私のものにしてもいいですか?
私には両親がいない。幼いころから母の里という施設で暮らしている。そこの人たちは、まるで本当の家族のように私に接してくれた。私は皆が大好きで、学校では友達にも囲まれ、普通に幸せな生活を送っていると思う。
「おはようございまーす……ふぁー。眠たい……」
「ひっでぇ寝癖だなぁ!俺が整えてやろうか?」
「マル君は変な髪型にするからいい!愛ちゃんにやってもらうもんっ」
以前リーゼントにされそうになってから、マル君には髪を触らせないって決めたんだ。手を伸ばしてくるマル君から逃げて、私は朝食を運んでいる愛ちゃんに駆け寄った。
自分でやってもいいんだけど、不器用な私がするとぐちゃぐちゃになってしまうことがほとんどだ。愛ちゃんはこういうのが上手だから、大いに頼らせてもらっている。
「愛ちゃん!髪結んでっ」
「はいはい。
ちょっと待ってね。」
お盆をおいた愛ちゃんが、私の後ろに回った。櫛とゴムを渡すと、愛ちゃんはパパッと手際よく髪を束ねていく。あっという間に私のチャームポイントでもあるポニーテールが出来上がった。
「ありがとっ」
「どういたしまして。」
愛ちゃんにお礼を言って、自分の席に戻った。目の前には相変わらずマル君がいて、「お、マシになったじゃねーか」と私の髪型を見て笑った。
「さすが俺の愛だな。」
「こんなところでノロケないでよー。
愛ちゃんはマル君のじゃないし。」
「好きな人ができたらお前もわかるって。
自分のものにしたくなっちまうもんなんだよ。」
「へー。どうでもいいけど。」
だって私、恋なんかしたことないし。
その後もマル君がいろいろノロケてきたけど、右から左に流してしまった。
皆でいただきますをして、朝食を食べ始める。相変わらず美味しいご飯です。
そんなある日、母の里の皆で、御目方教というところのお手伝いをすることになった。
私は学校の部活があったから、夕方からの参戦だ。急いでいったけど、もうあまり人はいない。私は部屋の掃除を言い渡されて、教内をさ迷っていた。
「あー……迷った。」
広すぎるよここ。そりゃあ、広くないといけないのはわかるけど。
とりあえず、ある部屋をことごとく掃除した。雑巾でひたすら擦る。雑巾がけのクオリティーが上がっていくのを感じる。あんまり嬉しくない。
そのまま次の部屋の襖を開ける。そこは大広間のようで、今まで掃除してきたなかで一番広かった。
これは骨がおれるぞぉ……。
よしっと気合いを入れて畳に雑巾を置いたその時、
「誰?」
「えっ?」
部屋の奥から声が聞こえて、顔をあげる。暗くてよく見えなかったけれど、目を凝らすと人影が見えた。
ゆっくりと近づいて行ってみる。だんだんはっきりと見えてきたその姿に私は息を飲んだ。
多分、御目方様と呼ばれている人だ。でも、思っていたよりもずっと若い人で、私と同じくらいなんじゃないだろうか。引き寄せられるように彼女の目の前まで歩いた。彼女は、木の格子の中にいて、なんだか少し、寂しそうに見えた。
「初めて見る顔ね。」
「あ、えっと、今日はお手伝いで来たの……。
あなたは、御目方様?」
「そうよ。
ということは、母の里の子?
あなたも両親がいないのね。」
すぐに追い出されてしまうかもしれないとも思ったが、御目方様はなにも言わず、私との会話を続けた。
「御目方様もいないの?」
「えぇ。幼い頃に亡くなったのよ。」
そう言う御目方様は、それが何でもないことのように飄々としている。
だけど確か、御目方様は学校にも行っていなかったはず。それに、ここから出ることもままならないのだと、
お鈴ちゃんが言っていたような……
そんなの絶対、寂しいよね。
「御目方様、私の友達になってくれない?」
「は?」
「ね、友達になろ!
私の名前は詩織!天草詩織!
御目方様の名前は?」
「か、春日野……椿よ。」
「じゃあ椿ちゃんだね!
よろしくっ」
木の格子の隙間から、私は手を差し出した。椿ちゃんは、ポカンとしてその手を見つめていたけれど、おずおずと手を重ねてくれた。
私がその手を握り、軽く振ると、椿ちゃんはまるで不思議なものでも見るように私を見つめてきた。
どうしてそんな顔をするのだろう。やっぱり、こういうのに慣れていないのだろうか。
私はそんな椿ちゃんに、にっこりと笑って見せた。
「もう寂しくないよっ」
「!」
私がいるからね。だからもう大丈夫だよ。
椿ちゃんは、軽く目を見開いて、それから視線を逸らした。
その時、遠くから私の名前を呼ぶお鈴ちゃんの声が聞こえて、私は慌てて立ち上がる。もう、帰らなくちゃいけないようだ。
「行かなきゃ。
また来るね、椿ちゃんっ」
「あ、詩織っ……ちゃん……」
「ん?」
私を呼び止めた椿ちゃんは、うろうろと視線をさ迷わせて、それからポツリと呟いた。
「こんなところ、人に見られたらまずいわ。
だから、その……次は、もう少し遅い時間に来た方が……」
「うんっ、わかった!
