うみへ行こう!#

「海いこう!海!」

「海ぃ?」

突然友達から電話がかかってきたかと思いきや、そんなことを言われ、私はシャーペンを置いた。目の前の問題集を眺めながら、首を回す。
やけに楽しげな友達は、どうしてまたそんなことを言い出したのか……
一応受験生という身でありながら。とは言っても私も最近サボりがちだったんだけどね。夏休みだから、また明日も休みだし。とか思ってしまう。
何か一大イベントがあれば、けじめもつくかもしれない。

「いいけど。いつ?」

「明日!」

「明日ぁ?!」

あした、だと?あなたには計画というものは存在しないのですか。
部活もないし、予定がない私は明日も暇なのが悔しい。しかも今から水着を買いにいこうと言い出すものだから、私は問題集をほっぽって、慌てて出掛ける準備を開始した。




「かわいい水着も買ったし、詩織にもおしゃれさせたし、これは完璧だ。」

「意味わからないんだけど。
何において完璧なの?」

「あー、いいのいいの!
お礼なんて!私は友達として当然の事をやったまでなんだからっ」

「えー、ムカつく。」

テンションマックスの友達に、半ば引きずられるようにしながら海に向かった私は、海について早々疲れていた。
最初こそ海にいくことを楽しみにしていたが、何だか友達がハイテンションすぎて怖い。何か企んでるんじゃないだろうな。
友達は、何故か家まで押しかけ、今日の服装まで決め、いろいろ小物も強制的につけてきた。いつもより小洒落た格好をさせられたあたりからまさかとは思っていたけど、そのまさかなんてことは……

「おっ、橘くんっ
奇遇ですねー!」

「おやおや天草さんとお友だちではないですか!
いやぁ、やっぱり夏は海ですな!」

「……帰る。」

まさかだった。
颯爽と踵を返すが、友達に全力で止められる。何が奇遇だ。何がやっぱり海ですね。だ。私はもっぱらの山派だ。もっと言うならインドア派だ。家でのんびりしていたいんだ。
帰らせろ。帰らせてくれ!面倒くさいことこの上ないわっ!

「あ!天草さんっ
すごい偶然ですね!
わぁっ、今日いつもより可愛らしいです!」

「松岡くん……!」

ごめんなさい。やっぱり私は彼のためにここにいます。
これが仕組まれたものじゃなく、はしゃぐ松岡くんを見るためのものだと思えば乗りきれる。それどころか癒される。
水着の上にパーカーを着て、その手にはビーチバレーのボールを持っている松岡くんは、私の目にはキラキラと輝いて見えた。

「天草さんバレーすごく上手なんですよね!
一緒にビーチバレーやりましょうっ」

「えっ、あ、あぁ……」

バレーね。うーん、どうしようか。私は素人相手にでも手加減ができないと言う不器用さを持っている。やる気を出さないか、本気でやるかの二択しかない。
チーム分けは、どうなっているのだろう。問えば、今のところ松岡くん、浅羽くん、塚原くんチーム対浅羽、橘くんチームらしい。私の方向性はあっという間に定まった。

「私松岡くんチームでもいい?
その代わり、友達が浅羽チーム入るから。」

「えー!ズルいズルい!!
そっちめっちゃ強くなるじゃん!」

「おだまり。
大丈夫。私セッターやるから、打ったりはしないよ。」

そうと決まったらさっそくチームに、と駆け出したところを友達に止められた。なんだ。早くバレーしたいのに。部活をやめてから無性にしたくなったりするあれのおかげで、バレーに飢えているんだよこっちは。
振り返ると友達は呆れたようにため息をついた。

「あんた、なんのために水着買ったと思ってんの。脱げ。」

「いや、浅羽たちいるとなったら話は別でしょ。
絶対脱がない。」

「いやいや、浅羽たちがいるからこそじゃん。脱げって。」

「何言ってんの。脱がない。」

これは長期戦になりそうだ。
松岡くんと橘くんに先にバレーを始めてもらうように言って、私は友達と向き合った。いざ、勝負だ。

「脱げ。」

「脱がない。」

「私も脱ぐから。」

「そんな言葉には釣られない。」

「せっかく買ったのに!」

「いつか着る機会があるよ。もう成長しないだろうから、サイズの心配もないし。」

「あーもー!
根性なし!恥ずかしがりや!」

「なんとでも言いなさい。
何と言われても水着にはなりません。」

「ばーか!」

「子供かあんたは。」

水着は下に着てきたので、服さえ脱いでしまえばすぐに水着姿になれる。だからと言って、その姿を見せたくないのだから仕方がない。
軽く手首足首を回し、アキレス腱を伸ばした私は、持っていたゴムで髪を縛り、吐いていたミュールを脱ぎ捨て、コートへと走った。

