えがおの後は
「わかった!天草さんの好きな人はゆうたんだなっ!?」
「はぁ?」
登校して早々橘くんに絡まれた私は、眉を寄せて横目で彼を見た。私より身長の低い橘くんを見ると、ただでさえ怖がられるのに、さらに雰囲気が鋭くなってしまう。いつもは申し訳ないと思うが、今回は存分に使用させてもらうとしよう。
私の拒絶意志に、うっとたじろいだ橘くんだったが、すぐに調子を取り戻した。くそっ、強者だ。
「俺昨日見ちゃったんだよ!」
「何を。」
「ゆうたんと天草さんが、本屋で仲むつまじく話しているところをっ!」
「あー、……」
心当たりがあって、私は宙を仰いだ。昨日の会話を見られていたか。どうしてそれだけで私の好きな人を確定させてしまうんだ橘くん。とんでもない誤解だ。浅羽くんに申し訳ない。橘くんだけとはいえ、私なんかに好かれている疑惑が浮上するなんて。橘くんも、もうちょっと他の人をターゲットにすればいいものを。よほどネタがないのだろうか。
「で、で?
どうなんですかそのへんは?」
「完全な誤情報です。
浅羽くんに申し訳ないから、金輪際言わないように。」
「俺がなんですか。」
少し口調を荒くして橘くんを諦めさせようとしたのが、ややこしい人がまた来てしまった。浅羽だ。
もう、本当にコイツは私をイライラさせる天才だよ。私の剣幕にすこし沈んでいた橘くんも、浅羽の登場にパァッと笑顔を取り戻した。お願いだからもう戻ってくれ。私はこういう恋バナみたいなのは苦手なんだよ。周りの子たちみたいにきゃっきゃきゃっきゃできないんです。今までの会話のテンションの差で察してくれないかなぁ橘くん。
「あんたじゃなくて、お兄さんの方。
ややこしいから、呼び捨てがあんたで浅羽くんがお兄さん。わかった?」
「十分ややこしいです。」
「兄弟揃って同じリアクションしないでよ。」
やっぱり考えることも似ているんだな、双子って。そういえば鞄を降ろしてそのまま話をしていたから、何も準備が出来ていない。1限目はなんだったか。
隣で昨日の私と浅羽くんの出来事をとても楽しそうに浅羽に話す橘くんを尻目に、私は鞄から教科書とノートを取り出した。朝からどうしてこんなに元気なのだろう。少しくらいわけてもらえたら、朝すっきり起きられるだろうか。
はぁ、と溜め息をつけば、「恋患いか!?」と反応してくる橘くんを追い払い、私はやっと椅子に腰を下ろした。やれやれだ。
「昨日悠太が……」
と思ったら次は浅羽か。コイツもこんなネタを好むのか。うんざりしながら振り返ると、思ったより顔が近くにあって驚いた。軽く身を引くと、「何ですか」と抑揚のない声で問われる。
「なんでもない。ちょっとびっくりしただけ。
で、浅羽くんが何?」
机に頬杖なんかつくな。振り返るたびにびっくりしなければいけない。
顔が近くて恥ずかしかったなんて言えるわけもなく。ぶっきらぼうにそう答えると、浅羽な特に興味はないようで、すぐに口を開いた。
「『ありがとうございました』って言いそびれたから言っといてって言われました。」
パチリと目を瞬いた。浅羽くんは本当に、なんていうか……いい人だ。
椅子に横向きに座り、私は背もたれに肘をおいた。あれ、なんかこれ、普通男女逆の構図じゃないですか。まぁいいか。
「……律儀だね。
本当に浅羽と双子なの?」
「双子です。
やっぱりその呼び方ややこしくないですか。」
「私がわかればいいの。
じゃあ『どういたしまして』って言っといて。」
言うと、浅羽は至極面倒くさそうに顔を歪めた。くそう、腹立つなぁ。
私はムッとして浅羽の机に身を乗り出した。
「何、ダメなの?
どうせ家一緒なんだからいいじゃん。」
「……自分で言えばいいじゃないですか。
好きなんですよね、悠太が。」
「…………はっ!?
