僕だって恋くらいする

夏は過去ったというのに、9月がまだ残暑を引き摺っている。今日新たに生まれた蝉が何かを主張するように鳴き声を響かせて、太陽はジリジリと地面を照らす。秋はまだもう少し先らしい。

学園の適正温度に慣れた身体は外の暑さに耐えられない。そもそも函館と横浜では気温の高さが随分違う。
天宮にとって冷房の働きはなくてはならないものだ。
今も涼しさを欲して部屋の温度を下げている。

省エネ機能搭載のエアコンは素晴らしい。一日何時間も点けっ放しにしても電気代は2000円も行かないし、マイナスイオンの発生に因って気分も幾らか良い。
売り文句にしているだけはあって高性能だ。ぽちぽちとリモコンを適当に操作してテーブルの上に戻す。
散策は好きだけれど、流石に今日は外なんて出る気にならないなとソファに深く腰掛けた矢先だった。
ピロピロと個別に分けた呼び出し音が静かな室内に鳴り響く。気の抜けるような音はふたりにしか設定していない。今回は七海の方だ。


『いきなりすみません。もし天宮さんさえ良かったら、これからちょっと出られませんか?そんなに時間の掛かる事じゃないので直ぐ済むと思います。
これから、この間天宮さんが気に入っていた点心も持って行きますね。ちょっと待っててください。』


携帯電話を開いてメールを確認するに、返す必要はなさそうだと知る。YES or NOを問いたいのではなく彼には最初から此所にやって来るという目的しかないのだ。
人生は、『はい』か『いいえ』だけなのだと誰かが言っていたけれど、そんなのは嘘だ。だって彼には通用しないのだから。
出られないと断っても此所に来るのは解っているのだ。部屋で甘くないマンゴージュースでも用意して待っていてやれば良い。きっと直ぐに辿り着くだろう。


「天宮さん、オレです、七海です」


エントランスホールから先はカードキーがないと開かない筈だから、大方冥加の妹か御影辺りが通してやったのだろうと天宮は思う。
玄関の扉を叩く音に反応してか、グラスに入れた氷が、カランと音を発てた。
玄関を開けたら、やけに笑顔で七海が立っていた。もう少し待たせて置けば良かったかと考えて直ぐに取り消す。待たせたら待たせたで、大丈夫ですか、生きてますか、何て言って騒がしく扉を叩きそうで、隣りの冥加に摘んで外に追いやられ兼ねない。


「僕はまだ何も返してないんだけど」
「え、あ、すみません…天宮なら部屋に居るって冥加部長に聴いたから直接来た方が早いと思って」
「そんな事だろうとは思ってたから良いよ。それより、中、入ったら」
「は、はい、お邪魔します」


所在なさ気にキョロキョロと挙動不審の七海にソファを勧めて、先程用意したジュースをコトリ、テーブルに置いた。目を丸くしている七海にどうぞ、と付け加えたら、遠慮がちにストローにそっと口を付ける。


「…これ、マンゴーなのに甘くないんですね」
「甘さが足りないならガムシロップでも入れる?」
「そ、そんなの、邪道です!マンゴー本来の甘さが生かされてないマンゴージュース何て!」


がたん、と席を立ってどうでも良い事を主張し始める七海が今更部屋の温度の低さに気付いて、ぶるり、身体を震わせた。
異を唱えるだろうとは想定していたが、これ程とは。匂いはそれと似ていても、実は原材料は南国の果実ではないと知ったら吐き出すだろうか。


「あの、ちょっと室温低くないですか?」
「そう?これくらいが丁度良いと思うけど」
「って、20℃じゃないですか?!学園でも25℃に設定されている筈ですよ、下げ過ぎです」


リモコンに表示された温度を確認して、言うが早いか、七海は勝手にボタンを操作する。
快適だった部屋が徐々に気温を上げてゆく。


「オレ、天宮さんはちょっと自己管理不足だと思います…って、オレ、また余計な事、す、すみません」
「七海は言ってから後悔するよね、何時も。まあ良いんだけどさ」


油の濃いものを2、3日食べ続けて気分を害したり、雨の中を歩き回って体調を崩した事を言っているのだろう。冥加辺りは弛み過ぎだ、しっかりしないかと一喝しただけだったが、七海はひどくオロオロしていて見ていて愉快だった。
酢の物を用意したり、お粥を作ろうとして失敗したり。結局アレクセイに命じられたと御影がやって来てあれこれ用意して帰って行った。
そんな事もあったなと少し温度の上がった部屋でぼんやり思う。
あの熱い日々を通り過ぎて今。ひどく年月を歩んだような気さえしている。音楽を好きだと知って、天音でピアノを弾ける事を誇りにも思うようになった。それは随分と心地の良い事だった。
人というものは変わるものだ。目の前のこの内気な少年も良い方に変化したし、冥加も氷渡にも変化はあった。
きっとあの経験が、僕らにプラスの傾向を齎した。


「でも、オレ…天宮さんがまた風邪引いたりしたら、困るから」
「それは、どうして?」
「え、あ、どうしてって…えっと、なんでだろ…」
「僕が訊いてるんだよ」
「あ、天宮さんが居ないと、」
「居ないと?」
「…っ!天宮さん、顔、近いです、は、離れて下さい」
「ふふ、やっぱり七海は面白いな」


ずさり、大袈裟なくらいに後退って、七海は天宮を押し退ける。取って食いはしないのに、最近の七海の反応はやけに面白い。
前はこんな風にはならなかったのにこれも新しい変化のひとつだろうか。


「で、七海は結局何しに来たの。マンゴージュースを語りに来た訳でも、温度上げに来た訳でもないだろう?」
「そ、そうだ!天宮さんの所為で目的を見失う所だった」


しっかりと責任を寄越した上で持って来た荷物に向き直ってゴソゴソと。まだ熱が残っているのか頬が仄かに紅い。


「父さんと母さんがすっかり天宮さんの事気に入っちゃって、それで、今度は新しいメニューの味を見て欲しいって言ってるんですけど」
「それは別に構わないけど、外に出られるかって訊かなかったかい?」
「はい、だからこれがお土産で、本当の目的は今晩の夕食への招待です」
「そんなの、メールで済ませば良かったのに」
「え、あ、そうですよね…でも、それだとお土産渡せませんし、会えないじゃないですか」
「誰に?」
「誰にって、あまみ…って、え、え?オレ、何言って……!」


口に出し掛けて、漸く自分自身何を言わんとしたのかに気が付いたのか、七海はひどく取り乱して置こうとしていた容器をひっくり返しそうになる。それを落として終う前に何とか受け止めようと近付いたら、今度は先程とは違い距離を取ろうともせず、驚いたようにこちらを見て七海が告げた。


「あ、あの、天宮さん、顔、紅いです」


自分で誰に会いたかったのかと尋ねて置いて、当たり前のように返され掛けた名前に、何故か体温が上がっている。揶揄う対象だった後輩にしてやられるだ何て、悔しさが最優先されるのだけども。
それでも、それを嫌だとは思えなかった。


「ああ、もしかして、君の熱が遷ったのかな」


機械は相変わらず冷たい風を注いでくれるのに、ほわほわと上がった体温が上手く調節出来ない。
だけど手に入れたこの感情は何処か心地良い。
ああ、そうか。これはきっと焦がれていた結末のひとつなのだ。


僕だって、恋くらいする。














22.7.25.村棋沙仁




意味不明ですよねー。ええ、私もです(殴)
両想いにさせてみたかった。しかしぐだぐだしたのでした。
この話オチないし○| ̄|_










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