届かないなら*

私は由乃が好きだ。
由乃が、天野君を好きになるずっと前から。由乃が、天野君と出会うずっと前から。
でも、私は女。由乃も、女。もし私が男だったら、由乃と私は結ばれていたのだろうか。もし私が”あの時”、由乃の側にいれば、由乃が天野君を好きになることはなかったのだろうか。


「由乃……」

だから私は、神になる。そう決めた。
手に入れた未来日記。巻き込まれたサバイバルゲーム。それを利用すれば、私は神になることが出来る。そして、由乃と結ばれることができる。この世界を、私の思い通りにすることができるのだ。





「詩織ー!」

「おはよう、由乃。」

朝、登校中、由乃が抱きついてきた。それを受け止めて挨拶をする。
私が日記所有者であることは誰にも言っていない。携帯は念のため持ち歩いてはいるが、学校では優等生ぶって持ってきていないことにしているし、そもそも私が携帯を持っていること自体知らない人が多い。今のところ誰にも所有者であることはバレていないだろう。
あくまで普通の生徒。私は由乃の親友として、彼女のそばにいた。そして、

「おはよう、天草さん。」

「おはよう、天野君。」

近々殺す予定の、天野君のそばに。
にっこりと笑いかかれば、天野君はうっすらと頬を染めた。別に私に惚れているわけではないだろう。きっと私みたいなタイプの女の子に慣れていないだけだ。由乃もそれをわかっているのか、それとも私だからか、天野君のその反応に特に異変は見せなかった。
以前通っていた学校は9thの爆弾でほとんど壊れてしまった。今通っている学校でも一騒動あったようだが、私は一切介入しないままに終ってしまった。この位置だと下手に情報を聞き出せなくて嫌だ。
唯一救いなのが由乃とクラスが別れ、天野君と同じクラスになったことだろうか。

「ねぇ、天野君。
今日の放課後、ちょっと相談があるんだけど、いいかな……?」

「え?
ぼ、僕に?由乃は?」

「由乃には内緒で。
ね、お願い。」

手を合わせて小首を傾げれば、天野君は戸惑いながらも頷いてくれた。頼まれれば断れない彼の性格は、恋敵だとしてもいまいち恨むことは出来ないでいた。
由乃の日記については確信を持ってわかっているわけではないが、恐らく天野君のことが記される「天野君日記」だろう。そうでなかったらあんなにいいタイミングで天野君を助けることなんか出来ないだろうし。9th事件の時も、天野君のことばかり予知して、自分の身はボロボロになっていた。だから、こんなお願い、あってないようなものだ。きっとこのことは今頃由乃の日記に記されているだろう。

「じゃあ今日の放課後、よろしくね。」

だけど、それはいつ殺しても同じこと。由乃が私のことだけを見てくれるようにするには、天野君はただの邪魔者、排除しなければならない。
排除しなければならないんだ。

「……っ」

なのにどうしてだろう。
放課後、刃物をもつ手がガタガタと震える。思えば、人を殺すのは初めてだった。狙われたこともなければ、狙ったこともない。邪魔な者は殺す。そうしなければ、いつかは私が殺される。殺されてしまえば、由乃と結ばれることはなくなるのだ。

「詩織……?」

「ゆ、の……」

声をかけられ振り返れば、そこにいたのは天野君ではなく由乃だった。肩の力が一気に抜け、私は座り込んだ。バレるのはわかっていたけれど、天野君は来もしないなんて。
誰もいない教室。沈みかけた日が照らすそこは、オレンジ色に染まっている。
綺麗だと思った。この教室も、そして、由乃も。
汚れているのは、私だけのように感じた。自分がしようとしていたことが酷く怖くなって、持っていた刃物から手を離す。由乃はその刃物をそっと持ち上げた。

「ユッキーを殺そうとしたの?」

「……っ」

私は何も言えずに俯いた。
真相を黙っていても、由乃や天野君の日記でとうに私の魂胆はバレているのだろう。でも、認めることが怖かった。認めてしまったら、由乃に嫌われてしまいそうで。なんて、今更もう遅いけれど。

「詩織も、日記所有者ってことは気づいてたわ。」

「!」

ばっと顔を上げると、由乃はただ淡々と私を見つめ口を開く。
怖かった。私を見てほしいのに。見てほしいからこんなことしようとしたのに。なのに、由乃が見ているのはいつも天野君だけ。由乃が心の中に留めているのはいつも天野君だけ。

「正直な話、ショックだったわ。
だってあなたは敵。親友を殺さなければならないんだもの。」

「っ、ゆの……っ」

ほら、またあなたは彼のために人を殺す。自分を犠牲にする。
もう、こんな茶番見たくない。
どうして天野君なの?由乃がこんなに頑張ってるのに気づきもしないで、しかもさらに頑張れと言う。自分は、なにもしないまま。何もしようとしないまま。そんな人のために頑張らないでよ。私だったら、由乃と一緒に戦うよ。由乃を守るよ。だからお願い、私を見て。

「わかっていながら、ここまで一番近い詩織に手を出さなかった理由、わかる?」

「……っ」

私を……
私だけを、愛してよ。由乃。

「ご、ごめん天草さんっ、先生に用事頼まれて……っ、え……」

「っ、」

「!、逃げて!ユッキー!!」

私だけを愛してもらうためにはやっぱり、彼が邪魔だ。
私は隠し持っていた折り畳み式のナイフを取りだし、現れた彼に向かって走った。天野君がいなくなれば、由乃はきっと私を見てくれる。由乃が、私を見てくれるっ

