He became a woman.35.
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 12月に入ると秋の肌寒さはどこへやら、いよいよ冬の寒さが本格的になってきて、近頃の僕は乾燥と冷えに悩まされている。クラスメイトやサークルの女の子たちは冷え性だからと可愛い手袋なんかをしていたのだけれど、その流れに乗って手袋をするのは躊躇われた。ただでさえナヨナヨしていると思われがちな僕も一応は男なわけで、女の子と同じようにしっかり防寒対策をするのは、何となく、ちょっとだけ恥ずかしかったのだ。上着のポケットに手を突っ込んで寒さを誤魔化しつつ、大学から帰る道すがらドラッグストアでホッカイロやら何やらを買っている姿は、あまり同級生に見られたくないなと思った。
 家に帰り着き、いつものように家事をこなしたあと通学鞄の中へホッカイロを補充していると恋人が帰ってきた。昨夜は1時間残業で今夜は昨日よりも更に1時間遅い。師走なんて呼び名の通り、12月に入った消太くんは忙しそうだ。せめて疲れが癒えるようなおいしい料理を出してあげたくて、目下スタミナレシピを検索中である。ちょいちょいと手招きする消太くんに誘われフラフラと近寄る僕の腰を、彼は待ってましたと言わんばかりに抱き寄せキスをした。腕は温かいのに唇は外気に冷やされヒヤリとしている。何だかアイスクリームでも舐めているみたいだと思いつつ何度も口付けを繰り返した。

「おかえり消太くん。お疲れさま」

「ただいま」

「今日寒かったね。ごはん出来てるけど、先にお風呂にする?」

「いや、メシ食うよ。爪牙腹減ってるだろ」

「あはは。うん、ペコペコ。じゃあすぐ用意するね」

「ん。着替えたら手伝う」

 いつもよりもっとくたびれた様子の消太くんが鞄やら首元の布やらを取り外しながら室内を移動する。僕もダイニングテーブルの上に置いたままの鞄を片付けるためドラッグストアのビニール袋に手を伸ばすと、今度は吸い寄せられるように消太くんがこちらに足を向けた。

「何だそれ」

「ん? ホッカイロ。最近寒いから」

「それは見りゃ分かる。そっち」

 そっち、と顎で示した先に転がっているのはパッケージに入ったままのリップクリームだった。冷えはもちろんだが乾燥の問題は特に深刻で、僕の唇は荒れに荒れていた。血が出て痛いし、カサカサなので消太くんとキスするときにも痛くないかと気になって仕方なかったため、羞恥心を捨て買ってみたのである。やたらと可愛いパッケージが並ぶ中、出来るだけシンプルでいかにも薬用みたいなものを選択したつもりではいるものの、やはり男の僕がリップクリームを塗るのは違和感があるのでこっそり使うつもりだ。案の定消太くんはあまり見慣れないのか「へえ」と興味深そうに見つめている。

「……僕が使ってたら変かな?」

「ただの保湿剤だろ。変じゃねえよ」

「あはは、よかった。ね、唇プルプルになるかな」

「どうかな。塗ってから確かめねえと」

 キスが好きな消太くんは好意的な反応である。彼が喜んでくれるなら、きちんと毎日塗ってプルプルを目指すのも悪くないかもしれない。彼は手に持っていた鞄をイスに置き手が伸ばした。それを渡せと指が動いたのでパッケージに入ったままのリップクリームをそこに乗せる。無言のままペリペリと紙を剥がし中のスティックを取り出したかと思うと「爪牙、こっち向け」僕の顔に手を添えてそう言った。早速塗ってくれるみたいだ。塗りやすいように体を乗り出して少し上を向くと、片手で器用にリップクリームのキャップを外した消太くんが、固形のりみたいなそれを唇に押し当てる。

「どんくらい塗ればいいんだ?」

「えー……わかんない、塗ったことないし」

「俺も。はじめて触った」

 確かに消太くんがリップクリームを塗るのは想像がつかなかった。「2周くらい塗っときゃいいか」と呟く彼がくるくると僕の唇をなぞっていく。何だか照れくさい。「よし」呟いた消太くんが手を離し、リップクリームにキャップをはめたあと、今しがた保湿剤を塗ったばかりの僕の唇にキスをした。チュッチュッと音を鳴らしながら軽く吸い付いて、角度を変えてまた幾度もそれを繰り返す。唇の表面がぬるぬるして変な感じだったけど、キスすることを想定しているものなのか、消太くんの唇がいつもより甘く感じたのは思わぬメリットかもしれない。

「俺の唇もプルプルになるかもな」

 顔を離してにんまり笑う消太くんの唇はリップクリームでてらてらと色っぽく輝いていて、僕はしばらくこれにハマってしまうかもしれないなあと思った。

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170113