あなたのところへ*

「椿、起きてる?」

夜もふけ、月明かりだけが部屋を照らす時間。椿の居る部屋を覗き込み声をかければ、牢の中かからかすかな音がした。

「えぇ、起きてるわ。
待ってたのよ。もっと近くにきて頂戴。」

「うんっ」

部屋の中は真っ暗で、廊下からでは椿のいる牢の中はまったく見えない。大事な御目方教の御目方様である椿に無断であうのはよろしいことではない。バレてしまったら怒られるどころの問題ではないだろうから、一応周りを警戒してから、そろそろと足をすすめた。

「大丈夫よ。今のところ誰か来るなんて事は書いてないから。」

「そうなの?早く言ってよ。
それにしても本当に便利だね、その、未来日記ってやつ。」

「私にとっては、便利ってだけじゃないけどね。
何にでもメリット、デメリットはあるものよ。」

そういう椿が持っているものは未来が記される未来日記。信者の行動が椿には筒抜けらしい。もちろんそれは私も含まれている。
何故か未来日記を手に入れてから、椿は私に対して少し優しくなった。どうしてかはわからないけれど。そして、私が未来日記を羨むたび、椿は悲しそうに笑って言うのだ。「詩織が持たなくてよかったわ。」と。その意味を問うても、椿は答えてはくれない。未来が記される未来日記。私には便利なものとしか思えないけれど、いったいどんなデメリットがあるのだろう。

「ふーん。まぁいいや。
今日もお疲れ様、椿。
信者の人たちに変なことされなかった?」

「えぇ。この牢の中に居る限り変なことはされないわ。
それに、嫌な思いをしても、詩織と話していれば忘れてしまうから。」

「そっか。それはよかった。」

私と椿の関係は幼馴染だ。私は、椿のたった一人の友人である。私の両親が、御目方教に仕えていることもあり、小さな頃からここに遊びに来ていた。もちろん、信者の人たちの邪魔になるわけにはいかないから、空き部屋で1人おもちゃを渡され遊んでいたのだが、あるとき好奇心が勝り、こっそり教内探検を始めた。
その時に出会い、仲良くなったのが椿だった。今では誰にもばれない、教内に入る抜け道まで把握している。
以来、私と椿は親友という間柄でもある。
椿は私に隠し事はしなかったし、私も椿に隠し事はしなかった。自分のことをすべて、椿に知っておいてほしかった。
椿の両親が亡くなって、椿が犯されてしまったあの日も、椿は私にすべてをさらけだし、泣き叫んだ。私も、助けてあげられなくてごめん。と、牢の中にいる椿を抱きしめてあげることも出来ない自分の不甲斐なさに泣いた。
その日から、私と椿の間柄はより深まった。だけど、私にははじめて、椿には言えない秘密が出来てしまった。それは、私が椿を好きだと言うこと。

「詩織は今日、学校でどんなことをしたの?」

「うーん、今日も面倒な授業ばっかりでさぁ。
あ、でも、帰りに可愛い雑貨屋さんみつけたの。新しく出来たみたいなんだけどね、また今度椿が使えて、教内の人にばれないようなもの、買って来るね。私とおそろいにして。」

「そう、それは楽しみだわ。」

そんなことを言ってしまったら、今のこの関係が崩れてしまいそうで怖かった。
私がそんな目で椿を見ているとばれたら、きっと椿は私を嫌いになってしまうだろう。
だから私は、そのことはずっと黙っていようと心に決めた。
それから私は、しばらく椿と話をした後帰路に着いた。





翌日、約束通り、私は雑貨屋さんで椿とおそろいのブレスレットを買った。頭の固い連中しかいない御目方教内だ。きっとばれないだろう。何を買うか散々悩んだおかげで遅くなってしまった。早く帰って着替えてから椿の所にいこう。そう思って帰っている途中、何やら御目方教付近が騒がしいことに気がついた。
何かあったのだろうか。不安になり見に行くと、たくさんのパトカーが門の前に止まっていた。事件?泥棒が入ったとか、そんな台数じゃない。椿に何かあったんじゃ……っ
私は家に帰るのをやめ、抜け道に急いだ。

「なに、これ……」

抜け道から教内に入り込んだ私は、その光景に息を飲んだ。武器を持って徘徊する信者。その目はもはや正気じゃない。私は思わず、抜け道に戻り、身を隠した。
どうしてこんなことになっているのだろう。いったい、私がいないうちに何が……

「椿のところに行かなきゃ……」

今度こそ、椿を守ってあげなきゃ。
そう心に言い聞かせ、私は意を決して教内に足を踏み入れた。
信者たちにばれないような道は熟知しているつもりだ。草や木に身体を打たれながら、何とか進んでいく。あと少しで椿の居る部屋だ。
椿、椿……っ

「椿っ!」

勢いよく襖をあけたそこには、大量の死体が転がっていた。私は息をするのも忘れ、ふらふらと後ずさる。
なんで、どうしてこんなことに……?
牢の扉は壊されていて、そこに椿はいない。逃げたのだろうか。それとも誰かに捕まってしまったのだろうか。
その時、後ろからぐいと手を引かれた。振り返れば、武器を持つたくさんの信者。殺される。瞬時にそう思い、私は暴れた。

