きみの、

「悪い、遅れた。
もう終わったか?」

「いいえ。
ちゃーんと残しておいたから。
はいこれ、塚原くんの分。」

「……しっかりしてる。」

呆れたように呟いた彼は、我らが生徒会役員の会長だ。ガタリと音を立てて乱暴に座った塚原くんの前にプリントとパソコンを置く。近づいてきた文化祭のための重要な書類づくりだ。これは私なんかより塚原くんに任せた方が断然いいものができるだろうと思い、残しておいたのだ。

「他のやつらは?」

「部活と用事とサボり。」

「はぁ?
ったく、そうやって余裕ぶっこいてるからいつもギリギリになるのわかってんのか……。」

「わかってる私たちがやるしかないでしょ。
ほら、さっさと作る。怒るのはそれから。」

ぱしぱしとプリントを叩けば、塚原くんは渋々書類を作り始めた。私も作業を再開する。
私の仕事は各クラスや部活の出し物の企画書を点検することだ。たまにすごい数のクラスの出し物がかぶっていたりするし、食品バザーには数の限度があって、くじ引きをしなければならないところもある。あとはよほど酷い内容のものがなければオーケーだ。

「腹へったー」

「チョコならあるよ。はい。」

「おー。」

会話はほとんどない。塚原くんの愚痴に答えたり、私のクラス企画の質問に塚原くんが答えたりするくらいだ。
それ以外は面倒くさそうに顔を歪めてカタカタとキーボードを鳴らす塚原くんを横目で見ながら、私はわずかに口端を上げた。
彼は努力家だ。それでいてプライドが高いし強がりだと思う。面倒ごとはすべて自分で受け持ち、周りからも頼られるため、いろんなものが重なり、それに溺れそうになる。クラスメイトや生徒会役員の皆の前では、そんな様子は一切見せないから、たまに本当に溺れてしまうのだ。
以前私がそう指摘したとき、塚原くんは大層驚いていた。今のような、生徒会室に二人きりの時だ。
もう少し、頼ってくれてもいいんだよ。と伝えれば、ばつが悪そうに視線を反らした塚原くんだったけれど、今では面倒なことは面倒だ。と言い、私にも仕事を頼む(というよりは押し付けるって感じだけど)ようになった。その変化が、少し嬉しかった。

「そういや、お前今日塾じゃねぇの?」

その時、思い出したようにそう言った塚原くんにどきりとした。今日は火曜日。塾があるのは間違いない。普段なら早く帰っている時間だ。でも、文化祭に向けてやることはたくさんあるし、塚原くん一人に任せるわけにもいかない。そう思って黙っていたのだけれど、さすが塚原くん。しっかり覚えていらした。

「……大丈夫だよ。」

「何が大丈夫なんだよ。主語をくれ。」

「まぁ、とにかく大丈夫なんだってば。続きやろっ」

適当にごまかして手に持っていたプリントに再び目を通す。しかし、そのプリントはあっさりと塚原くんに奪い取られてしまった。ムッとして次のプリントを手に取るが、それも奪われてしまう。数回それを繰り返したあと、面倒になったのか、私のところにあったプリントをすべて取り上げた塚原くんは、呆れたようにため息をついた。

「お前もつくづく頑固だよな。
俺は一人でも平気だから、早く行け。」

「そんな、一人に任すわけにはいかないよ。」

「俺のせいで休まれる方が困るんだよ。さっさと行け。」

「いやだ。」

「お前なぁ……
俺は、お前のためじゃなくて、自分のために言ってんだよ。いい加減にしねぇと怒るぞ。」

「……」

「何だその目は。」

だって、と小さく呟くと、塚原くんはそれを聞き取ろうとしてかずいと近寄ってきた。
塾の時間は刻々と迫ってきている。お金を払っているし、行った方がいいことはよくわかっているけれど、

「だって、私がいなかったら塚原くん、また無理しちゃうかもしれないじゃん。」

「……」

ぱちくりと丸めた目をまばたきした塚原くんは、顔を歪めてがしがしと頭をかいた。
そして、うつ向く私の頭をくじゃぐしゃに乱すと、自分の鞄を持って立ち上がった。何をするのだろうと眺めている私に、塚原くんは仄かに顔を赤くしながら「帰るぞ。」と言って歩き出す。

「え、ちょ、書類と企画は……?!」

「明日朝イチに来て仕上げる。
絶対来い。いいな?」

「あ、ま、待ってよ!」

わたわたと机の上を片付け、塚原くんを追いかける。なんとか隣に並んでから、ぐしゃぐしゃにされた髪を手ぐしで整えた。

「あの、なんか……ごめんなさい。」

「なんで謝るんだよ。」

「早く帰らせちゃって……」

「だから明日その分やればいいんだよ。俺の分もやってもらうからな。」

「えー、それは嫌だな。」

まだまだ明るい帰り道。塚原くんの隣を歩いていると、なんだかふわふわする。不思議な感じだ。
生徒会に入るまでは顔を見たことのある人だなぁ。くらいの認識だったけれど、いつのまにか付き合っていると勘違いされるほど仲良くなってしまった。嬉しいことだけれど、その勘違いが塚原くんに迷惑をかけていないかが心配。

「ねぇ、塚原くんは好きな人いるの?」

「っ、な、なんだよ急に。」

「いや、なんとなく。」

もしいたら、私なんかと一緒にいたらダメだもんね。あれ、なんだか寂しいなぁ。いるって言われたらどうしよう……

「別に、いないけど……」

「……そっか。そっかそっか。じゃあいいや。」

「なんなんだよ。」

じゃあまだ隣にいられるな。なんて一人で安堵しながら。私はわずかに塚原くんに寄ってみた。
もしこれから先、塚原くんに彼女ができたら、きっとこんな関係でいることはできなくなるのだろう。やっぱりそれはショックだ。そう考えて、これって恋なのかな。と人知れず思った。








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