きらいの理由

気まずい。いつにも増して、気まずい。浅羽くんにあんなことを言われた後だから、変に後ろを意識してしまう。
で、こういう時に限ってプリントがさっそく回ってくるんだ。どういう嫌がらせなんだ腹立つなぁ。
先生を遠目から睨み付けながら、私はプリントを持ちため息をついた。
あんな感じって、どんな感じなのだろう。浅羽くんや松岡くんは、一体私にどうしてほしいのだろう。あと、浅羽にどうなってほしいのだろう。
悶々と考えながら、私はまたなかなか受け取ってくれないだろうプリントを渡すため、後ろを振り返った。

「はい、あさ……ば、」

くん。が虚しく空気となって口から出ていった。
いつも無視されるが、一応毎回声をかけてはみる。今回もどうせ隠れて雑誌でも読んでいるだろうからプリントに気づいていないものだと思って声をかけたのだが、思わぬ光景に私の思考は停止した。
私は今、夢でもみているのだろうか。
目をパチパチとしばたいてみる。珍しいことに、私は浅羽と目があっているようだ。
プリントが、置いてもいないのに手から離れていく。おかしい。これはおかしいぞ。

「何ですか。
早く前向いてください。」

「ぁ、あぁ、うん。」

浅羽が、ちゃんとプリントを受け取った……だと?
あまりの驚きでしばらく先生の言葉が耳に入ってこなかった。否、これが普通なのだ。プリントを回せば受けとる。人によれば、受けとる度に「ありがとう」とさえ言ってくれる。それを浅羽が長期間やらなかった方がおかしいのだ。1日に必ず1回はあるプリントを回す行為を、長期間無視され続けた私の気持ちを、誰がわかってくれるだろう。別にわかってもらいたいわけではないが。
それにしてもどうして今さらちゃんと受け取ってくれたのだろうか。
あれか、松岡くん効果か。お兄ちゃん効果か。
再び悶々と考えていると、プリントが回ってきた。まさかと思いながら振り返ると、案の定また浅羽と目が合い、私は今日1日の自分の運命を案じた。何かしら悪いことが起こりそうだ。




昼休み。
友達と弁当を食べながら、私はまだ悶々と考えていた。無視の期間はとても長かったと思っていたのだが、よくよく考えてみればまだ1学期。毎日繰り返される嫌なことと言うのは案外長く感じるもので、しかもそれが毎日となれば尚更だ。
じゃあ何故今日プリントを受け取ろうと思ったのか。しかも今のところすべて受け取ってくれている。
気まぐれか?浅羽が私に慣れていなかっただけ、とか。否、よく初対面の人に雰囲気が怖いとか言われるけれど、浅羽はそんなこと気にするタイプには見えないし。

「詩織、ご飯食べないの?」

「えっ?
あ、食べる食べる!」

友達に指摘され、私は慌てておかずを口に運んだ。いけないいけない。私は違うことを一度にやることが出来ない不器用なのだから、今はお弁当を食べることに集中しないと。
あぁ、なんだか私、浅羽に振り回されてる気がするな。いい加減私の頭から消え去れ浅羽祐希!

「そういや詩織、昨日浅羽にケンカ売ったんだって?」

「っ、はぁ!?」

やっと一時消え去ったと思ったらすぐに帰ってきやがった。否、今回は浅羽のせいではないが。危うくおかずを吹き出すところだった。
やっぱり噂になっていたか。確かに、あんな行動をしたらクラス内くらいにはすぐ広まるかもしれないけれど。

「あー、いや、何て言うか、ケンカ売ったわけじゃないんだけどさ。」

「ふーん。
ま、あんたが前愚痴ってたプリント事件関連なんじゃないかってことはだいたい想像つくけど。
浅羽って女子の人気者だから、公の場であんまり変なことしないほうがいいと思うよ。」

「別にしたくてしたわけじゃないよ。
何かこう……腹が立って。」

「殴ったか。」

「殴ってないっ!」

冗談だよ。とケタケタ笑う友達を恨めしく思いながら、私は弁当をつついた。
嫌いなヤツなのにどうしてこんなにこいつのことばかり考えさせられるのだろう。本当に癪だ。

「でもさ、あんた何だかんだで浅羽のことばっかり考えてない?」

「え……!?」

そんなことを考えていた時、まるでその考えを読んだかのような友達の発言に私は声を荒げた。私の反応に、彼女はニヒルな笑みを浮かべながら頬杖をつく。嫌な予感だ。友達は多分、否絶対変な勘違いをしている。

「ほら嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃん。」

「私の嫌よ嫌よは本当に嫌なの!」

「ふーん。」

「本当だってば!
第一、向こうだって私のこと嫌いなんだから!」

私がそんなヤツのことを好きになるはずがないじゃないか。そう言うと、友達はパチパチとまばたきをして首を傾げた。

「そうなの?」

「そうだよ。
昨日言われた。例のケンカ売った時に。」

「へぇー。」

おにぎりにかじりつき、私は呟くように言った。なんだかこの言い方だと私が浅羽の言葉に傷ついているみたいだ。そんなことはない。私の場合、向こうが嫌いならこっちも嫌いなのだから。
だけど友達はそれにすらニヤニヤと笑って、まるでおもしろいものでも見つけたように私を見た。否、正確には私の後ろを。

「いーいところに来たねぇ浅羽ぁ。」

「は?」

恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには今一番会いたくなかった浅羽が立っていた。どこかの悪代官のように浅羽を呼び止めた友達は、ムフフと気持ち悪い笑い声をあげる。浅羽は相変わらず無表情だ。私は半ば絶望的な気持ちで頭を抱えた。

「あんた詩織のこと嫌いなの?」

「詩織?」

「この子のこと。」

友達が私を指差して問う。あぁもう。いらないお節介をしてくれる。浅羽が私の事を嫌いなんて、昨日自分の耳で聞いたのだから改めて聞くことなんかないのに。

「別に嫌いじゃないですが。」

「はぁ!?」

だが、続けられた言葉に、私は勢いよく振り返った。もしかして浅羽くんの方か?と思ったけれど、そういうわけでもないらしい。どういう風のふきまわしだ。
友達はやたら嬉しそうに笑っているし、ややこしいことこの上ない。
疑問に思いながら、私は浅羽に抗議した。

「あんた私の事嫌いって言ったじゃん。」

「……言いましたっけ。」

「昨日のことをもう忘れたのか。」

あー、と空中を見つめた後、浅羽はようやく思い出したのか手をぽんと叩いた。昨日の出来事をもう忘れるなんて素晴らしい頭をお持ちのようで。呆れてものも言えないよ。はぁ、とため息をつくと、浅羽は何やらごそごそと鞄をあさりだした。

「あれ、もういいです。」

「……、何が。」

「要に新しいの買ってもらったので。」

これ。と差し出されたのは昨日私が皺を寄せた雑誌。なるほど昨日のに比べて幾分かきれいだ。
あぁそう。と納得しかけたところで慌てて首を振る。いやいや、浅羽の怒りの原因それ?まだ100歩譲ってそれはいいとして、新しい雑誌を他の人に買ってもらうだけで許しちゃうのか。

「もういいですか。」

「うん。
ありがとねー。」

去っていく浅羽を私は呆然と見つめた。「よかったね」と笑う友達は一体何がしたかったのか。
あれ、でもじゃあ私が浅羽を嫌う理由って何になるんだろう。




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