きらい宣言

「……あの、浅羽くん。」

「……」

「……ごめん、聞いてる?」

「……」

「……さっき先生が職員室に来いって。」

「……」

「……ねぇ、」

「……」

ブチリと何かが切れた気がした。もう我慢ならなかった。どうしてこんなヤツと関わらなければならないんだ。いや、関わらないつもりだったのに。先生が私なんかに頼むからいけないんだ。知らないぞ。クラスの雰囲気悪くなっても知らないからな。これはすべて先生のせいになります。
そう心の中で宣言したあと、私は手のひらを思い切り雑誌に叩き付けた。
バンッとすごい音がした。クラスにいた数人の視線が私に突き刺さる。放課後でよかった。と思ったが、明日には噂で広まっているだろうとも思った。
内容はなんだろうか。「美女と野獣」ならぬ「美男と野獣」か。あはは、まったく笑えない。
見ていたものを遮られた浅羽くんは、ゆっくりと顔をあげた。
はじめて目があっただとか、やっぱり綺麗な顔だとか、そんなことはまったく思わなくて、私はとにかく怒りに燃えていた。やっぱり私は短気なようだ。今までよく耐えたよ。

「あのさ、」

「あの、」

一言(いや、二言……それ以上かもしれない)文句を言おうと口を開いたが、見事に2人で被ってしまった。浅羽くんはよくわからない無表情をしていて、怒っているのかなんなのか、そこから読み取ることは出来なかった。だからと言って、この怒りがおさまるわけではないのだが。

「なに。」

しばらくの無言の譲り合いの末、私がやっとそれだけ言うと、浅羽くんは突然立ち上がって私の目の前に雑誌を掲げた。でかでかと広がるアニメキャラクター。意味がわからなくて首を傾げると、それはすっと遠ざかり、ある一点が彼の指によって示された。

「これ、あなたのせいなんで。」

「は?」

そこを見れば、なるほどシワが寄っている。私が手を叩き付けた時に出来てしまったのだろう。だがそんなことは百も承知でやったまでだ。寧ろそれを願って叩き付けたといってもいい。だから私に謝る気はさらさらないわけで。

「弁償してください。」

「……は?ば、べっ!?」

ふんっと余裕をぶっこいていた所に思わぬ発言が飛び出した。我ながら情けないリアクションをしてしまった。少しはずかしい。が、なんだ、弁償?そんなこと絶対しません意地でもしません。

「何で私がそんなことしなくちゃいけないわけ。」

「あなたのせいですから。」

「元はといえばあんたが人を無視するからいけないんでしょ!」

「いや、そんなことどうでもいいんで。買ってください。」

「嫌です。買いません。」

「……」

「……」

無言の睨みあい。向こうの雰囲気も、わずかにピリピリしているように感じる。怒ったみたいだ。これで(というか手を叩き付けたあたりから)私はクラス全員を敵にしてしまったのだろうか。そう思いながらも、イライラはおさまらない。何なんだコイツは。日本語が通じないのか。

「とにかくっ、」

「祐希お待た……あれ、」

次からはちゃんと返事をしてください。と言おうとしたところを第三者によって遮られた。教室の扉を見れば、もう片方の浅羽くん。少し驚いたような表情をして私たちを見ている。その後に続くように、例の幼馴染であろう人たちがぞろぞろと教室に入ってきた。なんてバッドタイミングなんだ。

「ゆっきーが女の子と2人で話してる!!」

「天草さん、どうしたんですか?こんな時間まで。」

「あー、えっと……」

何ていうか、何なのだろう。いい言葉が思い浮かばなくて、私は彼らから視線を逸らした。きょとんとする松岡くんと橘くん。気まずい空気が漂う中、浅羽くん(弟)がふっと息を吐き出し、肩を竦めた。

「なんか、ケンカ売られちゃったんだよね。
それを買おうかどうか迷ってたとこ。」

「な……っ、だから元を辿れば悪いのは浅羽くんでしょ!?
返事をしろって言ってんの!」

「いつ話しかけました?」

「プリントまわす度に何っっっ度も!!
さっきだって先生が呼んでるって伝えてるのに何の反応もしてくれないしっ!」

「あー……」

「耳を塞ぐな!そんなに私が嫌いか!!」

「わりと。」

「あぁそうですか!
お生憎様、私もあんたが嫌いだよ!」

そう吐き捨て、私は唖然とする幼馴染の皆さんに振り返る。友達を嫌いなんて宣言されて腹が立っているだろうと思ったのだが、しばらくの沈黙の後、何故か橘くんは顔を輝かせ、メガネの彼は吹き出し、松岡くんはニコニコと微笑み、浅羽くん(兄)はさっきの浅羽くん(弟)よりはちょっと穏やかな、でもやっぱりよくわからない無表情を見せた。
やっぱり、わからない人の友人もわからない。






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