「いやっ、いやぁ!!
離して!離せぇ!!」

「お、落ち着いてくださいっ
あなたは天草詩織様ですね?」

その問いかけに、私は動きを止めた。
どうして、私の名前を……

「御目方様の命で、ここにはお連れしないようにと。
今すぐお帰りください。」

「っ、椿は、椿は無事なんですね!?
どこにいるんですか!?会わせて下さい!」

「できません。
御目方様は、あなたがここに来る事を拒んでいます。
お帰りください。」

妙に落ち着いている信者に私はカッと頭に血が上った。
こんな状況になっているというのに、どうしてそんなに普通でいられるんだ。椿は、無事なのか、せめてそれだけでも知りたいのに。

「椿は私が守るの!
今度こそ守ってあげなきゃいけないの!
椿を裏切った信者のやつらなんか信用するか!!」

勢いよく信者の腕を振り払って、私は駆け出した。椿はどこにいるのだろう。待ってて。今行くから。だから……っ
後ろから追いかけてくる信者から必死で逃げる。ふと目に付いたのは、やけに信者が群がる一室。あそこに椿がいるに違いない。

「詩織っ、来ちゃダメ!!」

信者を押しのけ、襖を開けると同時に、椿の叫び声が聞こえた。目の前で起こったことに、私はただただ言葉を失った。
椿の未来日記に刺さった小さなダーツ。その瞬間、椿の体が渦を描くようにして消えていく。
何が起こっているのか、わからなかった。

「詩織……大好きよ
ありがとう……」

「つ、ばき……、椿っ!」

椿の手を掴もうと伸ばした手は空を切った。嘘だ。椿が消えてしまったなんて。これは、どういうマジックなのだろう。トリックは、どうなっているのだろう。皆で、私をドッキリにはめようとしているんだよね?そうなんだよね?
椿が残した言葉が、まるでお別れの言葉のようで、私はどうしようもなく、怖くなった。

「嫌だよ椿……どこいっちゃったの?
置いていかないでよ……
ねぇ、ねぇ!椿をどこへやったの!?答えてよ!!」

周りの信者達に問うても、答えは返ってこない。
その中に、なにかを知っているような表情をしている異色の二人を見つけて、私は我を失った。
きっとこいつらが椿をどこかへやったんだ。
一人の男の子の腰にダーツの矢を見つけた。間違いない。こいつだ。こいつが椿の未来日記を傷つけて、それで椿はどこかへ飛ばされてしまったんだ。
椿が、私に未来日記を持たせたくなかった理由が今、ようやくわかった。

「お前が、椿を……
許さない……っ許さない!!」

信者が持っていた斧を奪い、私はその男の子に向かって振りかざした。
ひっと男の子が息を飲む。だが、私の降り下ろした斧がその男の子に当たるより先に、私の体が突き飛ばされた。倒れ込みながら、視界の隅にちらついたピンクの髪の毛に目を見開く。女の子だ。きっと私より年下の、華奢な女の子。

「ぁ……っいや……!」

「やめろ由乃!!」

私が手放した斧を掴み、なんの迷いもなく私に向かってそれを降り下ろす女の子。思わず顔を背けると、何故か男の子が制止を呼び掛けた。
寸でのところでピタリと止まった斧。
由乃と呼ばれた女の子は、その斧をガタリと落とし、力なく倒れ込んだ。肩で息をしている彼女は、どうやら体調が悪いようだ。
恐る恐る近寄ってきた男の子を見上げる。気弱そうな彼は何を考えているのだろう、私に「大丈夫ですか」と声をかけてきた。

「あなたも……未来日記を持ってるの……?」

「え、」

「日記を持っていたらどうなるの?
どうして椿は消えちゃったの?椿はどこに行ったの?帰ってくるんだよね?ねぇ……どうして、こんなことに……」

男の子にすがり付きながら尋ねると、男の子は言いにくそうに口ごもった後、ポツポツと話してくれた。
明かされていく真実に、私は震えた。椿の言っていた未来日記のデメリットは、恐ろしいものだった。それなのに、椿はその真相を、私に教えてはくれなかった。相談してはくれなかった。

「それで……日記は所有者自信でもあるので、それを壊された椿さんは……」

「……っ」

パタパタと涙が落ちた。もう、椿は帰ってこないことが、わかった。
また私は、椿を守れなかったのだ。もう、守ることはできないのだ。
肩を震わせて泣く私に、男の子は「ごめんなさい」と謝った。許せるわけがない。私のたった一人の親友を奪ったのだから。
でも、未来日記所有者の境遇を考えれば、こうなってしまうのも仕方のないことだというのもわかった。男の子を責めることはできなかった。

「もう、いいから……
謝らなくていいから、出ていって……」

「……、」

言えば、男の子は女の子を支えて出ていった。
私は、鞄に入れていたブレスレットを取りだし、自分の腕に嵌めた。椿にあげるためのブレスレットは、意味をなくしてしまった。
あふれでる涙は、止まる気配がない。

「椿……大好きだよ
私も、大好きなのに……っどうして、置いていっちゃったの?
何で何も……っ、言って……くれなかったの……?」

椿がいないなんて、私は明日からどうやって生活していけばいいのだろう。
警察が入ってきたのだろうか。信者たちがバタバタと部屋を出ていく。
私は一人きりになった部屋で、転がっている鎌に手を伸ばした。それを首筋に当てる。
誰か数名がこの部屋に近づいてくるのがわかった。多分、捜査をしにきた警察。さっきからそ大声で交わされている会話が、ここまで聞こえてきているし。
勢いよく襖が開いた。それと同時に、目一杯鎌を引く。首筋から血が吹き出すのをどこか遠くで感じた。
上半身が、パタリと床に倒れた。だんだん真っ暗になっていく視界。
待っててね、椿……

「いま……、いくから……」



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未来日記の短編は高確率で人が死ぬなぁ……




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