「もー!仕組んだ意味ないじゃん!」

やっぱり仕組んでたんだな、コイツ。後ろから聞こえた友達の声に顔をひきつらせながら、ちょうどチャンスボールが返ってきた浅羽くん、松岡くん、塚原くんチームのコートに入る。セッターの位置に立ち、「こっちー!」と手を高く挙げれば、素人とは思えないレシーブで、浅羽くんからボールが来た。

「はいっ!行けー!」

ブロックがいないことをいいことに、ネットに近めで高いトスをあげる。浅羽くんは、そのボールを思いきり叩きつけた。
「わあっ」と歓声をあげた松岡くん。塚原くんは、感心したように腕を組んだ。部活時代のクセでハイタッチをしに行くと、浅羽くんは少し口元に笑みを浮かべながらそれにこたえてくれた。

「ずりーよ!やっぱりずりーよ!」

「弱いものいじめなんて酷いです。」

「ばーか!詩織のばーか!」

相手チームからのブーイングが激しいが、無視させていただいた。それにむっとして三人は作戦会議をはじめる。それなら私たちもやるまでだ。三人に手招きをして、私たちも作戦会議を始めた。

「エースアタッカーは浅羽くんね。
でも、振っていきたいから塚原くんと松岡くんも準備しておいて。
きっと向こうはもう浅羽くんにレシーブさせないで、乱していこうとかいう作戦だと思うけど、どんな球でもあげるから、とりあえず一本目、どれだけ乱れてもいいからあげてください。」

「はい。」

「天草さんかっこいいです!」

「えらく本格的になってきたな。」

「多分浅羽のスパイクがいいと思うから、浅羽くんブロックついて。
そのときは私も下がってレシーブに回る。私が一本目あげた時は、……塚原くん、トスをあげて。」

作戦を伝え終わり円陣を解くと、敵チームはやけに自信ありげだった。ふふん、と胸を張っている三人のうちの橘くんが、びしりと私を指差す。

「天草さん。
お前がこの勝負に勝ったら、ゆっきーと二人きりでデートをしてもらう!」

「はぁ?
……こいつ何言ってんの?」

「仕方ねぇだろ。
サルなんだから。バカなんだよ。」

何で勝った方が不利なんだよ。おかしいだろ。そんな条件付けでどうして勝てると思うんだ。
それを言うなら、「この勝負に負けたら」でしょうが。
そう指摘すると、橘くんぐっと後ずさった。その反応、まさか本気で言っていたのか。バカにもほどがある。

「チーム変更しよう!」

「えーっとまずサーブは松岡くんからね。」

「聞けーい!!」

なんだっていうんだ一体。そんな条件付けで負けるものか。こちとらプライドだけは高いからな。
橘くんの声を無視して、松岡くんが「えいっ」と可愛らしい声をあげながらサーブを打った。ギリギリ入るか否かのところだ。なんとか相手コートに入ったサーブを浅羽が取る。それを橘くんがあげて、不格好だが、十分な高さのそれを浅羽が打った。浅羽くんのブロックにかすり、変な方向に曲がったボールを、私が滑り込んで拾う。
「塚原くん!」と叫ぶと、いい位置にいた彼は、彼らしく慎重なトスをした。それに器用に合わせた浅羽くんが、スパイクを決める。わぁっと喜び会う私たちに、敵チームはたいそう不満そうだった。

「天草さんレシーブ禁止で。」

「えー。つまんない。」

「ハンデくれよこっちにも!」

「はいはい、わかったよ。」

「じゃあブロックは私がいくね」と浅羽くんに伝え、再び試合が始まった。
松岡くんがサーブをミスしてしまい、橘くんのサーブ。素人らしい、奇妙な回転のかかったボールを、塚原くんがはじいた。だが、十分な高さがある。これなら間に合う。そう判断した私は、走り込み、レシーブで浅羽くんの元に戻した。打ちにくいボールではあったが、しっかりと合わせてくれた浅羽くんは、相手の裏をつきフェイントで点を取った。

「まだまだだね。」

「詩織なんか嫌いだっ」

「なんとでもおっしゃい。」

それから何度かラリーを繰り返し、点は23対15となった。もちろん、勝っているのは私たちだ。
さっきから滑り込みまくっているおかげで、ショートパンツの中やポケットの中に砂が入りまくっている。地味に重たくてイライラする。しかも上の服は、友達が選んだレースのついたチュニックだ。レースの隙間に砂が入り込んで鬱陶しい。

