こくはく#

「好きです、付き合ってください!」

「ごめんなさい。」

気持ちがいいくらい、由乃はあっさりと告白を断った。私は端でそれを聞きながらほっと息を吐き出す。
由乃はとてもモテる。私なんかが一緒にいていいのかと不安になるくらい魅力的な子だ。下駄箱に手紙が入れられていたり、直接呼び出されたりする彼女を見るたび、私は毎回ドキドキする。由乃が、誰かに取られてしまうんじゃないかと。
由乃の事が好きだと気がついたのは最近だ。由乃に好きな人が出来たと知ってから。

「詩織ー!」

「おかえり。
あの男の子、結構ショック受けてたみたいだよ。」

でも、こんな気持ちを伝えることなんかできるはずはなくて。
私は由乃の親友として、彼女の側に居続けていた。由乃の一番近くにいられるこの位置が、今の私にはちょうどいい。そう思い込んで。

そんなある日だ。
私の下駄箱に一通の手紙が入っていた。差出人は不明。こっそり読んでみると、そこには「放課後、校舎裏で待ってます。」とだけ書かれていた。
まさかとは思うが、私に告白でもするつもりなのか?いや、もしかしたら由乃といつも一緒にいる私を僻んでいる人からかもしれない。というか、そっちの方が確率が高いよね、絶対。

「何してるの?」

「ぅえ?!
な、なんでもないよ!」

突然手元を覗き込んできた由乃に体をびくつかせ、私は慌てて手紙を隠した。もし嫌がらせとかなら由乃を巻き込むわけにはいかないし、万が一告白でも、由乃にそんなところ見られたくないもの。私は由乃が一番だって、わかっていてほしいから。

「今、何か隠した?」

「隠してないよ。」

「目が泳いでるよ、詩織。」

「そ、そんなことないって!
ほら、次移動だよ!急いで急いで!」

「あぁっ、ちょっと……!」

やっぱり由乃を誤魔化すことはできなかった。だから私は、なんとか話を反らして由乃の背中を押す。そうしないと、さらに追及されそうで怖かったから。
もらった手紙はそっとポケットに忍ばせておいた。やっぱり、行った方がいいのだろうか、校舎裏。



なんて迷っているうちに放課後だ。部活がある私が、由乃と学校で唯一離ればなれになる時間。今なら校舎裏に行けないこともない。行けないこともない、けれど……

「行くか、一応。」

さんざん迷った挙げ句、行ってみることにした。放課後になってから結構時間がたっているから、もういないかもしれないけれど。
部活仲間に一声かけて、私は胴着のまま校舎裏に向かった。ほら、もしものためにね。

「……」

校舎裏をこっそり覗くと、やっぱり誰もいなかった。来るのが遅かったからな。一体何のようだったのだろう。どんな用であれ、少し申し訳なく思った。
でも、今さら悔やんでも仕方ない。部活に戻ろう。
踵を返そうとしたその時、視界のすみに誰かがちらついた。校舎裏で膝を抱える男の子。もしかして、いじめか何かだろうか。
1人きりでいる彼に、私は恐る恐る近づいた。

「あの……、」

声をかければ、ゆっくりとあげられる顔。2つの大きな瞳が、私を映した。
どこかで見たことがある顔だった。多分、同級生だろう。
パチパチと何度か瞬きをした彼は、しばらく私を凝視したあと、みるみる顔を赤くさせた。

「うわぁっ、天草さん……!?」

壁にめり込まん勢いで後ずさった彼に、今度は私が驚く。私はそんなに怖いだろうか。確かに空手の腕だけはちょっと有名だけど、無差別に攻撃する訳じゃないから安心してほしい。

「あ、あのっ、手紙……っ読んでくれましたか?」

どうやって安心させようか。そんなことを考えていた私は、彼の言葉にしばらく反応できなかった。ちょっと待って。じゃあもしかして彼が手紙の送り主なのか?ようやく合致した内容。
由乃を思うあまりの私に対する嫉妬……なんて感じじゃないし。顔を真っ赤にしてそわそわと落ち着きない彼は、もしかしてもしかすると、もしかしちゃうのだろうか。

「あの、ぼ、僕……っ天草さんの事が好きなんですっ!」

もしかしちゃった……。
初めての経験に、私は赤面した。だってこんなにストレートに気持ちを伝えられたことなんかなかったから。しかも異性に。由乃ならすっぱりと断ってしまうこの状況を、私はうまく切り抜ける方法なんかまったく知らない。
いくら由乃が好きだと言っても、人に好かれるというのはやっぱり嬉しいもので。私は断りの言葉も言えず、口ごもった。とりあえず、

「えと……あ、ありがとう」

で、いいのだろうか。
でも、私のこのなんとも頼りないお礼の言葉を聞いて、彼は弾けんばかりの笑顔を見せた。不覚にもきゅんときてしまう。
ダメだダメだ!私は由乃一筋なんだから!

