一緒にいたいのに

「ん……」

目が覚めた。でもまだ瞼は重たくて、目を開ける気にはなれず寝返りをうつ。そこで不思議に思った。ここはどこだ?私は確か、音無君に寝ろと言われて仮眠を……
ぐしゃぐしゃになった髪の毛を手ぐしで整えながらのっそりと起き上がる。まだ完全に起きていない脳は、なかなか思うように動いてくれない。私が寝ているところはベッドで、隣で寝ているのは立華さん。まだ、目は覚めてないのか。と漠然と思い、そこでようやく状況を理解した。
私は音無君にずっと寝てないことがバレて、彼の肩に凭れて寝てしまったんだ。でも私が寝ているのはベッドだから、音無君が運んでくれたのだろうか。お陰で幾分か体が軽くなった気がする。あれ、でもじゃあ音無君は……?

「……」

探すまでもなく、いた。立華さんのベッドに突っ伏して寝息をたてている。私がベッド使っちゃったからな。少し申し訳なく思って、音無君の肩にシーツをかけた。
無事立華さんを救出できた訳だが、その立華さんは未だ意識を失ったままだ。しかも目が覚めても私達の知る立華さんじゃないかもしれないなんて言われた時は、目の前が真っ暗になった。フラりとよろめいた私を支えたのはやっぱり音無君で、私、音無君に助けられてばかりだ。迷惑かけてばかりだ。
深くため息をついてから、私は保健室を後にした。音無君が居てくれるうちに、いろいろとしておきたいことがあった。立華さんの着替えを取りに行って、ついでに軽くシャワーを浴びよう。あとは、あとは……

「お、天草さん。
前見て歩いた方が身のためだぜ。」

「……」

あとは、音無君に何かお礼出来たらと、思ったんだけど。私はたまたま出会った日向君をぼんやりと見上げた。キョトンとした彼は、話しかけても反応しない私の目の前で手を振る。

「おーい。
あ、天草さんがここにいるってことは天使が起きたのか?」

「日向君っ」

突然声を荒げた私に、日向君は「お、おぉ」と少しびっくりして曖昧な返事をした。保健室からあまり離れていないここは、もしかしたら普通の声では音無君に聞こえてしまうかもしれない。

「ごめん。
まだ、立華さんは起きてないんだけど……」

ちょいちょいと手招きをすれば、日向君は屈んで耳を寄せてくれた。な、何か緊張するな。心なしかふるふると震える手を口の横に持っていって口を開いた。

「音無君に何か贈り物したいんだけど、何がいいかな。」

言い終えて顔を上げた日向君はよくわからない笑顔を浮かべていた。どうしたんだろう。と思うが早いが、ガッシリと肩を掴まれ、私は情けなくも「ひっ」と息を飲んでしまった。毎度毎度申し訳ない。

「そうかそうか、天草さんがついに行動にうつしたか。
音無が欲しいものといったらやっぱり……」

「やっぱり?」

「やっぱり……」

しばらく沈黙が続いた。
堪えきれずに、「日向君」と声をかけると、日向君はガックリと肩を落とした。

「……わからん。」

「え、えぇ……」

考えてたんだね、沈黙の間。うーむ、と本気で悩んでしまった日向君に、なんだか申し訳なく思う。廊下の真ん中で2人の男女が神妙な面持ちで悩んでいる図はなかなかアレなので、私が自分で何とかしようと諦めた時、

「まぁ、言っちゃあなんだけどさ、」

「うん。」

日向君が顔を上げた。彼も半ば諦めたようなそんな口調。「自分で考えた方がいいぜ」みたいな、そんなことだろうか。

「俺が思うに、天草さんからのプレゼントなら、アイツは何貰っても喜ぶと思うぜ。」

と思ったらどうやら違うらしい。私は目を丸くして日向君を凝視した。本当に、そうなのだろうか。そうならすごく、嬉しいけれど……

「そう、かなぁ……」

「そうそう。
俺が保証する。」

「う、ん……
わかった。ありがとう。」

自意識過剰すぎやしないかと少し不安になったけれど、日向君のあまりに自信ありげなその言い方に、私は頷いた。それはそれで、いろいろと悩むけれど。
私がお礼を言うと、「おぅ!」と笑顔を見せた日向君。何だかんだでいつもフォローをしてくれる彼には、本当に感謝だ。

