He became a woman.34.
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 髪ゴムを渡されたのでわけもわからずそれを受け取ると、消太くんはおもむろに頭を下げてみせた。「ん」と促されて目を瞬かせる僕に「はよ」恋人は更に催促する。どうやら髪を縛れということのようだ。普段は自分でやるのだからそのようにすればいいのに、とは思ったが口にはしなかった。甘えん坊のスイッチが入った消太くんはぞんざいな扱いをするとすぐに拗ねてしまうのだ。

「僕、こういうの下手だよ?」

 一応念のため了承を得ておこうとそう言うと、彼は「いいよ」と答える。

「消太くん、結びにくいから後ろ向いてほしいなあ」

「後ろ向いたら爪牙の顔が見えねえだろ」

「あはは、僕の顔見たいの?」

「みたい。あたふたしてる顔、可愛いよ」

「もー、からかわないでよ」

「からかってねえよ」

 否定しつつも消太くんの顔は既にニヤニヤである。僕がこういう繊細さを求められる作業を苦手としていることを知っている彼らしい意地悪だ。それでも多少は考慮して頭を下げてくれるので優しいには優しいのだろう。髪ゴムを右の手首に通し、くしゃくしゃの黒い髪を手で軽くまとめていく。僕の髪は短いので縛ったことはなかったのだけれど、手に取るそばから髪がはみ出て全然ひとまとめにすることが出来ない。髪を縛るのってこんなに難しいのだなあとしみじみ実感する僕の腰に、暇を持て余す可愛い恋人が手を添えた。「くすぐるのはダメだよ」釘を打つと、彼は「分かってる」とちょっぴり残念そうな声を出す。くすぐろうとしていたみたいだ。

「消太くん、これ難しいよ。後ろ向いてくれない? ダメ?」

「ダメ」

「いじわるだあ」

「意地悪だよ」

「しょーたくん、お願い。チューしてあげるから。ね?」

「……爪牙はワガママだね」

「えー、僕なの?」

 どうやら僕がワガママを言っていることになってしまったみたいだ。消太くんの唇が僕の唇に押し当てられ、チュッと軽いリップ音が鳴らされる。しばらくそうして堪能すると唇は離れ、しかし彼が後ろを向くことはなく、そのまま僕の胸に額を押し付けるようにして抱きついてきた。約束と違うけれど、まあこれはこれでやりやすいので構わないだろう。先ほどよりも距離の近くなった柔らかく量の多い髪に指を通す。もさもさふわふわという感触は中々どうして気持ちよくて、ついでにたくさん頭を撫でた。微かな笑い声が耳の隣で聞こえたような気がして、僕もつられて笑いながら、くしゃくしゃの髪をくしゃくしゃのまま髪ゴムで結わえた。

「結べたか?」

「うーん……それは難しい質問だね」

「なんだそりゃ」

 正面から見る消太くんの髪は首の後ろだけ不自然にモッサリしていて、自分で言うのもなんだが明らかに変だ。片手でそれを確認した消太くんに結び直せと言われるかと思いきや、しかし彼は不満を口にすることはなく、ニィと口角を釣り上げながら「ソーガは不器用だな」なんて笑うのだった。

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170114