どこだよ、ここ。

何となくぼうとしていた。
意識の浮上を感じた。いや、目の前の事に目を向けることを思い出した。

”何か”があったのだ。

何かあったが、寝ぼけているようで、よくわからない。

それは思い出してはいけない事なのかもしれないし、覚えているべきではないなかもしれない。
そのためか、また、意識が遠くなってきた。

ずるりずるりと引きずられる。
そうしてどこかに放り投げられる。

気持ちの悪い浮遊感に襲われて、はたと目が覚める。
自分は何をしていたのか、どこにいたのか、記憶を必死でかき集める。
しかし、それらを理解する前に状況を理解した。

自分は今、落下している。

「やぁぁぁべぇぇぇぇぇ!!!!」

あ、今日俺様の命日だわ、これ。
父ちゃん、母ちゃん、兄貴、ソッチ逝くかも。

みたいな事を考えながら落下していた。
目下には灰色の住宅街。
兎に角体幹だけは守ろうと体を丸くする。

有り得ないくらいの衝撃と鈍い音、それから臓器の潰れる感触と体中の骨が軋む音を聞きながら四月一日は意識を手放した。
本日二回目の気絶に、やっぱり俺様今日休暇だったのにおかしいよな。絶対おかしいよな。何だこの理不尽な扱いは。と突っ込むのを忘れない。





次の目覚めは、それまでと比べて幾分マシなそれであった。
体は痛むが処置されているらしく、また布団に横たわっているらしい。
心地よい微睡みの中で、それまでの出来事を反復して、そしてはたと目を開けた。
こんな所で微睡んでいる場合じゃない。
起きあがれば体中が痛むがそれどころではない。
ここはどこなんだ、とあたりを見渡す。
誰もいないガランとした部屋だった。
自分か寝かされていたベッドと机があるだけの小さな部屋であった。
ボロボロの体を庇いながら近くの窓から外を見た。

「…なん、だ?これ」

そこには近代的なビルもなければ古き良き御所があるでもなく、明らかに時代錯誤な風景が広がっていた。
文明開化の時代を思わせる欧州のその町並み。
今では過去の産物となった石炭燃料の燃える臭い。
黒煙を上げながら進む汽車。
石畳の町並み。
それらは景観保護なんていうものに守られた街並みではなく、リアルタイムに人が暮らす、例えて言うなら歴史の教科書のなかに入ってしまったような、そんな錯覚を受けた。
意味がわからない。

どうして俺様が何百年も昔の欧州のお国にいるんだい。
どういうことだい、いったいこれは。

と頭の中で状況について突っ込みを入れる。
そんなこんなしていると部屋のドアが開く音が聞こえた。
とっさに部屋に入ってきた人物を取り押さえる。

…怪我の為か案外すぐにねじ伏せられた。
怪我のせいにしておく。断じて自分の弱さ故ではない。





「火傷、骨折、内臓損傷、
なんだか溶解炉の縁に叩きつけられたらみたいな怪我だね。なにしてたの?」

「うるせぇ、ほっとけ」

ほぼ正解を当てられて何とも言えない気分になる。

部屋に入ってきたのは、中年に差し掛かるか否かの男であった。
ひょろりと細長い体に肉はほとんどついておらず、さながら骸骨のような男であった。
骸骨が眼鏡をかけている、と表現したい。

四月一日をねじ伏せた力が出せるとは到底思えないその男は、自身をロバート・スミスと名乗った。
もちろん四月一日は覚える気は無い。

職業はしがない錬金術師などというふざけた自己紹介をしたそいつは確かに錬金術なるものを使っている。
何もないところ‥いや、現実にはちゃんと物があるのだが、ただのガラクタに見えるのだが…、とにかくなんの変哲もないゴミの集まりがちゃんとした、椅子だの壷だのに変わってしまうから驚くしかない。
是が錬金術だと説明されれば頭の出来の良くない四月一日にとっても、ああ、本当に錬金術なんてあったんだ、あはは、ということは理解した。
そして、うっすらとここが別次元であることも理解した。
もちろん、ロバート・スミスと名乗ったこの男が立てた仮説に便乗しただけである。
錬金術師とはつまり科学者であるというのは四月一日の乏しい知識の奥に記載されている。
ぼんやりと頭の良すぎる奴がラリってたんだなぁ、中世ヨーロッパは、みたいな認識をしていた。
そして、この男の話を聞いてやっぱラリってんなぁ、錬金術師ってのは、とまた浅はかな思考をするのであった。







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