危険なおつかい

「詩織、おつかい私も一緒に行っていい?」

「……」

お母さんに頼まれてデパートへと向かっていた私は、突然現れた由乃に足を止めた。曖昧に頷くと、由乃は嬉しそうに私の腕に自分の腕を絡ませる。
私は由乃に、今からおつかいに行く、なんて連絡はしていない。それに、今日はいつもとは違う道で行こうとしていたのだ。理由は、由乃から逃げたかったから。

「この未来日記のおかげで詩織のすることは全部わかるわっ
一心同体みたいだね!」

「あぁ、うん……」

やめてほしい。私がすることなすことすべて由乃には筒抜けだと言うのか。思わず歪む顔を隠しつつ、私は小さくため息をついた。どうして私なのだろう。
由乃の持つ未来日記は、私の行動を10分刻みに記したものらしい。かくいう私の未来日記は無差別日記。どれだけ避けようと、由乃には敵わない。

「挽き肉と玉ねぎとじゃがいも買うんだよね?
このままじゃ特売逃しちゃうって!急ごう!」

「うぁっ、由乃速いよ!」

日記を見て言った由乃が、私の手を引いて走り出した。ぐいぐい引っ張られながら、デパートへ向かうとは思えないスピードで走る。
確かに特売は大事だけれど、私は普通に平和に買い物をしたいよ。

「今日のご飯はハンバーグだよ詩織っ」

「ハンバーグだよって……由乃が作るわけじゃないんだから……って、えー……」

私の腕にしっかりと腕を絡ませて、日記を見ながら嬉しそうに言う由乃。どうせ日記で私の食べる夕食を見たのだろうと思ったのだが、どうやらそれだけではないらしい。
私の日記には「由乃が夕飯を作りに来る」と記されていた。由乃の料理は確かに美味しいけれど、何か変なものが混ぜられていそうで怖い。わざわざ作ってくれているのに、この発言は失礼だろうか……。

「ちょっとお手洗い行ってくるね。」

「あぁ、うん。
あ、鞄持っておこうか?」

「ありがと!優しいのね、詩織っ」

買うものをかごにすべて入れ終えたところで由乃が言った。鞄を預かると、私の頬にキスをして去っていく由乃。優しいもなにも、これくらい普通にやることじゃないのだろうか。
由乃がいなくなると、途端に身の回りが静かになる。何だか寂しいなんて思って、私は一人苦笑した。

「やぁ、詩織ちゃん。
偶然だね。」

「あ、秋瀬君……」

と、そこに現れたのは爽やかな笑みを浮かべながら片手をあげる秋瀬君だ。偶然、だなんて言うけれど、なんだか彼はしっかり計算したうえでここにいそうで怖い。
それにしても最悪なタイミングに来てくれた。由乃は秋瀬君をやたらと敵視しているし、こんなところを見られたら公共の場というのにも関わらず暴走してしまいそうだ。なんとかしなければ。

「え、と……あ、と、とりあえずこっち来て!」

その場にいても由乃と鉢合わせるのは目に見えている。だからといって秋瀬君を追い返そうにも素直には帰ってくれなさそうだし、何よりオブラートにつつんだいい追い返し言葉が思い付かない。
私は咄嗟に秋瀬君の手を掴み、走った。

「その鞄、もしかして我妻さんとデート中だったのかい?」

「い、いや、デートなんかじゃないんだけど……」

あ、あれ、秋瀬君はどうやら察してくれたようだ。なら逃げる必要なんてないんじゃ……。自ら立ち去ってくれるのが一番私としては嬉しいんだけど。

「だからと行って僕も詩織ちゃんを独り占めしたいから、ここからいなくなるなんてこともしないけどね。」

「え、えー!」

どうしてだ。
歩調を緩めた私に対し、秋瀬君は速めた。今度は私が引っ張られながら、食品売り場から遠ざかる。
こんなことをしても、どうせ由乃には日記でバレバレだろう。と今更ながら気づいたのだが、私が持っている由乃の鞄から携帯が見えて、これは厄介なことになったと冷や汗が流れた。
どうやらなかなか発見してはもらえなさそうだ。

「さて、ここまで来ればもう安心かな。」

「あ、秋瀬君……速いよ……っ」

ぜえはあと肩を揺らしながら、膝に手をついて息を整える。
どうなってしまうのだろう、これから。早く家に帰ってしまいたい。由乃も、今ごろきっと私のこと探してるんだろうな。デパート内にいるはいるけれど、店内は広いし、由乃、怒ってなきゃいいけど。

「やっと二人きりになれたね。」

「二人きりって……ここデパートだから人はたくさんいるよ。」

「そうじゃなくて、僕たちの邪魔をする人がいなくなったってことさ。」

どうしてこの人はこんなに歯の浮くような台詞をぽんぽんと吐き出せるのだろうか。恥ずかしいったらありゃしない。
さっきから握られっぱなしの手を振りほどくことも出来ず、私は秋瀬君に流されるまま曖昧に相槌をうった。とにかく、ややこしいことにならないうちに由乃をつれてさっさと家に帰らないと。

「ふ、二人きりと言っても、私はお母さんのおつかいで来ただけだから。
すぐに帰らないと怒られちゃうよ。」

「そう。
……どうやら僕は鬱陶しがられてるみたいだね。」

「そ、そんなこと……!ない、よ……」

「あっはは!
詩織ちゃんは嘘が下手だ。」

小さくなっていく語尾に、秋瀬君は笑った。だって、秋瀬君はじっと私の目を見てくるから、嘘をつこうとするとすごくドキドキしてしまう。嘘をつくことが上手くてもあんまり嬉しくはないけれど、上手くないと不便だ。

