お兄ちゃんからのおねがい

「あの、天草さん。」

「あ、松岡くん。おはよう。」

朝、ぼんやりと席に座っていた私に声をかけてきたのは、昨日はしたない光景を見せてしまった1人の松岡くんだった。あまり話したことがない相手だったので、少し驚いた。
松岡くんがいると言うことは、浅羽くんもいるのだろうか。と思い、チラと後ろを見ると、席はまだ空いていた。なら話しかけてきた理由なんて、1つくらいしかないだろう。

「その、祐希くんのことでちょっと……」

「あー、」

やっぱりそうか。私は申しわけなくなって、松岡くんから視線を逸らした。松岡くんは優しい人だから、きっと友達を悪く言った私が許せないのだろう。

「なんていうか、……ごめんね。」

「え?」

言われる前に謝ってしまおう。その方が怒りが半減されるかもしれない。と謝ってみたのだが、彼はきょとんとして首を傾げたので、「浅羽くんのこと、嫌いとか言って」と付け足す。
少し癪だったけれど、松岡くんは悪くないし、友達を嫌いなんて堂々と言われたら、私だって怒るだろうし。まぁ、浅羽くんに謝るつもりはさらさらないが。
だけど彼は、私の言葉に両手をパタパタと振って否定した。

「そういう意味じゃないんです!
祐希くんのことを誤解してほしくないのも確かなんですけど、なんていうか……お礼、じゃないんですけど……」

お礼?友達をボロクソ言った私にお礼?
私は目を丸くして彼を凝視した。
どこまでいい人なんだ松岡くん。「謝れ」って言えないからってお礼を言っちゃうのか君は。
今度は私がきょとんとしてしまう番だ。とにかく、「どう言えば……うーん」と悩んでしまった松岡くんの考えがまとまるのを待つことにした。

「あ、春に先越された。」

「悠太くん!」

と、そこにやってきたのは浅羽くん(兄)。浅羽くん(弟)とは一緒じゃないようだ。ちょっと安心。って、何で私が負い目を感じなければならないんだ。私は悪くない。断じて。
「いい言葉が思い浮かばなくて……」と助けを求める松岡くんに、浅羽くん(兄)はすいと視線を松岡くんから私にうつした。そっくりな顔なのに、2人の雰囲気は全然違って少し驚いた。浅羽(ややこしいので呼び捨てが弟)は見ただけでイライラするのに(あのやる気のない感じとか校則守らないとことか云々)、浅羽くんは逆に落ち着くというか……

「祐希のことなんですけど、」

「あ、はい。」

何故か敬語になってしまった。浅羽くんは昨日と同じような無表情で、やっぱり考えが読み取れない。何を言われるのだろうか。今までの流れからして、悪いことではない、と信じているがどうだろう。

「これからも、あんな感じでお願いします。」

「あ、はい。……え゙」

だから、あんまり身構えずにいた私に向けられた言葉に、私はカエルが潰れたような声をひねり出してしまった。あんな感じって、昨日のことを言っているんですよね。ということは、これからも浅羽に関わり続けろと。そんな殺生な。今ここが自分の部屋で、尚且つ1人きりなら悶え嫌がっていたところだ。
ただでさえ普通の顔が不機嫌面と間違われやすい私なのに、その顔をさらに不機嫌にさせて、私は浅羽くんを見た。
そんな時、とうとう浅羽本人がやってきた。教室に入ってきた彼は、私の席を囲むようにしている松岡くんと浅羽くんを見つけると、少しの間足を止める。しかしすぐに歩き出して私と松岡くんの間に割って入ると、昨日のようなピリピリとした雰囲気で私を見た。あぁ、私の関わらないポリシーがどんどんなくなっていく。

「俺の次は春ですか。」

「はぁ……?」

まるでどこかのチンピラのような声が出た。私の頭の中には「関わりたくない」という言葉が無数に流れている。なんだっていうんだ本当に。朝からコイツと話すなんて、きっと今日1日ろくなことない。
眉間にこれでもかと皺を寄せる私を見かねたのか、浅羽くんがペチンと音を立てて浅羽の頭を叩いた。

「ちょっと祐希、天草さん何もしてないから。
俺たちから話しかけたの。」

そうだそうだ。だから早く席につけ。と思ったがそういえば浅羽の席は私の後ろなんだった。いまいち状況を理解出来ていない浅羽は、だが松岡くんが私に絡まれているわけではないとわかった途端興味がなくなったようだ。「それじゃあ、よろしくお願いします。」と自分のクラスに帰ってしまった浅羽くんと、自分の席に戻っていった松岡くんの2人を見送った後、私と浅羽は一言も交えずに視線を逸らした。
浅羽くんからのお願い、聞かなくてもいいだろうか。



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