最近のバレンタインと言うのはすっかり、お歳暮と言うか、普段お世話になっている人へと言う意味が大半を占めているように思うのは、きっと会社近くのデパートに所狭しと並んだチョコレートに突撃していく同僚や上司さんを眺めているからだろうと、心の底から思います。
2月の13日、そう言えばバレンタインはいくつ買いますの? と甄姫さんに言われてはと知った。高校時代ならこう、好きな人とか、友チョコとか、そう言ったたぐいの者には少々覚えがありましたが、まさか課全員とか、室にはちょっと値が張った物とかそう言った規模になるとは思いもしませんでした。



「あ、あの、これ、さん「すいませんこれ21個包んでもらっていいですか!!?」

「はい、ありがとうございます。トリュフ5個入りセット完売ですありがとうございましたー!!」



突然現れたスーツのお姉さんの、高速にして即断の購入。義理チョコとして渡すに調度いいであろう500円当たりのチョコが、目の前で売り切れました。ほとんど同タイミングで聞こえる売り切れとお礼の声。すごいです。こう、狩る側と狩られる側と言うか、芝刈り機に刈られる芝を見ている気分です。
さて、困ったことになりました。兎にも角にも準備すべき個数は18個。オール500円前後で大体9000円あたりですか。1人暮らしの身としては少々、痛い。ですが頑張るしかありません。最悪これからよろしくお願いしますくらいの方々にはコンビニの綺麗な包装の物で手をうちましょう。



で、本当にお世話になっている方々には、何を渡せばいいのか。目下の悩みはこれでした。



就活生時代からお世話になった夏候惇様と、現在私の上司としてあれやこれやとても親切に教えて下さる陳宮様。このお2人にはそういう、言うのは心苦しいですが義理中の義理のようなものは心苦しい、と言うか絶対に渡すものかの精神があるので少々、贅沢な物、高価なものがいいなとそう考えています。まぁ、あの方々が喜んでくださるなら正直生活費に手を出すくらい大したことはないのですが、その心意気で私生活をおざなりにして迷惑がかかってしまう、と言った悪い流れは、怒られそうです。また首根っこ掴まれてぷらーんってされる。




さてさて困った、困ったなぁと少し伝染った感じのするつぶやきを口の中でした、そんな時でした。私が、それを見つけたのは。









*    *    *







すっきりしない、寝たかどうかが思い出せないような、めまいに似た眠気と戦いながら出社して、早くもお昼の時間になりました。甘い香りがそこらから漂う空間。同僚の皆さんの鞄の中身が軒並みピンクです。そうじゃなくてもファンシーカラー。紙袋いっぱいに包みを詰めている猛者もおられました。そんな中、私が持っているものと言えば。




小さいマチ付きとって無しの紙袋、2つ。




「心が籠ってたら高価なチョコより価値が上がるという噂を信じて真夜中に手作り」と言う手法で間に合ったのはあのお2人の分だけでした。それでもまだ奇跡な方です。夜の12時に製菓材料らしいくうべる、なんとやらって言う、同じグラムで板チョコの3倍近くする円形のチョコを割って砕いて細かく刻んで、溶かして生クリームとバターと混ぜてチョコでコーティングするという作業を4時か5時くらいまでやってました。徹夜には慣れている方だと思ってましたがデスクワークと立ち作業の徹夜って、質の違う疲れが来ますね。体が重い。





「っ、陳宮様、夏候惇様!!」




オフィスを出て、何か大事そうな話を終えたらしいお2人を廊下で見つけて走り寄れば、柔らかい表情で迎えてくださいました。お2人ともさすがと言うべきか、腕に通された紙袋には綺麗な包みのそれが数個、既に鎮座してます。



「これはこれは、なまえ殿、何やら甘い匂いがしますな」

「え、え、ついてますか?」

「気にするな、どうせ建物一帯と似た匂いだ」

「それは、安心できるような出来ないような」



一応、と言うか立派に大企業に名を連ねるこの会社ですから、バレンタインに参加する人数もとてつもなく、確かに朝からふんわり甘い匂いがしていた、ような気がします。自分にもついていたとは思いもしませんでしたが。



「えと、その、お2人の分しか、今日間に合わなくて、よかったら、う、受け取ってください!」



表彰状を受け取るような体勢で差し出したそれは、すぐに私の手から消えました。受け取ってくださったと言うのは分かっていましたが、こう、嬉しさと恥ずかしさが混ざってよく分からない気分と言うか、未だに受け取ってもらってない気分がもぞもぞしてます。ああ、言いそびれてました



「あ、あの、それ、一応、手作り、というやつで......味は保証できる、つもりなのですが、その、やっぱり市販と比べると見た目が........なので、目、目閉じて食べてください!! ね!!」

「ぬかせ」

「いたい」



ちゃんと代替案として、手作りっていう方法をとったのに。私の末路と言えばやっぱり首根っこ引っ掴まれて野良猫体勢でした。夏候惇様の身長と自分の低すぎる身長が招くこの体勢、あと何年されるんでしょう。



「次、次はその低姿勢を治すことからでしょうなぁ」

「陳宮、遠慮はいらん、徹底的にやれ」

「しかと」

「えええ、私が高慢ちきになるのが見たいんですか」

「絶対にならんから安心しろ」

「そうですな、確実に、それはないかと」

「腑に落ちない.......」



私がどうなればお2人が喜んでくださるのか、一切そのビジョンが見えないままの会話。二言三言続いた後で、いつものようにというか、すとんと落とされて頭に降ってきたのは畏れ多いことにと言うか、毎回のごとくなのですが、夏候惇様の手でした。



「ありがたくいただく」

「っ、どう、いたしまして」

「では、では早速低姿勢を治す特訓ですなぁ、ひと月で、はてさて治りますかな」

「? ひと月?」

「ええ、
来月のお返し、喜んで受け取っていただきたいですからなぁ」



ああ、もう、申し訳ないとか、言いたいので、口を塞いでるその手をどけてはくれませんか、陳宮様