He became a woman.31.
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 朝6時すぎ、洗顔を済ませてリビングへ戻ると、マグカップを片手に持った消太くんがソファに座り、ぼんやりとテレビを眺めていた。いつもは天気予報とニュースを見終わるとテレビは消してしまうのに珍しいこともあるものだなと、僕は誘われるように彼の元へ近寄りながら考える。隣に立つと気付いた恋人の腕が伸び僕の手首を引いた。座れということなのだろう。それに従い消太くんのすぐ横に腰をかけると彼の手は僕の腰へと周り、より密着するよう抱き寄せてくる。可愛い行動にニヤけながら「ショータくん、何見てるの?」と聞いてみる。テレビにはキャスターが提示する街頭アンケートに答える街ゆく人々が映し出されていた。

「今日何日だ」

「え? うーんと、1月の……31日」

「愛妻の日らしい」

「そうなんだ? 語呂合わせかな」

「そう。今テレビでやってた」

 顎で示す画面をよく見ると、右上のテロップに小さくそんなフレーズが書かれていた。愛妻の日。日本人はこの手の語呂合わせが好きだから、朝のニュース番組のいちコーナーで特集を組まれるなんてよくあることだ。愛妻の日には何をするか、街角で出会った夫婦にインタビューする映像を眺める消太くんがコーヒーを啜る。僕の腰を掴む彼の手に力がこもった。

「今日は愛妻の日なんだと」

「ん? うん、そうみたいだね」

 何故か消太くんが同じことを2回言った。チラッとこちらを見る彼と視線が合う。何か言いたそうな表情ではあるけれど、愛妻の日という情報だけでは何が言いたいのかを汲み取ることが出来なかった。もうちょっとヒントがほしくて「なあに?」黙ったまま僕を凝視する恋人に訊ねてみると、彼は一度視線を泳がせたあと、僕の目と鼻の先まで顔を寄せた。その顔は拗ねているみたいだった。

「……愛妻家だろ」

「だれ? 消太くん?」

「そう」

 僕は彼にとって妻だったらしい。だから愛妻の日を強くアピールしたのかとようやく納得がいった。彼は遠回しに、僕のことが好きだと告げてくれていたのだ。僕だって彼のことが大好きだけれども、残念なことに「愛夫」などという単語はないのでそれをアピールすることは出来なさそうだ。中々察しない僕のせいでふてくされてしまった可愛い消太くんが、何も言わずくしゃくしゃの黒髪を首筋に押し付けてくる。撫でてほしいと素直に言えない彼のそんな仕草にメロメロにされた僕は、彼の髪を指で梳きながら「ね、ショータくん」と呼びかけた。

「確かに消太くんは愛妻家だね」

「まあね」

「僕も消太くんのこと大好きだよ」

「知ってるよ」

「あはは、じゃあ、今日はいっぱいチューしちゃおうかな」

「ん。していいよ」

「本当? いーっぱいしちゃうよ?」

「いーっぱいしていいよ」

 甘えてすり寄る僕の可愛い消太くんはクツクツと笑いながら僕の口調を真似て言った。年上の恋人からお許しが出たので早速彼の頭にチュッと音を鳴らして口付ける。彼の顔が僅かに傾き、前髪の間から黒い瞳がこちらを見た。垂れ下がる髪を耳にかけてからこめかみと頬にもキスをすると、唇にもしろと、無言でアピールを続ける消太くんが首を伸ばした。今朝はいつにも増して甘えん坊だ。厚くて柔らかい唇を軽く吸う。「焦らすなよ」不満気な声が文句を言ったので下唇の内側を舌先でくすぐると、消太くんはそれを迎え入れてくれる。ちゅうっと吸われると甘い快感がじわっと頭に抜けていく。温かくて気持ちいいけど、朝にするにはちょっとばかり刺激的すぎるキスは、消太くんの好きなブラックコーヒーの苦い味がした。

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1700101