落ち着かん。



曹魏の誇る常勝将軍の頭を占めているのは、唯それだけだった。
目の前を慌ただしく駆けずり回る体躯の小さな(于禁が大きいのもあるがそれでも小さい)娘は、先ほどから于禁の執務室の片づけをやっている。
周りが見えなくなるという于禁の悪癖でついつい仕事を片付けもまともにせず徹夜でやってしまい、散らかった書物を女官であるなまえに手伝ってもらいながらも片づけていたところ処理すべき書が回ってきたためになまえ一人に片づけを任せて書簡の山を崩す作業に入った・・・・というのが最近よくある光景である。




そう、よくある光景なのにもかかわらず、于禁の心中は穏やかではなかったのだ。もういっそなまえを于禁付きの女官にしてしまえと曹操が命じた過日のことを思い出しながらいつもの半分も進まない筆を睨み付ける。




「・・・将軍様? 気分でもお悪いのですか?」

「・・・いや、そうではない」

「そうですか・・・あ、休憩なさいますか? 気分転換にお茶など」

「いい、」

「そう、ですか」




何故そこで困った顔をするのか。何故自分がこの得体の知れぬ罪悪感に苛まれねばならぬのか。苛々は消化しきれない書簡と同じくらいに積もっていく。



「・・・やはり、休息をとる。茶を頼んでもいいか」

「っはい! お任せくださいませ!!」



いきなり、唐突に蕾が満開の花になったような表情の変わりように緩みかけた頬を片手で御した。不味い。これは不味い。一体何がと自分でも分からないが自分の中の様々な何かが瞬時に崩壊してしまうような恐ろしさを感じたのだ。どこぞの誰かを気取るつもりはないが。多分この勘は当たっている。



部屋を出たなまえを無音で見送り、少し速度の上がった筆を動かしていく。なまえが上機嫌であることが望ましいとでも? それとも、なまえがいなくなったことが原因か?



休息、といった手前筆はおかねばなるまいと、硯の横に筆を置いて立ち上がる。二歩歩いただけでゴキリとなる至る所の関節に、どれだけ自分が同じ体制をとり続けていたのかと思案。その間ずっと走り回っていたなまえのことを考えて、ふと足をなまえがいるであろう所に向ける。




「? 将軍様、どうかなさいましたか?」

「・・・・お前も休息をとれ、長きに亘る労働、大儀であった」

「・・・も、もったいなきお言葉・・・ありがとうございます」



頬を赤らめながら頭をヒョコリと下げるなまえ。身だしなみにもかかる時間がなかったのか、少し跳ねた髪を見つけた。




無意識に伸びる肉刺と傷跡の付いた武骨な手。







「・・・っしょ、しょう、ぐんさま?」

「・・・・・・・・・・」

「・・・っ于禁将軍様!!」



呼ばれた名前に現状を一気に把握する。いつの間にか伸ばしていた手がなまえの髪を弄んでいた。跳ねた髪は元通りになっている。



「――――っ髪が、跳ねていた。激務とはいえ、身だしなみには気を配れ」

「はははははいっ、お見苦しいところを、申し訳ありませんでした」

「次から気を付けよ」

「はい、」






残念ながらべた惚れ




(何なんだ、何なのだこれは)

(ううううきんさまにか、髪を・・・っ)




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つくづく私はオッサンを純情にするのがお好きなようです。漂う魔法使い臭。
お任せで! ということでしたがご満足いただけましたでしょうか? いただけましたら、いいな!

リクエストありがとうございました!!

title by たしかに恋だった