しつもんです

小テストが返ってきた。本当に小さなテストなので、前に取りに行くことはなく、列ごとに回ってくるようだ。5点満点の簡単なテスト。授業前に範囲を見ておけば満点は易々と取れる。
回ってきた自分の解答用紙を見ると、案の定満点だった。まぁ、こんなの大して自慢にはならないが。ちょっとしたクセで早く回さなければと自分の解答用紙を紙の束から抜き取ると、その下から現れた点数に口元がゆるんだ。

「……残念だったね、3点。」

「嫌味ですか。」

私の解答用紙の下にあったそれには、赤い字で3と示されていて、そのちょうど上に浅羽祐希という名前。少し満点が誇らしく思えた。
嫌いになった理由を見失った私だけれど、だからと言っていきなり浅羽を好きになれるはずもなく、普通と嫌いの間くらいの微妙な位置でぐらぐらと揺れている。一応言っておくが、この場合の好きは友達としてだ。
相変わらず私の浅羽に対する言動にはトゲがあったが、浅羽は気にしていないようだから無理に態度を改めようという気もおきない。友達はそんな私を見て、未だに嫌よ嫌よもなんちゃらだと言ってくるが、もう無視だ。

「嫌味かどうか、好きに受け取ってくださいな。」

「じゃあ受けとりません。」

「……あぁそうですか。」

こんな調子で数日続いている。端から見たら大層ピリピリした雰囲気に見えるんじゃないだろうか。これのせいで例の私が浅羽にケンカを売った云々の噂が広がったような気がしたがきっと気のせいに違いない。そう信じている。
そういえば以前クラスメートの女子に「詩織ちゃん、浅羽くんとあんなに喋れるなんていいなぁ」なんて言われたが、浅羽とあなたが普段関わっていないのなら喜んで私と立場を交換してもらいたい。世の中うまくいかないものだ。




「天草さん天草さんっ」

「はいはい。」

放課後、教科書を鞄に詰め込んで帰り支度をしていたところに、橘くんが声をかけてきた。髪の毛が眩しい。あとテンションが高い。今時の高校生はまったく……(彼の場合髪の毛は地毛だが)。
やれやれと思いながら目を向けると、橘くんはノートを筒状に丸めてマイクのように私へとつきだした。

「最近ゆっきーとよく話していますね!」

「え……?
そうかな。特に覚えてないけど。」

何だ何だ。何のコーナーだこれは。早く帰ってドラマの再放送を……なんて予定はまったくないのだが。
私と橘くんの温度差を感じてかどうか、橘くんは人の少ない教室でさらに声を大きくした。

「ズバリ!
ゆっきーをどう思いますか!?」

「ムカつく。」

「そう!ムカつ……え、えぇぇえっ!」

率直な意見を述べたところ、橘くんは見るからにテンションが下がってしまったようだ。申し訳ないが、これが本音なのだから仕方がない。嫌いだった2人がふとした事件をきっかけに引かれ合っていく。なんていう少女漫画のような展開を望んでいたのだろうが、おあいにくさま、私にはなかなか縁のない感情でしてね。もういい?と鞄を肩にかけると、橘くんは慌てたように私の前に立ちふさがった。何だっていうんだいったい。

「ちょちょっ、ちょいまちっ!
でもさ、天草さんよくゆっきーと話してるじゃん!」

「あれは口喧嘩の延長みたいなものだよ。
橘くんが思ってるような微笑ましいものじゃないって。」

「でもゆっきーが女の子と喋るなんて珍しいしっ」

「こんな私を女として見てないんじゃないかな。」

「天草さんだって自分から男子に話しかけること少ないから……っ」

「……、私もアイツを男として見てないだけだと思うよ。
もう行かなきゃいけないから。じゃあね。」

「あー!」

橘くんを振り切って、私は早足に教室を出た。ただただ無心で廊下を歩く。何も考えないでいないと、さっきの橘くんの言葉が耳にひっかかってしまうから。

『天草さんだって自分から男子に話しかけること少ないから……っ』

確かにそうだ。と思ってしまった。今まで男子に、嫌い……とまではいかないが苦手意識を持っていた私が、あんなにすんなりと、しかも自分から話しかけるなんてことをするなんて。
珍しいこともあるものだ。でも多分、私が橘くんに言った理由で間違いないだろう。
アイツを男として見てないだけ。ムカつくものはムカつくのだ。……どこがと聞かれれば、それはつい最近答えられなくなってしまったのだが。
あー、橘くんのせいでなんだかモヤモヤする。少し寄り道していくか。と立ち寄ったのは本屋。もう受験生だから参考書も見たいし、友達に薦められた小説も気になっていたところだ。
本屋に入った私は、とりあえず参考書のブースに向かった。

「げ、」

「あ、天草さん。」

と、そこにいたのは見覚えのある後ろ姿。思わず顔を歪めて立ち止まってしまった。噂をすればなんとやらというやつか。と思ったのだが、振り返った彼を見て、私は小さく息を吐いた。

「びっくりした。
浅羽かと思った。」

「?、浅羽ですが。」

「ちがうちがう。
あなたは浅羽くん。で、もう1人が浅羽。ややこしくないようにね。」

どうやら彼は浅羽ではなく、兄である浅羽くんのようだ。よくよく考えて見れば、授業中に雑誌読んでるヤツがこんな参考書なんかみるわけないものな。

「十分ややこしいです。」

「気のせい。
自分がわかればいいの。」

話しながらまたあれ、と思った。私普通に話してるな。しかも浅羽ではなく浅羽くんと。変なの。アイツのおかげで免疫でもついたか。
そんなことを考えている時、ふと浅羽くんが持っている参考書を見つけて、私は「あ、」と声をあげた。

「それ、いいよね。」

「……これ、今買おうかどうか悩んでたやつです。」

「そうなんだ。
おすすめだよ。それに載ってるのに似たようなのが結構模試に出ててさ。
あと、これとこれも。」

「詳しいですね。」

「これくらいしか取り柄ありませんから。」

肩をすくめると、浅羽くんはふっと笑った。その表情に、私は少し驚いた。浅羽兄弟は2人とも無表情しかみたことがなかったから、何だか新鮮な気分だ。こんな表情も、するんだな。
今まで女子に囃し立てられる意味がわからなかったけれど、確かに浅羽くんはかっこいい。あと片割れとは違っていい人そうだ。

「じゃあ天草さんおすすめのこれ、買ってきます。」

「あ、あぁ、うん。」

いけないいけない。ぼぉっとしてた。参考書片手にレジへ向かう浅羽くんに軽く手を振り、私は本棚に向き直った。今日は化学の参考書を探さなければ。




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