「サヨナラ」

「・・・・おう、サヨナラ」





中々に、この言葉は殺傷能力が高い。映画や物語で「またね」と言いなおされるわけだ。



よくもまあ、この俺に半年も持ったもんだと素直に驚いている。40以上生きてるわけだが、治らない女癖にエロいことばっかの頭、数えなくても悪い面だけが多いような俺がそれなりに本気で若々しい恋に落ちた。



それなり? いやいや訂正、かなり本気だった。




一回り歳が下のなまえは、俺と違ってまっすぐで、浮いた話があんまり上がらないような娘だった。そんななまえの目が俺だけを見て、恥ずかしくて真っ赤になる顔とか、眩しささえ感じるほどの笑顔だとか、そんなのを俺だけが独占できたらどんなにいいだろうかと、そんなスタートのレンアイ・・・ごっこ。



最初はどっかのバカップルみてぇなこと平気でやってた。2人でおそろいのアクセサリーつけたり、手ぇ繋いでデートしたり、高校生が指さして笑っても気にしないくらい幸せで、




んで同時に怖くもなって、


俺の汚ねぇとこ見られたらどうしようとか、知り合いが話しかけてくる事さえ怖くて、「仕事忙しいからー」なぁんて適当に言い訳ぶっこいて距離を置いていったら、涙ぐんで自分が何かやったかと聞いてきた。




ビビりな俺はヘラヘラ聞き流して適当に相槌打つことくれぇしかできなくて、結局、別れを切り出すなんて一番つらい役回りをなまえに押し付けた。












「あー・・・タバコ切れた」



電気をつけるのも億劫で、真暗なままの部屋に寝転んで、タバコの山に適当に消した吸殻を投げる。弾かれて転がって、わずかに火が残っているのに気付いてすぐさま手で叩き潰した。



あ、火傷したっぽい



なまえが面白がりながら格好いいと褒めてくれたリーゼントは掻き乱しちまったまんま。なまえに会うのに下手な格好できねぇなぁんて色気づいて切りそろえた髭は伸びて不揃い。外に出るのも億劫で、いっそ蛇口ひねったり電気のスイッチ押しただけで落ちてきちゃくれねぇかと思ったりしたけど当然出てくるわけもなく、適当に髭剃って適当に髪の毛カチューシャで止めて、緩いズボンに伸びたTシャツとサンダルって言うダルッダルの格好でポケットに小銭突っ込んで外に出た。















クソ、普通の財布持ってくるんだった。どうせ外出る気がないんならカートンで買ってもよかっただろうに。


それでも一箱しか買えない金額しか持ってねぇからそれで買って、コンビニを出れば安っぽいナンパ集団のこれまた安っぽいナンパシーンに出くわした。



「おねーさん体寂しくなぁい? 俺らが遊んでやろーか」



昔俺も似たような言葉言ってたなぁとか考えて、通り過ぎようとした。






その足を、聞き覚えのある声が引き止めた。




「悪いけど、急いでるからどいてくれない?」




なまえだ。なまえだった。スーツ姿に仕事用の鞄を肩にかけて、強気な態度で堂々と言い張ってる・・・ように見えて隠れて握りこぶし作って手が震えないようにしてる女の子。




「釣れねぇの、まぁいいや、いいじゃん連れてこーぜ」

「そーだな」



示し合わせてなまえの手を掴む俺にとっちゃ年端もいかねぇようなガキ。それを必死に気取られないように睨み付けて、そんな虚勢がどれだけ男を刺激すんのか一切知らねぇ可愛い女。




見てるだけなんざ、どうにもできなかった。








ニヤニヤと気持ち悪いことこの上ねぇような顔を一発殴り飛ばせば吹っ飛ぶガキ。唖然とするなまえの肩を抱き寄せて、安心させるように、極力優しく撫でた。




「俺の女に何やってたのか、訊いてもいいかね少年諸君」

「んだよお前ェ!!」

「邪魔すんなっての」






「あ?」






気の長さには自信がある。まぁ最終警告だと思っとけと心の中で諭しながら睨み付ければ、何とも聞き覚えのあるセリフ吐いてどっかに走っていくガキ共。残されたのは人通りが少ないとはいえちょいちょいこっちを見てくる通りすがりと、俺の胸板に顔くっつけられたまま動けねぇなまえ。