「大丈夫。あんまり長くつれ回す気はないよ。
我妻さんも怖いしね。
ちょっとこの辺りを見て回るだけでいいんだ。手を繋いだまま、恋人同士みたいに。」

「こっ、恋人?!」

途端に頬が熱くなって、上ずった声をあげてしまった。ぎゅっと改めて握り直された手が恥ずかしくて、私は目線を斜め下に落とす。
秋瀬君は何を考えているのだろう。私なんかと恋人だなんて、いいことなんてひとつもないだろうに。
とにかく、断ることも出来ないので、私は大人しく秋瀬君の後ろをついていった。本を見たり、服を見たり、うろうろする。本当になんでもない雑談をしながら、私はいつの間にか笑顔を浮かべていた。

「やっと笑ってくれたね。」

「え、あ……ごめんね。」

「どうして謝るんだい?」

「無愛想、だったかなって……」

「気にしなくていいよ」と秋瀬君は笑った。

「僕は素直な詩織ちゃんが好きなんだから。
それに、困らせてるのは事実だからね。」

「ぁ、う……」

恥ずかしい。好きなんて、異性から言われたことないから、どうすればいいのかわからなかった。
顔を赤くした私に、秋瀬君は「かわいいね」なんて言ってきて、私はもう本当にどうしようもない。

「も、もうからかうのはやめてよ、秋瀬君……」

「あはは、ごめんごめん。」

ふい、と顔を背ければ、秋瀬君は笑いながら謝ってきた。こういうところが苦手な原因だというのに。
だがその時、顔を背けた拍子に気づいてしまった。サッと血の気が引いていく。どうしよう、どうしよう。見られて、しまった……。

「秋瀬君……、帰って。」

「え?」

「いいから、帰って。」

無理矢理手を振りほどき背中を押す。私のただならぬ雰囲気に事情を察したのだろう。ちらと後ろを振り返った秋瀬君は、苦笑した。
まだ随分遠くだが、由乃がこっちを見ていたのだ。少しずつ、その距離は縮まってきている。ふらふらとこっちに近寄ってくる由乃は、明らかにスイッチが入っていた。

「一応考えには入れていたけど、これはまずいね。」

「っ、とにかく早く……!」

「悪いけど、女の子に後始末をお願いするわけにはいかないんだ。」

「あ、ちょっと……っ」

ぐいと手を引かれて、私はつんのめりながら走り出した。後ろを見れば、由乃も走っている。
「秋瀬君!」と背中に呼び掛けるが、止まってくれる様子はない。そのまま走って、デパートも出て、人気のないところで立ち止まった。

「ここなら、人に迷惑はかけないですむ。」

「で、でも、いざというときに逃げられないよ!」

後ろは行き止まりのここ。背水の陣、なんて言葉があるけれど、こんなところでしていい作戦なのだろうか。
由乃が私たちの前で足を止めた。秋瀬君をじっと睨んでいる。何とかしなきゃ。私しか止められないのだから。

「由乃ごめん、私が悪いの!
たまたま秋瀬君と会って、話してるうちに時間忘れちゃって……」

「僕が連れ回したんだ。詩織ちゃんを、無理矢理。」

「あ、秋瀬君!」

何を言っているのだろう、彼は。火に油を注ぐようなことを言って、私にもフォローの限界と言うものがある。
ハッと目を見開いた由乃は、またその視線を鋭くして秋瀬君を見る。
殺す。そう唇が動いた気がした。

「由乃っ、お願い待って!」

ポケットから折り畳み式のナイフを取り出した由乃は、秋瀬君に向かって駆け出した。
対する秋瀬君は、普段からそんな物騒なものを持ち歩いているわけがない。このままじゃダメだ。怪我人が、下手したら死人が出るかもしれない。
私は咄嗟に秋瀬君の前に立ちはだかった。ナイフを振りかざしていた由乃が、すんでの所で止まる。「詩織……。」と半ば絶望したように由乃が私の名前を呼んだ。

「そいつを庇うの……?」

「ちがうよ、由乃」

「だって詩織……!」

ぽろぽろと涙を溢す由乃に、私はふっとため息をついた。
ここまで来てしまったらもう止める方法は他にない。私は由乃に手を伸ばし、頬に添えた。親指で涙を脱ぐってやってから、その唇に自分の唇を重ね合わせた。

「詩織……っ」

「私の一番はいつだって由乃だから。
秋瀬君とは、久々にあったから話が盛り上がっちゃったの。ごめんね。
だから、泣かないで、由乃。」

「……っ」

私の言葉を聞いた由乃は、やっと正気に戻ったようだ。ぎゅっと抱きついてきた由乃を受け止めて、私は首だけ動かして秋瀬君に合図した。
「かなわないな。」そう呟いて肩を竦めた秋瀬君は、私に笑顔を向けてから去っていった。
これで一件落着、なのだろうか。急にどっと疲れが出てきて、私は由乃の肩口に顔を埋め、小さくため息をついた。



結局その後、置いてきてしまったかごを取りにデパートに戻り、由乃は私の家に来てハンバーグを作って一緒に食べていった。
秋瀬君には悪いことをしてしまった。後で謝罪のメールでもいれておいた方がいいかもしれない。

「充実しすぎだよ、私の生活……」

嫌な意味で充実しすぎて精神的にヘトヘトだ。
このままずっとこうなのだろうか。そう考えるとゾッとして、私は首を振った。もう過ぎたことは忘れよう。
振りきるように未来日記を見るが、そこに書いてあるあまりよろしくない予知に私は本日何度目かのため息をつくのだった。



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