。筆記授業は面倒だが体育やら美術やら音楽やらは好きなので、比較的それらの多い月曜日の日程はラッキーだ。休み時間には友達とデュエルして、昼休みには購買で買ったパンを食いながらまたデュエルをする。将来の夢はプロデュエリスト、などと言うつもりはないが、同年代の友達と同じく、俺もデュエルするのが好きだった。

 遊び疲れた午後の授業では窓の外を見てぼんやりしていた。もういっそ寝てしまおうかなどと思っていたときに不意にポケットで携帯が震える。先生の目を盗み、受信したメッセージの送り主を確認する。知らないアドレスだ。件名には『遊星』とあったので、アキが俺の連絡先を彼に教えたのかもしれない。

『今日、引っ越し祝いに鍋をやる。春樹も参加してほしい。可能なら嫌いな食材と好きな食材を教えてくれ』

 メッセージを開くと、そんな簡潔な文が並んでいた。俺は迷わずに『分かった。好きも嫌いも特にないけど、ウインナーがあったら嬉しい』と返信する。女子にはメールがつまらないと文句を言われるが、男同士ならこれだけで十分だろう。

 それにしたって不動遊星は何ともフレンドリーな男だ。目付きこそは鋭いが、気負いがなく発言は全て真っ直ぐで、芯の強さと優しさのある青年だと、本物を見て強く感じた。更に言えば、サテライト出身でマーカーがあるとはいえ、テレビで見るよりずっとイケメンである。羨ましい限りだ。
 平凡すぎる自分の顔を右手でむにむに揉んでいると、隣に座るアキが何をしているのとでも言いたそうにこっちを見ていた。

「……何をしているの」

 ほらな。俺は笑いを堪えながら「小顔マッサージ。新しい一発ギャグだよ」と適当に返した。




 放課後、委員会があるアキは学校に残るらしいので、俺は1人で帰宅した。アパートに着いたのはいつもと変わらない時間だ。階段を上がり鍵を取り出すとドアノブに手をかけて、しかしいつもと違う感覚に違和感を覚える。ドアノブを捻る。ガチャ、と音がしてドアが開いた。解錠したわけでもないのに、どういうことだ?

「……鍵、掛け忘れたのか?」

 今朝のことを思い出そうとしても遊星の微笑みと大量の牛乳ビンばかりが思い出されてしまう。インパクトが抜群すぎるその映像に施錠の記憶を諦めた俺はドアノブを捻ってドアを開け、そしてまた昨日のように硬直した。

「春樹だったのか。おかえり」

「……た、ただいま……?」

 あれおかしいな部屋間違えたか俺。表札を確認する。大橋。一人暮らしの俺の部屋だ。では何故、俺の部屋に、不動遊星がいるんだ?

 ドアを開けようとしたのか遊星は右手を微妙な位置に伸ばしたままの姿勢でそこに立っていた。何故。ここ俺の部屋だぞ。パニックに陥り動きを止めた俺に何か解釈に行き着いたのか遊星が思い出したように頷く。

「本当は俺たちの部屋でやるべきなんだが、まだ片付いてなくてな。春樹の部屋を使わせてもらうことにしたんだ」

 するなよ。そういうのは俺に相談しろよ。大方彼らのリーダー鬼柳京介が言ったんだろうが、しかしとんでもない男たちだ。別段問題はないが、あまりにも、デリカシーがないと言わざるを得ない。男同士、友人が隣接している場合はこんなものなのか? 頭の中を整理しながらかろうじて小さく頷くと、誘導するように遊星が道を開けた。俺も室内に入る。まるで他人の家のようで、自室だというのに妙に遠慮してしまった。テーブルの上には鍋の準備が整いつつあり、どうやら遊星は人の気配を察知して玄関まで赴いたようである。

「……じゃあ結果的に、鍵閉まってなくてよかったな」

 まあ盗まれるような物も大金もないし、金には困っていなさそうな男たちである。そうカリカリすることではないのかもしれない、今のところは。そうは思うものの、今日は閉め忘れたみたいだが、施錠もせず出かけるなどという無用心なことを何度もしてはいられないのも確かだ。明日も遭遇するだろう大量の牛乳ビンに気を付けようと心に決めていると、ふと遊星が首を傾げた。

「閉まっていたが?」

「え?」

「鍵。ちゃんと閉まっていた」

「……え?」

 そんなバカな。なら何故合鍵を持っているはずもない遊星がこの部屋にいるんだ。普通鍵が閉まっていたら解錠しなければ入れないのだ。部屋を見渡しても窓から入った気配もないし、そもそもここは2階である。入り口は玄関以外にあり得ない。
 いや……じゃあ余計、何故? 玄関以外に入り口がないなら玄関から入ったとするのが順当だ。だが玄関には鍵が掛かっていた。それならば室内に侵入するためにはどうすればいい? 不思議そうな目を向ける遊星を見つめながら俺の頭はフル回転する。

「これで鍵を開けたんだが、まずかっただろうか?」

 そうだ。鍵を開ければいいのだ。
 黙って思案している俺が何について考えを巡らせているかに気付いたのだろう。遊星が上着のポケットから取り出したのは、金属だ。波打つように曲がっている細いその棒が、俺の前に差し出される。ちょっと待て。待ってくれ不動遊星。

「ピッ……ピッキング、したのか……?」

「ああ。このタイプの鍵なら数十秒あれば問題ない」

 違うぞ遊星、問題なのは解錠にかかる時間ではなくあんたの常識という概念だ。まさかそれが犯罪行為ということを知らないわけではあるまい。背中に冷や汗が浮かぶ。そこではっと気付いた。まさか今日の遊星からのあのメッセージ、

「パソコンと携帯を同期しているだろう。連絡先を入手するためにデータも弄らせてもらった。他のデータには手を付けていないから安心してくれ」

 一体今の発言のどこに安心を感じればいいというのだ? プライバシーもモラルも常識も良識もクソも何もない状況に怖いというよりビックリする。だって普通、出会って2日でピッキング、不法侵入、ハッキングをぶちかますヤツなんていない。キングってこういうことか。これ何キングなんだ。ピッキング? 自分で考えて腹が立つ。

「あ……あのな、遊星」

 どうしよう……いや、これはハッキリ、ガツンと怒らないと! これはやっちゃいけないこと! めっ! 俺はお母さんか。
 なんと答えるか迷った挙げ句、ポリポリと頭をかきながら、はぁ、とため息をついた。

「あのな、本人に許可なくそういうことしちゃ、ダメだ。犯罪だぞ遊星。俺以外の家では絶対にやるなよ?」

 どこがガツンなんだ。まるで子供に言い聞かせるような口調に、言い終わってから冷や汗が浮く。俺は年上になんてことを。
 てっきり機嫌を悪くするかとヒヤヒヤしていたのに遊星は何も言わなかった。それどころかじっと俺を見つめ、何を思ったか彼の両手で、俺の両手をきゅっと握り締めてきたではないか。

「あれ……えーっと……遊星……?」

「分かった。気を付けよう」

 分かってくれて何よりだが、何故手を握る。そりゃ憧れのキングに握られれば嫌な気持ちはしないが彼も俺も男だ、もうこの手洗わないなどと言うわけはない。
 何を考えているのか分からない瞳がやや上の位置からじっと俺を見下ろしていて、結局帰宅した他のメンバーに引き剥がされるまで、遊星は何も言わずに俺の手をきつく握っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

160511