おやすみ。
「おい。おい、起きろ。」
「うーん……、あ、おはようのちゅー……」
「一生寝てろ。」
「ぁいたっ」
頭に走った衝撃に、私はやっと目を開けた。私の頭を叩いたみねねは、そ知らぬ顔で着替えをしている。ドライなあなたも大好きですよ。
むくりと起き上がり、うーんと伸びをする。ふと見れば、背中を向けたまま無防備に着替えるみねねに、私はにやりと口元を緩めた。
「隙ありぃ!」
「うわっ!?」
後ろから思い切り抱きつくと、みねねはふらつきながらもなんとか踏ん張った。触れあった素肌が温かい。すりすりと頬擦りすると、みねねは嫌がるように身を捩った。そんな抵抗では離れないもんね。
「みねね好きーっ!」
「だー!もうっ
聞きあきたわよそれはっ!」
「今日は1日いちゃいちゃしようね!」
「今日はじゃなくて今日もだろお前の場合!」
「そんなことないよ!」
今日はいつもよりいちゃいちゃします。
ぎゅっと抱きついて言えば、みねねは呆れたようにため息をついた。
だって今日は特になにもない日だって言ったのはみねねだもん。そんな日にいちゃいちゃしないなんてことはありますか。ありません!
「だから、おはようのちゅー!」
「しねぇって言ってんだろっ!」
「いっ」
私の恋人のみねねはとても恥ずかしがりやです。仕方がないので私が諦めるのがお決まり。私が好きだと言うと、いつも顔を赤くするし、キスをねだっても絶対にしてくれません。
今みたいに私の頭を叩きます。そのせいで私の身長は思うように伸びなかったんだ。みねねは違うって言うけど、絶対にそうだと思う。
みねねはテロリスト兼神候補者。なんでも未来日記というものを持っていて、それを利用したサバイバルゲームに勝ったら神になれるとか。最近の世の中ってすごいよね。
「みねねー」
「なんだ。」
「みーねねー」
「だからなんだって言ってんだろ。」
「すきー!」
ベッドに座ったみねねに抱きつけば、今度はなにも言わずに受け止めてくれた。
そんなみねねは毎日が大忙し。私もたまにテロ活動やらサバイバルゲームやらに同行するけど、本当に大変だ。でも今日は珍しくなにもしない日。みねねがせっかくだからってそうしてくれたのだ。うんっと甘えるぞ!
「お前、好きだよな。」
「みねねが?」
「抱きつくのがっ」
「えー、違うよ。 」
みねねが好きだから抱きつくんだよ。そう言って笑えば、みねねも呆れたように笑った。そのままずるずると下がり、みねねの膝に頭を乗せる。いわゆる膝枕だ。
私の長い髪が、みねねの膝に広がった。その髪を鋤くように動くみねねの手の動きに身を任せ、私はそっと目を閉じた。
みねねと出会ったのはいつだったかな。もうずっと昔。子供の頃だった。死ぬか否かの生活の中で、私たちは出会ったのだ。私は一人、みねねも一人。私たちは自然と行動を共にするようになった。みねねは私を愛してくれたし、私はみねねを愛した。みねねの隣は、本当に落ち着いた。
「みねねはきっと、いい神様になるよ。」
「まだなれると決まった訳じゃないだろ。」
「ううん、決まってるよ。
私がみねねを神にするもん。命に変えても。」
ピタリと、みねねの手が止まった。見上げると、みねねは険しい表情で私を見ている。
そんな顔、しないでほしいな。苦笑して、みねねの頬に手を当てると、みねねはその手を掴み、ぎゅっと握る。なんとなく、言いたいことがわかった気がした。
「大丈夫だよ。
いざとなったら生き返らせてくれればいいじゃん。」
「そういう問題じゃないだろ。
それに、お前が死ぬところなんか見たくない……
頼むから、無茶はするな。」
「ま、時と場合によりますなぁ。」
「あのなぁ、私は真面目に……っ」
「でもさ、」
パッと体を起こしてみねねを見上げる。不服そうな顔をしたみねねは、私のことを心配してくれているんだってことがよくわかった。じっと見つめあってから、不意打ちのキスをすると、みねねは顔を真っ赤に染めた。
「今が幸せだったらそれでいいとも思わない?」
「っ、バカかお前はっ!」
「いたっ、また身長がぁ!」
だから今日は、久々の休日をゆっくり楽しもうよ、みねね。
「おい、いい加減に離れろ。」
「今日は1日くっついてるの。」
「暑苦しいったらないわ。」
朝から私にくっついて離れない詩織。2人でベッドに寝ころびながら、抱きついてくる詩織を受け止める。
昔はよくこうやって寝ていた。いつからだっただろう。それが気恥ずかしくなったのは。私が嫌がるようになると、詩織は渋々だが寝るときに抱きついてこなくなった。それはそれで寂しいと思ってしまうなんて、私はいったいどうしてしまったのだろう。
その気持ちが愛なのは、きっと間違いないだろうが。
「寝るのか?」
「寝ないよ。
だって、せっかくみねねと、一緒にいるのに、寝ちゃうなんて……もったいないもん……」
「寝そうじゃねぇか。」
目を閉じて途切れ途切れに言葉を話す詩織に苦笑した。そっと頭を撫でると、ふっと口元を緩める。こいつが、詩織が愛おしいと思ってしまう。こんな無防備な姿見せて、私が男なら襲いかかるぞ。
「おい、」
「……」
「完璧に寝てるじゃない。」
すぅすぅと寝息をたて始めた詩織に、今ならいいか。と唇を寄せた。
私のせいで伸びなかったという詩織の身長は、私より頭一つ分くらい低い。そのせいで少し体制は辛かったが、こいつがいつも要望してくる唇に、ちゃんとキスしてやった。
「み、ねね……ちゃ、」
「っ!、って……寝言かよ。」
何が「みねねちゃん」だ。その呼び方は子供っぽいとか言ってやめたんだろ。
私のお腹に回った腕は細く、今にも折れてしまいそうだ。よくよく見れば、たくさんの傷の跡が見える。今こそこうして詩織を守る立場になれたが、昔はしょっちゅう守ってもらっていた。こんなに、頼りない身体で。ここに帰ってきてから、私なんかと行動を共にして、テロリストにならなければ、今頃こいつはもっと健康的な体つきになっていたかもしれない。そうしたらきっと、こいつは顔も整っているし、普通に結婚して、幸せに暮らしていたのだろう。
「バカ野郎。
私なんかについてきやがって。
後悔しても知らないわよ。」
「うぅ……ん、」
「返事か?それは。」
タイミングよく唸った詩織に思わず軽く吹き出した。
そう思いながらも、こいつを離したくないと思ってしまう私は我が儘なのだろうか。
詩織に寄り添うと、なんだか懐かしいような香りがした。目を閉じると、昔に戻ったような気分になる。
襲ってきた眠気に、いつもなら起きあがるのだが、今日は休日と決めたんだ。今日くらい、詩織の言うとおり休んでもいいだろう。
「みねね……、すき」
聞こえた声に頬を緩めながら、私は眠りについた。
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