「そういや、天草さんはどうしてこんなとこにいるんだ?」

「あ、立華さんの着替え!
ごめん日向君、あとありがとう!」

「前見て走れよー!」

手を振りながら走れば、日向君に注意されてしまった。そうだった。前見なきゃ。日向君に向けていた目を進行方向へと移し、私は立華さんの部屋に向かった。
見慣れてきた部屋。以前立華さんが服を取り出していたタンスの引き出しから、動きやすそうな服を数着選んで腕に抱えた。ついでに私もシャワーを浴びて、簡単な私服に着替えた。
思ったより時間がかかってしまった。私は濡れた髪を乾かすのもそこそこに、保健室へと急いだ。
音無君もう起きてるかな。もし起きてたら悪いことしちゃったな。何も言わずに出ていったから、怒ってないといいんだけど。
そう思いながら早足で歩いていると、突然身体に異変を感じた。ドクドクと心臓が高鳴り、吐き気と息苦しさに足を止める。

「……ぅっ」

何だ、これは。早足で歩いたせいの息切れ、にしては苦しすぎる。ついに廊下に座り込んで、私は胸と口を押さえた。以前岩沢さんと結弦に助けてもらった時の症状に似ている。でも、状況が全然違うし、どうすればおさまるかもわからなかった。

「はっ、……ハ、ァッ」

しばらくじっとしていると、徐々に息苦しさはおさまっていった。何だったのだろうか。不思議に思いながらも、歩き出す。もう、身体はおかしくなかった。
再び早足で行くと、保健室のドアから音無君が顔を出しているのが見えた。私を探しているのなら大変だ。

「音無君!」

少し大きめの声で彼の名前を呼ぶと、ハッとしたようにこっちを見て眉をつりあげた。あぁどうしよう。やっぱり怒っているみたいだ。

「お前どこ行ってたんだよ!、それは後だ。
かなでが起きたぞ!」

「!」

抱えていた服がトサッと音を立てて落ちた。目を見開いたまま、音無君を見つめる。心臓はどくどくと音を立て、背中には嫌な汗が流れた。

「立華さんは……、立華さんは……」

どっちの立華さんなの?聞くのが怖くて、私は言葉をつまらせた。だけど、それで察してくれたのか、音無君は小さく笑顔を浮かべた。

「奇跡だぞ。
かなではちゃんと、俺たちの知るかなでだ。」

「……っ立華さん!」

それを聞くや否や、私はじっとしていられず保健室に飛び込んだ。ベッドに座っているのは紛れもない立華さんで、私の頬を涙が伝った。

「詩織」

「……っ」

名前を呼ばれれば、関を切ったように涙がぼろぼろと溢れた。
勢いあまって抱きついた私を、立華さんは優しく受け止めてくれた。

「立華さんっ、立華さん!」

「大丈夫。ちゃんと私よ。詩織、心配かけてごめんなさい。」

嗚咽のせいでうまく言葉が出ず、私は首を横に振ることしか出来なかった。あなたが無事なら、もう何でもいいから。そう伝えたくて。

「ありがとう、詩織。ありがとう。」

立華さんは私の頭を優しく撫でながら言った。私はどうして感謝されるのかわからなくて、目を丸めて立華さんを見た。
「泣き虫ね」そう言って小さく笑った立華さんが、なんだか消えてしまいそうで、私は腕の中にいる小柄な彼女を、より一層強く抱き締めた。




「詩織、ちょっといいか。」

「どうしたの?」

大分落ち着いてしばらくたった後、音無君がどこか決心したような表情で私を呼んだ。立華さんは音無君と顔を見合わせると小さく頷く。2人して、私に何かあるのだろうか。

「実は、俺の生きていた頃の記憶が戻ったんだ。
前言っていた記憶は、一部に過ぎなかった。」

「!そうなんだ。
よかったね、おめでとう、でいいのかな。」

「あぁ、ありがとう。
記憶については、後で話すから。
それで……」

どうやらここからが本題のようだ。いったい何を言われるのだろう。なんだかドキドキしてきた。音無君の表情は真剣そのもので、少し強ばった体を立華さんがポンポンと叩いてほぐしてくれた。