「ちょっとタイム。」

「また作戦会議ですか。
大人げない天草さん。」

「うるさい。
服が鬱陶しいの。脱ぐから待ってなさい。」

「で、出た!詩織の変なプライド!
これは結果オーライだ!」

友達の訳のわからない言葉を背にコートの脇まで駆けて行き、チュニックを脱ぐ。「だ、大胆だ……!」なんて橘くんの声が聞こえたが、私が大胆になったところで喜ぶやつはいないだろう。引くやつはいるかもしれないけれど。
着ている水着はビキニなんてそんな大層なものではない。ほとんど見た目は服とかわりない。下だって短いけれどズボンの形になっているし、上もキャミソール式になっただけだ。すこしお腹が見えやすい、というか少し見えているのがたまに傷だが、そこを除けば私の許容範囲内だ。今日着ていた服より多少露出度が増えただけと考えよう。

「よし、オッケー!」

「詩織腹筋なくなった?」

「え?」

「詩織腹筋なくなった?」

「え?」

「……あくまで認めない気だ。」

友達のコメントを受け流し、他の男性陣が口を開く前にサーブを打った。
いらないことを言った友達を狙って打つと、なんとかあげてきたが、乱れている。チャンスボールが返ってきた。塚原くんがレシーブをして、ボールの下に入り込んだ私は、大きく叫んだ。

「松岡くんっ!」

「えっ?!わ、わわっ」

松岡くんに向かって、高めのボールをあげた。ぎこちなく飛び上がり、私なんかより随分可愛らしいスパイクをして見せた松岡くん。
ぺこっと音をたてて打たれたボールはネットに引っ掛かり、相手コートに落ちた。

「やったあ!」

「ナイススパイク!」

「春らしいな。」

「必殺技になるんじゃないの、そのアタック。」

四人でハイタッチを交わし、私は再びバックラインに立った。浅羽か橘くんか、どっちを狙おうか。
私の魂胆を感じ取ったのか、橘くんは胸の前に腕をクロスさせ、ばつ印を作った。狙うなってことか。よし、狙ってやろう。

「うわっ、詩織さんってドS?!」

「バレーにおいてはよく言われる!」

そんなことを言いながら、乱しながらもあげてくる橘くん。くそ、男子は平均的に運動神経がいいからな。
それを友達があげて、浅羽が打つ。ブロックに着くが、身長差や運動神経の差から当たることはなく、軽々とスパイクを決められた。

「……ムカつく。」

これは最終手段を使うしかない。
幸い次は友達のサーブだ。力任せに打ったサーブは、浅羽くんのところへ行った。

「あー!やっちゃった!」

「よしっ、ラストっ!」

綺麗に上がってきたボールの下に入り込み、ジャンプする。ジャンプトス、と見せかけて相手コートにフェイントを落としてやった。不意打ちのそれに動けなかった浅羽チーム。これで25点。私たちの勝ちだ。

「最後までとっといてよかったよ。ツーアタック。」

「天草さんすごいです!」

「お前本当にバレーやってたんだな。しかも結構真面目に。」

「さすがですね。」

やんややんやと喜ぶ私たちに、敵チームはたいそう不服そうだ。こっちには経験者としてのプライドがある。簡単には負けられないのだよ。

「と、いうことで、こっちの言うことをなんでも聞くんだよね。」

「そんなルールあった?!」

「今作った。
とりあえず焼きそばこっちの人数分で。」

「ちくしょー!」

律儀に買いに走る橘くんと友達。浅羽も面倒そうに歩きだした。
しばらくして焼きそばが届けられる。
海の波がギリギリ届かないところにビニールシートを敷いて、そこに腰かけて食べることにした。私は体育座りのようにして、膝の上に焼きそばをおいた。

「いっぱい動いたから汗かいたなぁ。
ねぇ、後で海入ろう!」

「最初あんなに嫌がってたくせに。」

「ごめんって。
だってせっかく来たんだもん!
焼きそば半分あげるから……あ?」

友達にそう言いながら、私は焼きそばが変に引っ張られるのを感じた。なんだ。と思って焼きそばに目を写すと、あろうことか浅羽が食べているではないか。

「あー!
ちょっと!」

「なんれふか」

「なんですかじゃないよ!
友達との交渉道具!」

「最低ですね。」

「あんたには言われたくない。」

慌てて焼きそばを箸で持ち上げれば、そのうちの数本が引っ張られた。なんとその焼きそばは浅羽の箸がつまんでいる焼きそばに繋がっている。
「運命の赤い糸か……ふっ」みたいなことを橘くんが言っているが、聞かなかったことにしよう。その言葉につられて「わあ!ロマンチックです!」なんて言っている松岡くんには、後でやさしく教えてあげなければ。
よく見てみてよ。赤い糸が茶色くて脂ぎった、キャベツが絡み付いている切れやすい麺ってどうなのよ。なんにもロマンチックじゃない。

