「ほーせーおじさんほーせーおじさん、おねがいがあります」
はいっと頑張ってあげた手を、まるで王子様がするように取った法正おじさんは、「なんなりと?」 なんて言ってにやりと笑った。
* * *
「玄徳さまー!!」
4階まである建物の、2階。右から3番目の扉を、玄徳さまからもらった合鍵を使って開ける。
私の、なにより誰より、ずっとずっと大好きな玄徳さまの部屋にこうやって、自由に入れるようになったのはうれしいけど、それってイシキされてないんじゃないって、同じクラスの子が言う。そんなことないもん。
玄徳さまは、私の先生だ、学校のじゃない。近くに住んでる歳の離れたお兄ちゃん、いや、おじさん? みたいな人だけど、学校よりもたくさんのことを教えてくれるし、ママやパパに隠れて、私にこっそりいろんなものをくれるから、大好きだ。
「いないかー」
ランドセルを前に持ったまま、入ってすぐの台所もある廊下を歩いて部屋に入るけど、玄徳さまはいなかった。まだお仕事みたい。しょうがないからおとなしく待ってよう。
妻は家でおっとの帰りを待つものだってママの見てたドラマで言ってた。言われた女の人は不機嫌だったけど、玄徳さまの帰りをまって準備をするなんて楽しそう。料理をして、(まだ持ってないけど)携帯を握りしめて、「今から帰る」っていう玄徳さまのメールを待ったりするの。想像したらわあほっぺたあつい。
でも私は料理もできないし、玄徳さまは台所をつつくのだめっていうから、ソファで待ってるしかやることがない。やることが無いから気になって、ついついランドセルを開けて中の、綺麗な箱を出しちゃうけど、すぐにだめだって思い出す。だめだめ、これは玄徳さまにあげて、玄徳さまが初めて開けるんだから。――――――でも、ひっくり返ってたらどうしよう。知らないうちに、ここに来るまでにこわれちゃってたらどうしよう。お店のお姉さんは箱は頑丈だからって言ってたけど、そんなの分からない。
「なまえ?」
「玄徳さま!!」
気になって気になってついに指がリボンをほどこうとする!! ってところで玄関から声がして、かつんかつんって、パパの靴と同じ音がする。 玄徳さまが帰ってきた!! てーちょーに箱をランドセルに戻して、部屋を出て、玄関まで走る!
「おかえりなさーい!!」
「ただいま、なまえに迎えられるのはやはり嬉しいものだな」
「ふふふー、だってあたしは玄徳さまのこいびとだもーん!」
「........ああ、そうだな」
「なんでそんな顔するのー、ここにしわ寄らせてー!」
「ああ、怒らせてしまったか? そのだな、うん、なまえがあまりにも素直に私を好いてくれる、それが嬉しいのだ」
「嬉しくて困った顔するの? へん!」
「はは、では、次にそうなっていたら言ってくれ」
恋人って言葉に、玄徳さまは違うとも、そうとも言わない。冗談だって思ってるんだ。なんてひどい! でもいいもん、いつかめろめろにさせてやる。
お話しながら、部屋にまで歩く。並んでソファに座ったら、玄徳さまが少し首をひねって、あたしをかるがる持ち上げて、自分の膝の上に座らせた。
玄徳さまの体が耳にあたる。心臓の音はいつもと変わらない。「あたしといてドキドキしないってこと?」 って聞いたら、あたしといるとおちつくんだって。ミリョクないのかな
「あ、そうだ、」
思い出した。なんでここに来たか。危ない、忘れるとこだった。玄徳さまの膝からおりて、部屋のすみにおいたランドセルに駆け寄る。ほーせーおじさんに手伝ってもらったのに忘れてしまったなら、きっとほうふくされちゃうわ。
「玄徳さま、目ぇつむって!!」
私の言うことを聞いてくれて、すぐに目を閉じる玄徳さま。「うす目しちゃだめよ!」「しっかり瞑っているよ」
ゆっくり、音を立てないように歩いて、ランドセルの中から出したものを玄徳さまに持っていく。本当に目ぇつむってるのかな、近づいてのぞいてみたら「流石にそこまで近づかれると分かるぞ?」だって。
「もういいよ!」
ふかみどりいろの箱を玄徳さまの膝において、背中の後で手をつなぐ。いつだったか玄徳さまやママに「なまえは得意になるといつもそうするね」って言われてたけど、そんなことないもの。
玄徳さまの目が開いて、下の箱を見たら、もっと大きく開いた。
「ばれんたいんおめでと!! う、ううん、おめでとう、なのかな........こうでいいのかな玄徳さま?」
「ふふ、ああ、ありがとうなまえ、私はとても幸福だ」
そう呟いた玄徳さまが、ひょいとまた私を持ち上げて膝にのせてくれた。ちょっと離れただけで冷たくなるスーツの、冷たい布の上で、あったかい玄徳さまのうでにぎゅーってされながら、目の前で開かれていく箱を見る。「なか、ぐちゃぐちゃだったらごめんね?」「どのような運び方をしたんだ?」「ランドセルの中に入れてね、こうして、ゆっくりあるいた」「ならば安心だ」
そんな話をして、玄徳さまが笑って、箱を見てって、目で合図する。こんなところでひらかれちゃ気になっちゃって、先生からテストを返される時みたいな気持ちになる。どうか、どうか、綺麗なままでありますように........っ
ぱかって開いた、箱の中。
つやつや光るチョコレートが6つ、ぜんぶ違う形で、ちがう色がついて並んでた。全部絵が見えて、全部端っこが丸い。うん、買った時と同じだ。よかったぁ。
「ちょこ、ぼんぼん、だったっけ?」
「チョコレートボンボンか......酒入りのようだが、どうやって買ったのだ?」
「ほーせーおじさんに手伝ってもらった」
「そうか、近々礼に行かねばな」
1つ摘まんだそれを、口の中に入れる玄徳さま。ほんわか笑ってくれたからきっとおいしいって思ってくれたんだろう。嬉しい。けど、お酒の味って分からない。ママもパパも美味しいっていうけど、匂いがきらい。鼻がおかしくなりそう。
でも、匂いはあれでも、もしすっごく美味しかったら? 大人だけが独り占めして、子供にはあげないなんて、そんなのずるい。ずるいって思ったら気になって、つい、口を開いた。
「ねえげんとくさま」
膝の上で、足を少しぶらんって遊びながら上を見る。少し赤いほっぺの玄徳さまが見下ろした。相変わらずにこって笑ってる。これは、間違いない。
「おさけっておいしいの?」
玄徳さまが、ううん、て唸って、笑う。「なまえにはまだ早いが、美味いよ」って。
ふうん、ちょっとだけやな気持ちでこたえて、顔を元の向きに戻す。そうやってまだ早いって、玄徳さまもいうんだ。ふうん。いいもん、いつか、玄徳さまやママたちに隠れて飲んじゃおう。きっと、絶対おいしいんだ。
「試してみるか?」
何時もの声だった。玄徳さまが私に「お酒」をくれるんだ! そうだよ、だって玄徳さまはいつもこうやって私にくれるんだから。嬉しくて顔をあげたら。玄徳さまと目が合った。
陰で薄暗い、玄徳さまの顔が、ちかい。
「んんっ」
にがいあじと、げんとくさまが、あたしのぜんぶになる