「俺は、この世界のことを勘違いしていた。
ここは神に抗うためにある世界じゃないんだ。」

「うん。」

「うん、って……え、お前も知ってたのか!?」

「違うってことは、なんとなく……
何のためにあるかは、わからないけれど。」

音無君ははぁ?とすっとんきょうな声をあげ、口をあんぐりと開けたまま、信じられない物を見るように私を見た。

「ちょっと待て、何で教えてくれねぇんだよ!」

「何でって……
忘れてたからかな。」

音無君ははぁ?と以下略。

「確かに苛められてた時は、ちょっと神様を恨んでたけど、いじめの原因は私だと思ってたし……。
死にたいと思ってたかって聞かれたら否定は出来ないから、死んだことに対して悔いはそれほどなかったし。」

「……お前なぁ……っ」

音無君がガックリと肩を落として頭をガシガシと掻いた。何か、悪いことしちゃったかな。小さく「ごめん」と謝れば、音無君は盛大にため息をついた。

「まったくお前らはことごとく……っ
まぁいい。わかってるなら話しは早い。
俺とかなでは、皆を満足させることにしたんだ。満足させて、この世界から消えてもらう。」

「え……」

消える。皆が、消える……?一瞬意味がわからなかったが、じわじわとそれがどれだけ大変なことか理解した。
そんなの嫌だ。皆が消えちゃったら、私はまた1人になってしまう。もう、あんな思いはしたくなかった。この温かさを知ってしまった今、また1人に戻ったら私はきっと、今度こそ立ち直れないだろう。

「何で……っ」

「あいつらの、俺たちのためなんだ。
ここで報われれば、新しい生活がある。ずっと過去を引きずってここにいるわけにはいかねぇんだよ。俺たちは新しい生活を始めるべきなんだ。」

「そんな……そんなの……っ」

やっと止まった涙が再び溢れた。立華さんが「詩織」と、子供をあやすような声で私を呼ぶ。

「詩織、今まで悔いてきたことが報われるんだ。それでここを去って、尚且つ新しく生まれ変われるんだぞ?」

「……いやだ……」

「!、詩織……」

ついに口にしてしまった拒否の言葉。音無君は苦しそうな表情をして私を見つめた。

「詩織、わかってくれ。」

「いやだっ、いやだ!
やっと皆といられるようになったのに……っ
やっと1人じゃなくなったのに……っ」

「生まれ変わっても1人じゃないさ。」

「1人じゃなくても!!」

私は声を荒げて立ち上がった。ハッと息を飲む音無君。立華さんは静かに私を見つめている。

「1人じゃなくても……っ生まれ変わったそこに、音無君はいる?立華さんはいる?ゆりさんは、日向君は、ユイさんは、戦線のメンバーはいる?」

「それは……」

言葉につまる音無君の言いたいことを、私はどこか冷静に、だけど混乱しながら理解した。その内容はあまりに酷で、私は溢れ出る感情を抑えられなかった。


「いないならっ、私は報われないままでいい!」

「!、詩織っ!」

音無君の強い声に、私は肩を震わせた。しんとする保健室に、私のしゃくりあげる声だけが響いた。
私の我が儘だってわかってる。皆、ここから去った方がいいこともわかる。だけど、ただひたすら怖かった。恐怖が、私を「わかった」と言わせてくれなかった。

「結弦、ちょっと席を外して。」

「……わかった。」

何時間もたったような気分だった。実際は数分だろうけれど。立華さんはこの場に合わない、落ち着いた声でそう言った。音無君はそれに素直に従って保健室を出ていく。ガラガラとドアの動く音が途絶え、再びの沈黙。それを先に破ったのは立華さんだった。




(一緒に居たいのに)




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