He became a woman.41.
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土曜日の昼下がり、僕と消太くんはデパートへ買い物に来ていた。そろそろ在庫のないトイレットペーパーと洗剤を買い、ついでにホワイトデーのお返しを選ぶためである。僕がバレンタインデーにもらったチョコレートはアソートパックのものだったり100円にも満たないようなささやかな気持ち程度だったのでお返しはスナック菓子で済むのだが、僕の自慢のカッコいい消太くんは僕とは違いパッケージにもお金がかかっていそうなチョコをもらっているので、それらに見合うだけのお返しが必要になる。こういうイベントは不合理と一蹴する消太くんではあるけれど、職場の人間関係を波立たせたくはないみたいだ。「お前が選んでくれ。それ買う」と苦々しい表情で頼まれ、二つ返事で承諾したのは昨夜、夕飯を終えたあとのことだった。
デパートの中は流石にイベント直前なだけあって賑やかだ。ホワイトデーの特設コーナーも一段と広く、出入り口前のスペースを占拠している。姉のおかげで買い物に付き合わされることにも慣れた僕としてはこうしてウインドウショッピングをするのは楽しいけれど、それとは反対に、消太くんは心底面倒くさそうだった。キョロキョロしながら品定めする僕の少し後ろをダルそうについてきて、思い出したかのようにふわあと大きなあくびを繰り返している。興味ないのに一応ついてくるところは律儀で可愛いけれど、こういうイベントを一切楽しまないのは彼らしい。僕の後ろや隣を歩きながら、時折偶然を装って僕の腰や手に触れてくる甘えん坊の可愛い恋人に、消太くん、と呼びかけてみた。外では特に無口な彼は、素っ気ない顔のままこちらをチラリと一瞥する。
「何人分だっけ?」
「5人分。多分」
「多分なの?」
「数えてねえから覚えてねーよ。10個くらい買っときゃ問題ないだろ」
「えー、だいぶ余っちゃうよ」
「余ったら爪牙が食えばいいよ」
「え、本当?」
「ん。だからお前の食いたいやつ選べ」
太っ腹だなあと思いつつ、きっと本当にどうでもいいのだろうなと実感した。僕が見た限りもらってきた小包は6つほどあったので、確かに10個買えば足りないということはなさそうではあるものの、それにしたってザックリした認識である。自分が食べたいものを選ぶとなるとまた視点が変わって来てしまって、無難なものだとか女性受けしそうなものだとか、様々な要素を考慮しながら再び僕は特設コーナーを練り歩いた。あんまりいいものを購入して消太くんがモテてしまうのはちょっとだけ嫌だから、そこら辺もよく考えなければ。アクリルガラスのショーケースに飾られた焼き菓子やチョコレート菓子を眺めていると、今まで指先が触れるだけだった消太くんの手が、不意に僕の手を握った。握ったといっても人差し指と中指が手の平を引っ掛けて軽く引き寄せる程度の接触だ。背の高い棚が目隠しとなる狭い通路で僕の気を引こうとちょっかいをかける彼は猫みたいで、なんだか胸がキュンとしてしまう。きっとつまらなくなってしまったのだろう。
「どうかした? 飽きちゃったかな?」
問いかけると、年上の恋人は微かに頷いた。
「どうせ義理なんだ、適当でいい。さっさと買って帰ろう。時間がもったいねえ」
「あれ、何か予定あったっけ?」
「別に……予定はないが」
フイと顔を背けたので、何か予定がありそうだ。思い出そうにも予定を組んだ記憶はなくて、少し高い位置にある消太くんの顔を覗き込んでみる。こちらを一瞥した長身の彼はムッと拗ねたような表情で「ここじゃ落ち着いてキスも出来ねえよ」と呟いた。キスがしたいから早く帰ろうと拗ねてみせるなんて、僕の消太くんは本当にワガママで可愛い人だ。思わずニヤけてしまった僕に「何笑ってんだ」厳しい言葉が返ってくるけど今の僕にとっては全然怖くない。指先で繋がれた彼の手を握り返し軽く力を込めると、消太くんの手もまた緩い力で握り返してくれた。すぐに手を離し照れて視線を泳がせるクールな彼は、いつもはカッコいいのに僕の前ではとても甘えん坊になる。それが可愛くて、大好きで、幸せだ。
「じゃあ、早く選んじゃうね。……あ、ミッドナイトさんには別のお返しにした方がいいかな?」
バレンタインにいい思いをさせてくれた彼女へのお返しは個別にしたくてそう聞いてみると、消太くんは一瞬悩んだあと「カップル向けはやめとけ。キレられる、俺が」と助言してくれた。
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170312
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