「いい加減魯粛から自立すべきだと思うんだけど」
「誰がだ」
「私が」
「何故?」
ほら、そう言う
手持無沙汰で適当にとった書簡をくるりと回しながらポツリと発言した言葉を、魯粛は筆を一切止めることなく封殺した。
この男、魯子敬はとんでもない甘やかしたがりだ。母親にすらここまで甘く接されたことはない。何かやろうと思い立てば、適当に、かつ確実に私が怪我や厄介ごとを抱え込むようなことにならない至極簡単な仕事を任せて自分でしてしまう。しかもそれに対して周りに変な目で見られることがないのだ。「男ばっかり働かせてー」とかそういう感じの、それもおそらくは目の前で呑気に自分で入れたお茶を啜りながら仕事をしているこの男の暗躍あってこそなのだろう。
「お茶淹れることくらいできるよ」
「急須ひっくり返して余計な怪我を負ったらどうする」
「魯粛の中で私はどれだけ不器用なの」
「縫い物で3回に1回は指刺すくらい」
「・・・・何年前の話さ、」
何なんだこいつは、昔のことを掘り出してうじうじと、仮にも一応戦闘職だったんだ。頼むから怪我くらい適度にさせてくれ。いや、痛いのが好きってわけじゃないけど
「私は、魯粛の奥さんなんだよ」
ぽつりとつぶやいた瞬間にやってくるこの虚しさはいったい何だ。奥さん、嫁、そう私は魯粛のために万事をこなす義務と権利を持っているわけだ。それが何もしなくていいとは何事だ。結婚前に花嫁修業としごかれた私の苦労をすべて水泡に帰させるつもりなのかこの男は。
あーもう悲しくなってきた。熱くなる目頭をぎゅっと押さえて立ち上がる。流石に何事かと筆を止める魯粛。知るかこんな男。
「なまえ?」
「久々に甘寧と打ち合ってくる。確かアイツ暇って言ってた」
アイツの眉間に木刀突きつけて高笑いしてやろうか。そうすりゃこの鬱憤も消えてくれるかもしれない。旦那様の言うこと聞いてー、いい子にしててー、そう何もしなくていいなんて恵まれてるんだってどこぞの誰かも言ってたし、待っててね魯粛、しばらくしたら理想の嫁さんになってくるよ。
最早開き直りとも拗ねとも言える思考は、さぁてと扉に手をかけた瞬間私の頭上近くに大きな音を立てて打ち付けられた魯粛の腕によって完全に消え去った。
「なまえ」
片手で体を方向転換され、向かい合わされ扉に押し付けられて身動きを取れなくされた私と魯粛との距離は近い。じっと私を見つめる目はギラギラと明らかな怒りの念が籠っていた。
大男の部類な魯粛に見下ろされると言うのは相当の迫力だが、こっちだって数ヵ月前まで戦場で武器ぶん回してたんだ。この程度屁でもない。
「怒るぞ」
「・・・心配しなくていいよ、終わったら全部止めるから・・・武器には触れない針仕事もしない、部屋にこもって書物でも読んでるからさ」
そういえば魯粛も書物読め書物読め言ってたし、一石二鳥じゃないか。
知らぬ間に伝った涙を魯粛のかさついた大きな手が掬う。見られたくなくて顔を下に下げると、ぐっと引き寄せられて抱きしめられた。ポンポンと撫でられる頭が何とも辛くて、魯粛の服を握って歯を食いしばっていたら、魯粛が言いにくそうに口どもってからすぅ、と息をした。
「・・・・別れたほうがいいのかもしれんな
お前を・・・こうも縛り付ける夫になど、付き合っていられないだろう」
魯粛の腕が緩む。頭を撫でる手が髪を一掬い弄んでからするりと離れた。別れる?
離れる腕の内側に入り込むように抱き付いて、眉間にしわを寄せた魯粛の顔を見上げた。
「・・・・っごめ・・・もう何も言わないから、やだ、魯粛と一緒がいい、魯粛のそばがいい、おねが・・・っ」
涙も拭かず、みっともなく魯粛に縋り付く。もう一度、抱きしめて、離さないで、もうわがままなんて言わないから、しゃくりあげる喉のせいてうまくしゃべれない。
「魯粛の奥さんでいたい、魯粛・・・っしけ・・・っ・・!」
一拍の静止があった。字で呼んだ声が嗚咽で消え、もう一言もしゃべれなくなった口がやんわりと魯粛の唇で塞がれた。
「・・・っ・・・っふ・・・っ」
「・・・・・すまん、自分で言っておいてなんだが、やはり離れられそうもないな」
小さな水音の後に離れた唇。しゃくりあげながら息を整えようと喘げばまた強く抱きしめられる。
「お前が傷つくことに情けなくも恐怖してしまう俺だが、それでもいいなら・・・・俺と、生きてくれないか」
「・・・っ子敬の馬鹿!!」
好きなのに、どうして傷つけてしまうのか
−−−−−−−−−−−−ー
なんでこの人ケバブなん? という思考と同級生と壁ドンの色気について語った結果こうなりました。