He became a woman.59.
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シンクに並ぶ食器を洗い濡れた手を拭う途中、爪牙、と低い声に呼ばれ振り返ると、リビングのソファにどかりと腰を下ろしたままの消太くんが、いかにも日本人らしい濃い闇色をした瞳でジッとこちらを見つめていた。何事かと思い「どうしたの?」声をかける僕に向け手招きし、それに従い移動する。暖房を入れているとはいえ室内の気温は高いとはいえず少し肌寒さを感じるから、洗ったばかりのマグカップに温かいミルクティーとコーヒーでも入れ2人で飲もうと、そう思った矢先の出来事だ。ダイニングのテーブルを避けリビングへ移動し僕を呼んだ張本人の隣に立てば、今度は彼の両手が自分の膝をポンと叩く。座れということなのだろう。一応確認のため「なあに? 座ってもいいの?」問いかけてみると、僕の恋人はちょっぴりヘタクソな笑みを唇に乗せて「見れば分かるだろ」と言う。ソファの座面に膝をかけ、黒いスウェットを履く消太くんの膝を跨いでその上にお尻を乗せる。体重をかけたら重かろうと足に力を込め体を支えた瞬間、まるでそれを見計らったかのように、消太くんの節くれだった指が僕の腰を掴んだ。
「体重かけていいよ」
言葉数も少なく、掴んだ腰を下ろさせるべく手に力が込められる。お言葉に甘えてゆっくりと体重をかけて、やがて膝にきちんと座ると、腰を掴む手が太ももを撫で、垂れ下がる僕の手の上に重なった。この季節の水仕事で氷のように冷えきった手を握る消太くんのそれは僕とは対照的に温かく、自身の体温との差でいっそ焼け付くほどに熱く感じる。
「僕の手、冷たいよ?」
もう遅いけれどそう申告してみると、いつもどこか眠たげな消太くんの目蓋が持ち上がり、非難めいた眼差しが僕を捉えた。
「出さなかったのか、お湯」
「うん。洗い物もちょっとだけだったから」
お皿が数枚とコップが2つ。わざわざお湯を出して洗うほどの量ではないのでそのまま水で手早く洗ったのだけれど、たった数分の作業でも指先は芯まで冷え切っている。それを慈しむみたいな動きで、太くゴツゴツとした指が冷えた皮膚を撫でた。消太くんは必要以上のことはあまり多く口にしないけれど、多分不服と感じているのかもしれない。俯く顔に覆い被さる前髪の隙間、揺れる毛先の向こうでは不満があると言わんばかりに唇が尖っている。機嫌を直してほしい。手をさする指を弱く握り、突き出された唇にキスをするため顔を傾けた。いつもなら長身の消太くんの顔を見上げるところだが、膝に座れば丁度目線の合う高さになる。子供みたいに表情で物を言う恋人の唇に自分の唇を押し当てて、小さく音を鳴らして顔を離した。もう一度繰り返してみる。押し当てて、離す。もう一回。唇を押し付けると今まで微動だにしなかった消太くんの厚めの唇が開いた。機嫌を取るには今がチャンスなので、僕は当然その隙間へと舌を滑り込ませる。唇の裏側を舐め、上下の歯の間を通り、触れ合う肌の温度よりも熱い口内へ差し入れる。僕の舌はすぐに消太くんの舌べらに絡め取られ、弄ぶみたいにクチュクチュと柔らかい筋肉に舐められた。あったかくて気持ちいい。いやらしいことをしているときと似ているけれど、それとは違う優しい痺れが背骨の中を伝っていく。満足に呼吸が出来ず唇を離そうと顔を後ろに引いたけど、許さないつもりか追いかける消太くんに再び口を塞がれた。
「んっ……ひょぉ、らふん……」
言葉ごと飲み込まれてしまった。チュパ、クチュ、ニチュ。お互いの粘液が絡み鳴り響く音がリビングに満ちて、聴覚まで消太くんに支配されてしまってるみたいだ。口の中に溢れる唾液を肉厚な舌べらが奪い、それだけでは足りず口腔を蹂躙していく。手から離れた腕が僕の腰を抱き締め自分の体の方へ強く引き寄せ、その圧迫感とキスの息苦しさとで視界がぼやけてくる。自分の腕を消太くんの肩に乗せ、先程と打って変わって温かくなった指先を手の中へ握り込んだ。寒い日をこうして乗り切るのも、きっと悪くはないだろう。
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180208
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