あんたまでそんなこと言うわけ!?」
平然と勘違いを言ってのけた浅羽に、私は声を荒くした。まさか浅羽が橘くんのあんな話を鵜呑みにするなんて思いもよらなかった。思わず一瞬ほおけてしまったほどだ。
クラスの視線がこっちに集まっている。私は曖昧な笑顔を振り撒いておいてから、再び浅羽を睨み付けた。
「違うんですか。」
「違いますっ
そんな、数回話しただけで好きになったりするほど純粋な心を持ってないよ私は!」
「そうですか。
それなら天草さんを排除しなくて済みます。」
「どういう意味だおい。」
そのままの意味で。と飄々としている浅羽に何かしら言い返してやりたかったが、先生が来てしまったので渋々前に向き直った。
さては浅羽のやつ、ブラコンだな。確かに、浅羽くんみたいなお兄さんがいたらいいなとは思うが、彼女くらい自由に作らせてあげても……って、これじゃあ私が浅羽くんを狙ってるみたいだ。
ふといつもなら朝席に寄ってくる友達が来なかったな、と思い彼女を見ると、バッチリと目が合った。まさかと思うと、案の定友達はニンマリと笑って親指を突き立てる。授業が終わり次第しばきに行こうじゃないか。待ってろ。
「待ってたよー詩織ー!
朝はいったいどんな会話を……ぁいたっ!?」
「『どんな会話を』じゃない!
いい加減勘違いやめてよねっ」
両手を広げて私を待ち受けていた友達の頭を一発叩いた。相変わらず私と浅羽の仲を疑っている友達は、事あるごとにそのネタで私をおちょくって遊ぶ。本当に楽しそうで羨ましい。私はまったく楽しくないけどな。
「だぁってあんたの反応面白いんだもん。」
「うるさいなぁっ
仕方ないでしょ性格なんだから!」
「ま、頑張んなよ。
応援するからさ。」
「だからっ、……もういいっ!」
ケタケタと笑う友達に、私はもうあきらめて自分の席に戻った。どっかりと椅子に腰かける。いつからこんな居づらいところになったんだこの教室は。
今日何度目かのため息をつくと、浅羽の席に遊びに来ていた松岡くんが心配そうに私を見た。
「どうしたんですか?」
「いや、もう……疲れた。」
「悩み事ですか?
僕でよかったら聞きますよ。」
目の前の松岡くんが女神に見えた。君だけだよ私と浅羽の関係をいじらないのは。ただこういうネタに疎いだけかもしれないけれど。
「…………松岡くん。」
「はい?」
「好き。」
「は、……えぇ!?」
もちろん冗談だけれど、松岡くんは顔を真っ赤にしてしまった。うんうん、初のう初のう。男子高校生らしからぬ反応、すごく好感が持てます。
「ぁ、あのっ、ぼく、ぼく……っ」
「あははっ、冗談だよごめんね。」
「じょう、だん……
か、からかったんですか!?」
可愛いなぁ、松岡くんは。憤慨する彼をニヤニヤしながら見ていると、視線を感じた。その視線の正体は浅羽。バッチリと目が合ってギクリとした。
「な、何。」
「……笑えるんですね。天草さんも。」
「なっ、笑うよ!
人間なんだからっ!
それが何!?」
「なんでもありません。
びっくりしただけです。」
「……っ」
コイツは私を何だと思ってるんだ。しかも嫌味かなんなのか、私の朝の言葉を真似してきやがった。
怒鳴り散らしてやりたいが松岡くんがいるので我慢する。
「……やっぱり松岡くん好き」
「も、もう!天草さん!冗談でもあんまりそんなこと言っちゃダメです!」
「やっぱり松岡くん可愛い。」
「え、……あ、ありがとうございます?」
それに比べて浅羽は……。チラと見ればいつもの如く無表情。まぁコイツに可愛さなんてものは要求しないが、可愛いのかの字もありはしない。
「最近天草さんのキャラがわかりません。」
「わからなくていいよ。」
私だってたまには壊れたいんだ。人間だもの。なんて言ってみたら、浅羽はノーリアクションだった。
やっぱりむかつく。
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