「や、やあ! 文鴦君!」

「おはようございます、なまえ殿」

「殿なんてやだなぁ、こう、もっと砕けた感じで.......呼び捨てとかどうかな!!」

「いえ、なまえ殿は歳が同じと言えど先輩ですから」




はーいぎょくさーいはーいありがとうございましたー








私と2年ずれて入社文鴦君は、私と同じ年齢の後輩だ。
まぁ理由は簡単私が短大卒で文鴦君が四年大(国公立)卒だからと言うやつなのだが、悲しきかな侘しきかな、文鴦君は私に芸語を使うのだ。同い年から敬語、まぁ2年もあればそれなりに上下関係と言う者は発生するだろうから仕方ないとは思う。どれだけ文鴦君が男でも、どれだけ文鴦君の仕事スピードが速くても、どれだけ業績抜かれそうでなまえさんが涙目になっても! それでも上下関係はあるのだ。まぁいつかひっくり返って、しばらくしたら冷たい目で「仕事だ、気張れ」みたいなことを言われるようになるのだろう。なまえ、負けない。




しかし、しかしである。同い年と言うのは素晴らしいものではなかろうか。同じ世代、同じ学年。見ていたテレビ番組が一緒かもしれない、好きなお菓子が一緒かもしれない、子供の時に見ていたアニメで話が盛り上がったりしたら、それは何とも楽しい空間だ。それを文鴦君と毎日、とまではいかなくともそれなりの回数するわけだ。ああ、嗚呼、素晴らしきかな私の社会人生活(想像)!!




「そう! 私は文鴦君と親しくなりたいのさ!!」

「お気持ちはありがたいのですが、私などがなまえ殿と、そのような」

「何を言うのかね文鴦君! 同い年なんだよ? 高校時代のこと考えたら同級生なんだよ? 同級生の子がいきなり畏れ多いって言って敬語使うところ想像してみてよなんか悲しくないかな」

「........特に」



されど悲しき、文鴦君は残酷なまでに謙虚である。










まぁそこでだ。この2月と言う寒々しい季節、その中間にありて、デパートや雑貨屋をその色一色に変えてしまう奇跡の1日。セントとかhappyが枕詞に付くスペシャルデーバレンタインが間近に迫っている今、これは乗るしかあるまい。作戦を決めた日の次の日に即購入した、綺麗に梱包されたチョコレートを片手に、まずはイメージトレーニングをする。入社して、タイムカードを切りながらイメージ。なるべくリアルに、なるべく現実的にするのが望ましい。


私の灰色の頭脳の中で、1つの光景が廻った。
片や爽やかかつ、友達100人いそうな優しいオーラを放つ私。片やサラサラと清らかな空気を纏う文鴦君が2人向かい合い、周りにはピンクとかオレンジとかのシャボンが浮いている。





「文鴦君これー! ハッピーバレンタイン!」

「おお! これはありがたい!! このような物をくれるとは、なまえ殿は親しみやすい人物なのだな!!」

「あははー「殿」だなんて堅苦しいなぁ、なまえって、呼んでもいいんだよ?」



「なまえ.......」(エコー数回)

「文鴦君..........」(エコー数回)



「私と、とっ、友達になってはくれないだろうか!!」

「やだなぁ文鴦君、私たちはもう、と・も・だ・ち.......でしょ?」




「なまえ.......」(エコー(ry)

「文鴦君..........」(エ(ry)






よし。完璧だ。素晴らしい。全世界の戦術家も恐れ戦くレベルのイメージトレーニングだ。よし! 少し離れた文鴦君の席を見る。ターゲットインサイト!!











「文鴦くー―――――――――、ぅ」



声が詰まる。ああああ、見てしまった。

文鴦君の机の上にはこれまたすごい量の綺麗な包みが置かれていた。あっはは、まぁ、当然と言えば当然なのだ。高度の顔面偏差値、優しい、高身長、高学歴。まるで昔の3Kとやらが実態を持って現れたような奴が文鴦君だ。仕方ない、そう、仕方ない。包みを持った手が無意識に下がった。



「ん、なまえ殿?」

「うおう! いや、あ、ぶ、文鴦君じゃないか! いやーもってもてですなぁ憎いねぇ色男!」

「いえ、そのようなことは.......誰がくださったかも分からないものですし、大方全部義理でしょう」



聞きましたかー文鴦君の机の上にゴディバとピエールエルメ置いた方ー!! 義理扱いされてますよー!!



「ぎり、じゃないんじゃないかなぁー、なん、て、ね、
じゃーこれは後日改めての方がいいね! すまんねぇ文鴦君! あ、処理とかなら付き合うから!」



このくらいの慰めと言うか、憐れみ90%のフォローくらいはしていいだろうと思いつつ、苦し紛れの言葉を紡ぐ。先輩同僚の皆さん安心してください。明らか本命っぽいのは避けて食べるからね。転げ落ちかけのチロルは食べるけど。



「それを、下さるおつもりだったのですか?」

「う、うん、まぁ友愛の証ーみたいなね! 友チョコと言うか、うん..................何も考えてなくてごめん」

「い、いえ、なまえ殿が落ち込まれるようなことは! 断じて!!」

「落ち込んでねっすよアハハ」

「口調がだいぶぐらついておられるが、」

「きのせーきのせー」



何で友チョコってばらした。というか何故これを文鴦君宛だとばらした。いや、でもだってここで文鴦君に義理チョコすら渡さないのはどうなんだ。まぁ何だかんだ一番悪いのはバレンタインにイケメンがどうなるかを一切考えずにチョコレートを買ったことだ。本当にごめんね文鴦君。





「その、なまえ、ど、ああいや、なまえ、その気持ちは、本当に嬉しく思う。だから、顔を上げてはくれない、だろうか」




「え、ぶ、ぶんおー、くん?」





照れたように視線を横に泳がせる文鴦君が、やはり不躾だったかと頭を抱える。
いや、止めてくださいお願いしますさっきの、さっきの口調でどうか!!!