He became a woman.42.
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 土曜日の昼下がり、ソファに腰をかけ読書を楽しむ僕の膝へと頭を乗せた可愛い恋人は気持ちよさそうに微睡んでいた。気温は低いが日差しは暖かく、カーテンを開けた窓からは日光が燦々と降り注いでいる。体感温度が高いせいで今日は暖かい気温なのだと錯覚してしまいそうだけれども、窓の隙間から忍び込み足先をかすめる空気の冷たさに外の気温の低さを知る。幸いこの部屋には暖房があるため冬の寒さを体感することはなく、僕はシャツの上にカーディガンを羽織っただけの薄着でも寒くはなかった。膝の上で猫よろしく丸くなる消太くんもそれは同じだ。薄いシャツを着ただけの彼の胸は穏やかに上下に揺れている。左手で単行本を支えながら時折右手で彼の頭を撫でると、恋人は甘えるように膝へ頭をこすりつけた。

「ソーガ、何読んでんだ」

「ん? 不思議の国のアリス」

「へー。原作か」

「うん。話は知ってるけど、読んだことないから借りてみたんだ」

 ふーん、と恋人の興味なさそうな相槌が返ってくる。不思議の国のアリスというタイトルこそはそれこそ飽きるほど耳にしているし、映画でも何でもそれをオマージュしパロディとして取り扱うものも多く、話の筋や設定は知っている。しかし実際それを読んだことがあるかと問われれば僕は首を横に振るしかなく、折角なので一度くらいきちんと読んでみようと、先日図書館で借りてきたのだ。単行本の下から垣間見える消太くんの目が本のタイトルを目で追って、また「不思議の国のねえ」と呟いている。「読んだことある?」聞けば、彼は「いや。原作は知らん」と答えた。リアリストの消太くんにはあまり似合わないジャンルだ。読めば面白いとは思うものの、食指は動かないのだろう。

「読んであげようか?」

 僕は何となく提案した。丁度読み始めたばかりだったし、眠たそうな消太くんに読み聞かせるのも面白いかな、というちょっとした好奇心だったのだけれども、存外消太くんは乗り気なようだ。「頼む」と一言返されて、自分で言ったにも関わらず、僕はちょっとだけ驚いた。すぐに単行本のページ数を一番最初に戻してタイトルを読む。人に聞かせるために音読するのは、授業を除けば初めてだった。

「アリスは何もすることがなく、川岸に座る姉の隣でとても退屈していました。1、2回は彼女の読んでいる本を覗いてもみたけれど、その本には挿絵も会話もありません。挿絵も会話もない本だなんて、一体何の役に立つ本なのだろう、とアリスは思いました」

「極論だな」

 消太くんの厳しい合いの手が入る。こういうことを言うから彼はファンタジーというジャンルが合わないのだ。根も葉もないコメントが面白くて愉快になった僕は彼の頭を撫でながら読み聞かせを続けた。一小節を読み終えると消太くんは一言コメントをくれる。「そこまでやるか」とか「お転婆が過ぎるね」とか、まるで学校の先生に評価されているみたいだ。指に絡む長い前髪を彼の耳にかけたあと、口うるさく感想を述べる彼の唇を親指でなぞってみる。消太くんの視線が僕を見上げた。

「爪牙の読み聞かせは眠くなってくるな」

「そうなの?」

「ああ。保育園の昼寝の時間を思い出すよ」

「あはは、本の内容も子供向けだしね」

 答えて、僕は再び音読を再開する。3ページほどを読み終えるとツッコミを入れる消太くんの声に覇気がなくなって、次第に目蓋が落ち始めた。睡魔に襲われているみたいだ。頬を撫で、頭を撫で、彼の眠りの妨げにならないよう声のトーンを落として音読を続けるうち、彼の目蓋は完全に閉じてしまった。子供みたいで可愛い人だ。きっと彼は明日も昼寝をして、僕に読み聞かせをねだるのだろう。眠っているうちにあまり読み進めてしまうと拗ねてしまいそうだから、僕は手にしていた単行本を閉じ、それを小脇に置くのだった。

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170204