初で不器用な林檎さん
(林檎ちゃんの亡き彼女さんとの絡みあり)


「林檎、メリークリスマスです」

その声に顔を上げるとそこに居たのは濃霧の所謂”彼女”という立ち位置にいる女性。
名前を日月 夜霧(たちもり よぎり)

カレンダーを見てからああ、今日クリスマスか、なんて冷めた事を思う。

「仕事中ですよ、夜霧」

書類に目を戻し、そう告げると面白くない、と呟く声が聞こえた。

「せめてこの山が終わるまで待ってください」

この山、と指したのは上司月夜の書類。
また逃げたのだ。あの阿呆は。
やけにウキウキしていると思ったらそうだ、クリスマスだったな、とどこか人事のように思う。
クリスマスだから逃亡が許されるとは言わないが。

「…仕事なら、…仕方ありませんね」

その彼女の表情はすこし嬉しそうで、でも寂しそう。
濃霧は恋愛においては公私混同しない主義であるので仕事場で日月と仲むつまじくするのはいただけないと考えているし彼女にもそう伝えてある。
かといってプライベートな時間はほぼ皆無なので普段恋人同士とは気づかれない。
故に助かってもいるが日月ら少しばかり寂しい思いもしている。

大人しく濃霧を待つことにした日月はそっと濃霧の横顔を覗く。
美しい顔立ち。
くすみのない白い肌。
青い瞳と青く艶やかな髪。
女性に間違いられがちだが、よく見れば矢張り男。
例えば手。
狙撃手である彼の手には、トリガーに指をかけたときに出来る肉刺がある。
それに肩幅だって広い。
服を着ているとわからないが、脱げばその逞しい肉体に心奪われる。
あまり構って貰えないのはとても寂しい。
しかし、それでも尚この人の隣にいたいと思ったり。
女遊びが下手であまり恋愛をしたことのないこの人(そのおかげで私は救われているのだけれど)には、世間一般の恋愛は求められない。
仕事最優先だし、記念日なんて覚えてなさげだし、デートなんてしたこともない。
いつも彼女の家にいくか濃霧の家にいくかの二択。

日月は濃霧の横顔を眺めながら小さく笑う。

きっと、たぶん、おそらく今日というクリスマスもこの恋人は何もしてくれないんだろうと思う。
まぁ、寂しいし腹も立つが仕方無い。

諦めてせめて暫くここに居ようと結論を出した日月に唐突に濃霧がこう言った。

「よかったら、ウチ来ますか?」

「へ?」

「…あ、えと、今日はすぐ帰れそうですし、その、一応クリスマスですし?」

前言撤回。
一応クリスマスということは分かっていたらしい。

「はい!」

はにかみながらよかった、と言う濃霧に自然と日月の口元も緩む。

こういう何でもないときにふと思う。

『今、幸せだ、』と。




|