「ぇ、えっ、ぁ……、うわぁぁあっ!!」

天野君が頭を抱えてうずくまった。彼の首筋に向かってナイフを降り下ろす。このまま行けば由乃は間に合わない。私の手によって、天野君は殺される。これで、これで由乃は……っ

「ユッキー!!!」

「……っ」

だが、降り下ろしたナイフは、彼の首筋を掠めることもなく止まった。
天野君を殺すことが、出来なかった。他でもない、私の意思で。
由乃が、天野君を庇うように立ちはだかる。私はナイフを持った手をゆっくりと下ろした。
ポタポタと、何かが床に染みを作る。それが私の涙だと気づくのにそう時間はかからなかった。

「なんで……っ、なんで逃げないの!?
抵抗しなよ!反撃しなよ!それができないなら逃げなよ!
いつもいつも守られてばっかり!ムカつくの!!」

「詩織……」

「自分でなんとかしてみなよ!
由乃がいなかったら今頃あんた死んでるんだよ!?
わかってるの!?
わかっててその態度なんだったら殺してやる……っ
由乃を大切に出来ないなら、お前なんか殺してやるっ!!」

殺してやる、と何度も呟きながら、私は涙を拭った。そんなこと出来ないとわかっていながら。人を殺すなんてこと、私には出来ない。大口を叩いておきながら、私も臆病者なのだ。
天野君がゆっくりと顔を上げた。
由乃が一歩私に近づく。

「詩織……」

「由乃も由乃だよ……っ
何でこんなやつ選ぶの?
私は……っ、私の方がずっと、由乃と一緒に居たのに!」

私を見て、と叫びたくなるのをなんとか堪え、私はきゅっと唇を結んだ。由乃の手が私の頬に触れる。びくりと肩が震えた。

「何で私が詩織に手を出さなかったか。
それはね、詩織が大切だからよ。」

「も……、いいよ……っ」

「最後まで聞いて。」

小さい子供をしかるように、由乃はかがんで私を覗き込んだ。
私はなにも言えず目をそらす。だって今更、何を聞いたって、何を言ったって、私がやってしまったことは変わらない。由乃が嫌がることをやってしまったのはかわらない。

「正直、詩織が敵だってわかったときはショックだったわ。
どうすればいいかわからなかった。
でもそれと同時に気づいたの。詩織が大切だって。」

ねぇ詩織。と、由乃が私を呼ぶ。私は彼女が何を言いたいのかわからなかった。だからなんだと言うのだろう。大切だと気づいても、きっと由乃は私を殺すのだろう。
由乃が言う私に対する「大切」なんかは、天野君には到底及ばないことはわかっている、私が望むのは由乃が私だけを愛すこと。そんなことは無理なのだったら、いっそ……

「だから詩織、私たちと一緒に来ない?」

「!
……っ、ふ、あははっ」

何を、馬鹿なことを。
私は再び溢れてきた涙を覆い隠すように笑った。ツゥと頬を涙が伝う。
天野君が、怯えた目で私を見ていた。
あぁ、なんて腹が立つのだろう。こんな弱いヤツに負けたのか、私は。惨めだ。どうしようもない、クソヤロウだ。だからといって彼を殺すことも出来ない。罪人になるのが怖かった。
だったらもう、私はいっそ、死んでしまったらいい。

「っ、」

「!、詩織っ!!」

持っていたナイフを自身の腹部に向かって突き立てた。痛い。痛い痛い痛い痛い。でもこんな痛み、今までの心の痛みに比べれば、なんてことない。そう思った。
由乃が泣きそうな顔をして私を抱き起こす。「どうして、どうして、」と繰り返す彼女に、私は苦笑した。

「遠目から見るだけでも、っ辛いのに……、間近で見せつけられちゃったら、私もう、何するかわからないから……っ
もうこれ以上、由乃に嫌われるようなこと、っ、したくないもん……」

「っだからって……!」

「どうせなら、由乃に殺してほしかったけど……っ、聞いてくれなさそうだから……」

ポケットから携帯を取り出すと、それを由乃に渡した。
由乃は困惑した表情でそれを受けとる。

「このままだったら、どうせ私は死ぬ……っ
だから由乃、最後はあなたの手で私を殺して。
敵を、殺して。」

「……っ」

由乃は、私の携帯を握りしめたあと、ぐっとそれの両端に力を加えた。ピシリと、携帯にヒビが入る。あぁ、これで終わりだ。私は由乃に殺される。
自然と笑みが漏れた。楽しい人生だったな、なんて、馬鹿みたいなこと考えて。

「天野君、絶対、神になってね……」

由乃に選ばれたあなた。最後まで好きにはなれなかったけど、最後まで、嫌いじゃなかったよ。
そっと目を閉じる。パキリと音が聞こえて、死ぬんだなと、まるで他人事みたいに思った。

「由乃、好き。」

最後に呟いた言葉は、ちゃんと届いただろうか。
どっちでもいいな。とも思う。
次にもし生まれ変わることができたら、由乃と恋人になりたいな。なんて思いながら、私は多分、死んだ。



****
微妙な終わりかたごめんなさい。
力尽きました。




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