こっそり来るね!」
そうして、私と椿ちゃんは出会った。
それからというもの、私は母の里を抜け出してはこっそり椿ちゃんに会いに行った。たまにバレそうになったこともあったけれど、椿ちゃんが上手に隠してくれるから安心だ。
私は椿ちゃんが行っていない学校のことをたくさん話した。椿ちゃんは、信者の人たちから聞いた面白い話をしてくれた。でも、言ってしまえば密会のそれは、時間が限られている。会うたびに名残惜しく私がその場を離れることになった。
「何か、最近楽しそうね、詩織。」
「え、そう?」
「おう、いいパートナーでも見つけたか?
俺と愛みたいに。」
「もうマルったら!」
いいパートナー……。そう言われて思い付いたのは椿ちゃんだった。
でもすぐに頭を振る。だって椿ちゃんは女の子だもん。マル君の言うパートナーっていうのは、恋人ってことで、私と椿ちゃんは、そんな関係にはなれないもん。
そう思うと、どうしてかすごく悲しくなった。私、どうしちゃったんだろう。
その日の夜、いつものように椿ちゃんに会いに行った。
椿ちゃんの顔を見ると、マル君の言葉を思い出して、少し気分が沈んだ。いつもなら、すごく楽しいのに。
でも、その気持ちに蓋をして、私は学校での出来事や、友達とのやりとりを椿ちゃんに話した。
いつもは笑って聞いてくれる椿ちゃんだけど、今日はなんだかその笑顔が沈んでいる。
「どうしたの?具合悪いの?」
心配になって聞くと、椿ちゃんは私を見つめ、もごもごと口を動かした。
うまく聞き取れなくて、もう一回言ってくれるように頼む。
「詩織……こんなこと言ったら、嫌われるかもしれないけど……」
不安そうなその表情に、私も不安になった。どうしてそんなことを言うのだろう。
私が椿ちゃんを嫌いになるなんてありえないのに。そう伝えたけれど、椿ちゃんの顔色は晴れない。
「椿ちゃん……」
「私……私ね、詩織の学校での話を聞くと、すごく嫌な気持ちになるの。」
「え……、ご、ごめんねっ、楽しくなかった……?」
「違うのっ」
違うのよ……。と椿ちゃんは頭を振る。
私は、不安になって椿ちゃんを見つめた。何を言われるのかまったくわからなくて、ドキドキと心臓が高鳴る。嫌われてしまったのかもしれないと、怖くなった。
「詩織が学校の話をすると、なんだか私の知らない詩織がいる気がして……
その詩織を知っている友達が羨ましくて、……いいえ、羨ましいなんて温いものじゃないわ。ムカつくのよ。
詩織を自分のものにしたいの。
おかしいわよね、こんなこと……。
でも、でも私……詩織のこと……」
好きになっちゃったかもしれないの。
椿ちゃんはそう言ってから、すぐに私に謝った。嫌になったわよね。と何度も。
だけど私は嬉しかった。椿ちゃんのその気持ちが、すごく嬉しかった。
だって、私も多分、同じ気持ちだから。
「椿ちゃん、」
「ごめんなさいっ
でも言わなきゃ私、嫌な女になってしまいそうで……っ」
「椿ちゃんっ」
謝り続ける椿ちゃんの名前を強く呼んだ。びくりと体を震わせた椿ちゃんは、ゆっくりと私と視線を合わせる。
私は、初めてあったときのように、にっこりと笑って見せた。
「私は、絶対に椿ちゃんを嫌いにならないよ。
椿ちゃんが私を好きだっていってくれてすごくすごく嬉しかった。
私も、椿ちゃんが好きだから!」
ハッと、椿ちゃんが息を飲んだ。
私は木の格子に手をかけ、椿ちゃんにできる限り近づく。
「私怖かったの。
椿ちゃんのことが好きかもしれないって思ったとき……
嫌われちゃうかもしれないって、こんな恋、叶いっこないって。
だからありがとう。言ってくれてありがとう。」
「詩織……っ
好き、っ大好きよ、詩織っ」
「私も大好き!」
そうして私たちは、どちらからともなく、唇を合わせた。
お互いの境遇や、同性であるということから、きっとたくさんの困難があると思う。だけど椿ちゃんとなら、どんなことでも乗り越えていける気がするよ。
あと、マル君の言うことも、少しだけ、わかったかな。
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息切れしそうでした……
私に文才をください。