He became a woman.46.
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 不意に部屋の電気が消えて辺りが真っ暗闇に包まれたのは、雨の降りしきる平日の夜、丁度夕飯を食べている時だった。「わっ! なに!?」口から箸を離して取り乱す僕と違い、正面に座っているはずの消太くんは「落ち着け。動くな」と、実に落ち着いた声音で僕に言い聞かせる。僕は突然の出来事に弱くすぐパニックに陥ってしまうのに、プロヒーローなだけあって消太くんは至って冷静だ。テーブルの上のものをひっくり返してしまわないようそっと箸をそこに置くと目の前で小さな明かりがついて、暗闇の室内で消太くんがケータイのディスプレイを起動させたことを知る。青白く照らされる手と気だるげな消太くんの顔は、下から照射されているせいか顔色も悪くてちょっぴり怖い。ひとまず安心を得るため僕も真似してケータイでライトアップしようと思ったのだけれど、肝心のケータイが手元になかった。いつも食事時にはリビングのローテーブルへ放置しているためそれが仇になったみたいだ。

「ブレーカー見て来る。お前コケるからそこ動くなよ」

「はーい」

 消太くんの中で、きっと僕はとんでもなく鈍臭い男だと思われているのだろうなと思った。確かに運動神経の塊みたいな彼から見ればそうかもしれないけれど、こうして子供みたいに心配されるのは嬉しいような歯痒いような複雑な気分だ。待つばかりの時間は手持ち無沙汰で、こういうときこそケータイを取りに行きたいけれど、消太くんが脱衣所にあるブレーカーを確認している今、僕には明かりを確保する術がない。しかも出歩くなと言われた手前、転んだりつまずいたりすれば確実に怒られてしまうので言われた通りイスに座ったまま待つことにする。確認を終えた消太くんはすぐにリビングへ戻ってきた。

「どうだった?」

「ブレーカーは落ちてねえな。てことは外だ。送電線か電力会社か……」

「雨すごいもんね。電線、切れちゃったのかな」

「さてな。まあ、そのうち復旧すんだろ」

 なんだか適当だ。とはいえ僕も消太くんも入浴は済ませていたし、あとは食べて寝るだけのタイミングだったので幸いと言えば幸いである。イスに座り直した消太くんがライトをオンにしたままのケータイをテーブルの真ん中に置く。ぼんやり見える恋人の顔は普段よりも陰影が濃くなっている。

「とっとと食おう。メシが冷める」

「うん。……停電って、ちょっとワクワクするね」

「電気の供給がされてないだけだよ。お宝が出て来るわけじゃない」

 そりゃあそうだけど。子供の頃はこういったイレギュラーな事態が面白くて楽しくて、妙にソワソワしながら電力の復旧を待ったものだ。消太くんはあまりそういうタイプの子供ではなかったのだろうか。置いた箸を手に取って、僕はアハハと笑い声をあげる。

「お宝は出てこないけど、消太くんの顔がいつもよりカッコよく見える効果はあるよ」

「へー。なら普段から明かりは消しとくか」

 そんな軽口を叩いた消太くんが白米を口へ運んだ。僕もそれに倣って食事を再開する。食事のあと、いつもならテレビを見ながらイチャイチャするのだけれど、今夜は静かな部屋で大好きな消太くんと仲良く出来そうだ。悪天候の中復旧作業に勤しむ電力会社の人たちに感謝しつつ、たまにはこんな日があってもいいのかなあと思う。結局電力が回復したのは僕たちが寝静まった頃だったそうだけれど、僕たちがそれを知るのは翌日の朝、コーヒーを入れるときだった。

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170315