「離してよ。」

「……服、着ないんですか。」

「は?」

「服、着てください。」

「今から海入るのに。面倒なんだけど。」

「醜いです。」

「やかましいわ!」

じゃあこんな近くに来なかったらいいじゃん!と後ずさるが、浅羽は何故か着いてきた。「焼きそばが……」らしい。どこまで焼きそばに執着してるんだ。もう、こうなったら詩織、食べます。
パクリと焼きそばに食いつけば、浅羽が「あ、」と声を漏らした。諦めたのか、浅羽の箸が緩み、数本がするすると落ちていく。その数本は私の胃のなかに収まった。

「まったく、何考えてんだか……」

「服着てください。」

「まだ言う!?」

わかったよ。醜い体ですみませんでしたね。
縛った髪を解きつつ、私は立ち上がった。コート脇においてある服まで少し距離がある。面倒だ。
足にまとわりつく砂をはじきつつ、私はのろのろと歩いた。

「詩織、案外スタイルいいよね、浅羽。」

「……何の事ですか」

「何かこう、どきっとしちゃうよね、浅羽。」

「……意味がわかりません」

「うふっ、恥ずかしいのかい?」

戻ってくると、何だかおかしな雰囲気だ。主に友達と浅羽の間がなにやら……。
塚原くんと浅羽くんと松岡くんは焼きそばを食べながら談笑している。松岡くんに焼きそばをねだる橘くん。そして、少し離れた場所に友達と浅羽。
浅羽はちらと私を見ると、無言で立ち上がった。

「ゆーた、海行こう。」

「まだ食べてるんだけど。」

「後にして。」

「えー、仕方ないなあ」

食べかけの焼きそばを橘くんにあげて、浅羽兄弟は海の中に行ってしまった。いいなぁ。私も行きたいのに。浅羽が変なこと言うから、何かもう脱ぐ勇気なくなっちゃったよ。

「おー、浅羽が逃げた。
これは図星か……?」

「何が?」

「こっちの話。」

気になる。でも多分教えてくれないだろうから、私は諦めて食べかけの焼きそばに手を伸ばした。
が、二つある箸に手を止める。どっちが私でどっちが浅羽だ……。
しばらく悩んだ結果、適当に選び、使ってある形跡のある反対側を使うことにした。

「チッ」

「聞こえてるよ舌打ち。」

友達の望むような展開にはさせまい。
それから橘くん達も海に行ってしまった。
私は精々波に足を曝す程度だ。友達と水を掛け合いながら楽しんでいるうちに、日はどんどん赤くなっていった。

「楽しかったー!」

「また来たいですね!」

「髪がギシギシする……」

「要女の子みたいだよ。」

帰り支度をして、私達は帰路についた。それぞれがそれぞれのペースで歩いている中、ふと前にいる浅羽が目についた。たっと駆けよって軽く体当たりをする。振り返った浅羽に、私は笑いかけた。

「またバレーしようね。」

浅羽の目が軽く開かれる。
今日の試合は私のチームが勝ったけれど、浅羽には以前スリーポイントシュート対決で負けている。これで引き分け状態なのだ。次また勝負すれば、勝敗がつく。
そう伝えれば、浅羽は呆れたようにため息をついた。

「バレーは不公平です。」

「じゃあテスト?」

「いじめですか。」

「じゃあ私たちが公平なのって何さ。」

尋ねれば、浅羽はうーん、と考え込んでから、ぽんと手を打った。どうやら思い付いたようだ。一体どんな内容なのだろうと心していると、

「じゃんけん」

「じゃんけん?!」

確かに公平かもしれないけれど!
抗議するまもなく「じゃーんけーん……」と音頭をとり始めた浅羽に、私は慌てて拳を振りかざした。

「ぽん。」

「お、おぉ……」

勝った。私はグーで浅羽がチョキ。
よし、と喜んだ矢先、

「あっちむいてー」

「負けたからって付け足すな!」

ルールを変更しだした浅羽に、思わずツッコんだ。
「仕方ない。勝負はおあずけです。」と前を向いた浅羽。どうやらまだこの勝負は続くらしい。お互いに変に負けず嫌いだからな。
苦笑していると、ふと回りに人がいないことに気がついた。まさか、と思い振り返ると、ぱしゃりと音がした。まさかだった。また写真を撮られたようだ。デジャヴにもほどがある。
でもまぁ、今回は楽しかったし、いいかな。なんて思ってもいて。

「その写真、後で送っといて。」

「え!?」

「詩織がデレた!」

「人をツンデレみたいに言うな!
思い出だよ思い出!今日一枚も撮ってないじゃん!」

私が言えば、数人がそういえば、と顔を見合わせた。
ということで、皆で写真を撮ることになった。海の家の人にカメラを託し、海をバックに並ぶ。

「いくよー!
はい、チーズ!」

フラッシュが光り、夏の思い出がおさめられた。
またこのメンバーで来たい、なんて思ってしまったけれど、それは叶うのだろうか。
生暖かい潮風が、返事をするように、私の頬を撫でた。



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