ひぎゃあと倒れる敵を切り倒しながら、ああそういえば明日はバレンタインかと思い出した。




バレンタイン、どこぞの司祭様が内緒で、結婚してはいけない身分であるはずの兵士とその恋人を神の名において夫婦とし、その罪で処刑されたことから始まった恋人同士の日。というのがいつの間にかこんなことになるなんて、その司祭様はきっと計画通りと微笑んでおられることだろう。

倒れ伏した敵を踏みつけて跳躍して、次の獲物に向う。首筋を一閃。綺麗に切れた。きっとさぞ痛みもなく司祭様に会えたことだろう。汝に安らかな眠りのあらんことを、Amen。



「終わったかい」



聞かれた言葉と共に振り払った刀から、パパパッと血飛沫が飛んで、こりゃ急いで拭かないと錆びるなぁなんて考えながら、はいと呟く。そこには私にバレンタインというイベントを戦闘中だというのに思い出させた張本人が片脚を曲げて立っていて、ああこういう所も綺麗だと心底思った。一々、挙動の全てが美しい罪な人、マルコ隊長だ。



「返り血も浴びねぇたぁ、流石だよい」

「恐れ多いですよ、寧ろ、返り血を浴びてなお格好いいマルコ隊長は素晴らしいですね」

「褒めても何も出ねぇよい」

「そのようなつもりは無いのですが」




「おーーーーいそこの無表情共ー!! 終わりだってさーーーーーーー!!!!! 上陸準備するよーーーーー!!!!」






「............承知しました」



「なまえ声張って聞こえない」



「承知しました! 刀を拭いてから参ります!!


では、お疲れ様でした。マルコ隊長」




ああ、せっかくマルコ隊長と2人でいられたのに。まぁ2人でいたからと言ってなんだという話ですね。申し訳ありませんハルタ隊長。















「なまえが綺麗すぎて息ができねぇんだがどう思う」

「すっげぇよお前。恋バナ聞いてる筈なのに事情聴取されてる気分だ」



んなこと知るかと、文句があるなら隙あらば上がろうとするこの口角に言ってくれと、言おうとした口を何とかいつもの真一文字(イゾウ曰くへの字)に引き結んで目の前のヘラヘラ顔を見る。



「んで、サッチさんに何の用なのよ」

「さっき言っただろうよい」

「へ? 俺お前が呼吸困難っていう海底の砂粒の数よりどうでもいいことしか聞いてねぇけど」

「おっしゃ今から数えてくるよい」

「待った待った悪かったって行くなって100パー死ぬから止めてくれ」



サッチに止められてしぶしぶまた座る。なんだい、言い出したのはテメェじゃねぇか。



「で? なまえちゃんに言いたいことも言えずただただ無表情でぎりぎり口から出てきた褒め言葉も褒め返しで撃沈した一番隊長さんはなにやってんの」

「そんなに俺が溺れながら砂粒数えてるところが見てぇかよい」

「悪かったって、告白とかは?」

「明らかに気のねぇ本気の女にやって後の空気がどうなるか分かるだろうよい」

「いやいや、部隊長からの告白無下にする奴いねぇだろ、それに案外って事も?」

「ねぇねぇ、今朝のドタバタん時に褒められたんだけどよい、そん時のなまえの顔、ありゃ踏みつぶした虫けら見る目だった」

「ふーーん」



二言三言喋った後、よろりと立ってサッチに別れを言って離れる。やたらとやれやれみてぇな雰囲気だったのが引っかかった。告白、告白なぁ。する気もねぇししたところでどうなるんだって思うのは年取ったからだろうか。この船の中にいる以上いかに他の隊所属っつっても嫌でも顔を合わせるわけで、いや、なまえの顔を見るのが嫌なわけもねぇし寧ろ1日1回あの戦闘中の面と動き見れたら万々歳なんだが。俺が2,3甘い言葉だの呟いたらあの無表情が赤らんだりするのか? 何となく見たくねぇよい




「隊長、マルコ隊長」

「なまえかい」

「お忙しい所申し訳ありません」

「構わねぇが、何か用かい」

「はい、こちらをお渡ししたいと思い........ご迷惑でなければお受け取り下さい」



何時もの虫けらを見るような目で差し出された其れは、紙で包装された小さな箱だった。小さい、まぁ手のひらサイズ、って奴だろうか。



「チョコレートトリュフです、美味しそうだったので、よろしければ」

「.........」

「マルコ隊長?」

「ああ、いや、悪ぃ、まさかのもんが出てきて、驚いた」

「申し訳ありません、甘いものはお好きではなかったのでしょうか」

「いんや、結構好き、だが」

「よかった」

「知ってたんかよい」

「いえ、本当に知らず、ただバレンタインだからと言う理由でチョコレートを買いました
聊か浅慮に過ぎたかと思いもしましたが、喜んでいただけたようで、何よりです」



なまえの手が頬をかりりと掻いて、すんと口から空気が抜ける、ほっとしたような、気恥ずかしさを隠すような動きだ。言い方が悪いのは分かるが、なまえの“人くさい”動作に正直呼吸が止まるほど驚いた。驚いて、次に



「これ、どういう意図で渡したか、聞いちゃ拙いかい」

「..............それ、を、お聞きになりますか」



細くなった目に宿った眼光の鋭さに、三下や下っ端の類じゃなくて本当によかったと感謝し、同時にとんでもない言葉を抜かしやがった自分の口を、三秒ほど前に戻って縫い付けてやりたいと思った。
戦闘時を思わせるような、雑魚を切るときのような目で、詰まり詰まり、ロボットかなんかが意味の分かってない言葉を紡ぐような声色で言うから、正直「友チョコ義理チョコの類をなに期待してんだよおっさんきも」となじられやしないかと勘繰った。まぁ冷静に考えてなまえがんなこと言う訳ねぇ、のは、知っちゃいるが。それでも背中がいきなりずんと重くなるようなリアルな想像だった。すいと横に動いた瞳が帰ってこないなまえが、またロボット口調で口を開く。






「生まれて初めて、バレンタインに物を送ることを考えました


それ以上は、察してくださると、その、さいわいです」




よしなまえ、そこを動くなよい。動悸と息切れと不整脈が止まったらすぐにその下がった面拝んでやる