「あー、ワリ・・・いや、だったよな」



頬を指で掻いて数歩離れる。街頭が暗いのと、下向いたままなせいでなまえが今どんな気持ちなのかがさっぱり分からねぇ。いや、分かるだろ。ウザいとかキモいとか、大体そんなところだ。



「・・・・・・・じゃ」

「・・・っ待って!」



さっきまで握り拳を作っていた手がヨレヨレのTシャツを掴む。親指で押えられただけの力。なのに振り払えもせず動けなかったのは、俺が単に未練タラタラなうぜぇ男だからってだけの話。





「・・・ち、さっち・・・っわたし、わ、たし、ね・・・っ」



薄暗いはずの街灯の光がなまえの目の中できらきら光ってるのが見えた。

震える声やら指やらの振動が伝わってくるのが柄にもなく心にキて、気づけば強引に上を向かせて唇を重ねていた。驚いて、後ろに引こうとするなまえを引き寄せて、1ミリの隙間も出来ねぇように抱きすくめて、息つく暇も与えないように離しては重ねてを繰り返して、薄く開いた唇の隙間に舌をねじ込めば、分かりやすくなまえの体が跳ねた。



だよな、ディープキスなんざ初めてやったもの。せいぜい重ねて終わりのキスだけだったもの。




「・・ん、は・・・っさっち、にが・・・」

「あー、さっきまでタバコ吸いまくってて・・・」



ぱっと手を離して距離を取ろうとすれば、引っ張られる感覚がして下を見る。ウル目で見上げるなまえの手が、さっきよりもしっかりと服を握っていた。



「・・・・・・・それなりに、頑張って、諦めようと思って、でも、でき、なくて・・・

じぶんでいっといて、ばかなのは分かってるけど、でも、それでもさ、私は・・・・っ」




人差し指で、なまえの声を遮る。絶望って感じの顔したなまえをまた抱き寄せて、みっともなく震える手をなまえみてぇに力を込めることで相殺しようとしたけど、うまく行かねぇ。まぁ、いいや。これからもっと格好悪いこと言うんだから。



「なまえは、傷つきすぎたから、傷つかせすぎたから・・・言わなくていい」

「・・・・へ?」

「・・・・俺はさ、歳も大分行っちまってるし遊び人だし、さっきの奴らみたいなことへーきで何回もやってたワケ
その上なまえにそういうとこ見せたら嫌われるんじゃねぇかとか、怖がられるんじゃねぇかとか考えて、そんなんばっかで、まともになまえの気持ちとか、考えてやれなくて」



格好悪すぎて涙出てきた。なまえの肩に目ぇ押し付けて、何とか見せないようにして話を続ける。隣で鼻を啜る音がした。




「そんなんが、言いたいこと平気で言えるわけねぇと思ってる。分かっちゃいるけど、それでも、なまえが諦めきれねぇんだ」



なっさけない男でゴメンな。謝って一呼吸。



「こんな情けねぇ俺だけど、今度は、ちゃんと、なまえのこと大事にするから、
やり直させろとは言わねぇ、だから、もっかい、チャンスくれねぇか?」



神様女神様なまえ様、心の中で拝みながら答えを待つ俺の腹に、なまえの拳がめり込んだ。



「・・・っかじゃないの!! サッチのバーカ、バーカバーカバーカ!!!!」



涙で鼻声交じりの声と一緒に数発、食らう痛さは前にじゃれあって食らったパンチとはケタ違いに痛くて、甘んじて受けてたら「何で大人しく食らってるのよ!!!」と怒鳴られた。



「いくらでもあげるし、いくらでも、怖いのがまんするから・・・っ
はなれてかないでよ・・・っ馬鹿ぁ・・・っ」



最後の一撃が鳩尾にくらって、蹲る俺と一緒にへたり込むなまえ。




同じくらいぐっちゃぐじゃな顔してたから、不覚にも笑ったら今度は脳天にチョップを食らった。





僕に愛をくれた君に捧ぐ




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久々に長くなった・・・おうへぇ・・・
いかがでしたでしょうか。いやはやヘタレサッチは書きやすいですな。押せ押せサッチとか偽物臭がするってひどい物書きがいたものです。←



リクエストありがとうございました!!