「でも、ごめんね。
私、好きな人いるんだ。」

なんとかそれだけ言うと、彼はだがどこかすっきりした笑顔を見せた。そして、その笑顔を苦笑に変える。

「それって我妻さん?」

「え、」

図星だ。だけど、そんなこと簡単に認めてしまってもいいものなのだろうか。それに、彼が私の気持ちに気づいていたというのも引っかかる。もしかして私、わかりやすい?いやでも、普通女が女のこと好きなんて思わないはずじゃ……。や、やっぱり私がわかりやすいのか?!
あわあわと慌てる私に、彼は続けた。

「なんていうか、我妻さんといるときの天草さんが一番楽しそうだったから。
それに、そのときの天草さんが一番……、その、か、……可愛かったから、っ」

「……っか、」

可愛いとか、あまりにも言われなれていない言葉で、私は再び赤面した。体が熱い。どうにかしてこの場を去らなきゃ。そう思うのに、いい言葉が思い浮かばない。しばらくの沈黙の間、私はばくばくと高鳴る心臓をなんとか落ち着かせようとした。

「あのっ、よ、よかったら……なんですけど……」

「は、はいっ!?」

声が裏返った。
何か一大決心をしたような様子の彼を、私はぴしりと姿勢を正して見据えた。すぐに反らしてしまったが、そんな私に構わず彼は言葉を続ける。

「よ、よかったらその……ぼ、僕と、め、めーるあどれすを交換しませんかっ」

「めーる……あどれす……」

あぁ、としばらく思考停止したあと、理解した。メアドの交換。なんだか慣れない言葉だ。
実は、恥ずかしい話、私の携帯に入っている異性の連絡先はお父さんしかいない。
ただ純粋に男友達が少ないというのもあったけれど、一番の理由は由乃。何故か私に友達、特に男友達ができるのをいやがった。それだけ由乃に想われていると思えばそんな束縛も嬉しいもので、私は素直に由乃の指示にしたがっていた。でも……

「……君だけなら、」

「ダメだよ。」

告白なんかされたことがなかった私は単純に嬉しかった。だからその申し出を快諾しようと思った。だが、突然聞こえた声に、私と彼は青ざめる。聞き覚えのある声に振り返ればそこには、帰ったはずの由乃がいた。

「ゆ、の……」

「私の知らない人と友達なんてダメだよ、天草」

「ぼ、僕が呼び出したんです……!ずっと天草さんが好きで、天草さんは断ったんですけど、僕が無理やりっ」

由乃に嫌われてしまうかもしれない。私の頭にはそれしかなかった。きつく捕まれた腕がいたい。私は必死で庇ってくれている彼を無表情で見つめる由乃の前に立った。どうにかして許してもらわなきゃ。私の友達は言ってしまえば由乃だけなのだから。嫌われたくない。その一心で。

「由乃、」

「……っ」

なのに、私を視界に映した由乃は、顔を歪める。今にも泣き出しそうなその表情に、私は慌てた。
どうしてそんな顔をするのだろう。もしかして、私に触られるのも嫌とか……

「詩織……」

「ごめんね。告白、嬉しかったよ。ありがとう。」

彼に笑顔を向けてから今度は私が由乃の手を引いて、校舎裏を後にした。とにかく、なんとかして由乃を落ち着かせないと。そして、何度も謝って、できることは何でもして、由乃に許してもらわなければ。嫌われたら、由乃に嫌われたら私……っ

「っ、由乃……?」

その時、引っ張られるがままだった由乃が足を止めた。どきりと心臓が高鳴る。俯いていた顔を上げた由乃の目には涙が浮かんでいて、私も泣きたくなった。

「ゆ、の……私、……ごめんね、ごめんね、由乃」

「っ、詩織、はっ、……あの男が、好きなの?」

あの男とは、さっきの彼のことだろうか。その質問に、私はすぐに首を振った。好きじゃない。私の好きな人は由乃だと言えたらどれだけいいか。

「だって、詩織があいつのこと好きになったら、詩織は私を捨てるでしょ……?」

「そっ、」

そんなことないっ!
半ば叫ぶように言うと、顔色を窺うように由乃が私を見つめた。由乃を捨てるなんて、そんなことあり得ない。どうして、そんな事を言うのだろう。どうしようもなく悔しくて、私はじわりと浮かんでくる涙をそのままに、必死に言葉を続けた。

「私が由乃を捨てるわけないじゃん!
出来るわけないじゃん、そんなこと……っ
由乃のばか!ばかばかばかっ!何でそんなこと言うの?!
私ずっと、っ由乃のこと……由乃の、こと……っ」

好きなんだから。そう言おうとした時、由乃がぎゅっと抱きついてきた。その衝撃でこぼれ落ちた涙が、由乃の肩を濡らす。嬉しかった。でも、変な意地で、私は抱き締め返さない。逆に身をよじって嫌がったやった。

「ごめんなさい、詩織。
泣かないで。」

「私には由乃しかいないのにっ、由乃がそうしたのにっ
由乃を捨てるなんてこと、できるわけないじゃん!
由乃は違っても、私の一番はずっとずっとっ、由乃だけだって……っ思って、」

「うん、そうだね。
そうだった。私の勘違いだったわ。
ごめんね。泣かないで。私も詩織が一番だよ。」

いつの間にか立場が逆になっていて、由乃は小さな子供をあやすように私の背中を叩いた。私はやっと由乃にしがみつく。
やっぱり私、由乃が好きだ。そう思って、私は由乃の肩口に顔を埋めた。

結局、私は知らず知らず部活をサボってしまっていた。後で先生に怒られてしまったけれど、気にしないことにする。
あと、その日の放課後、様子がおかしい私を由乃がずっとつけていたということも。



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