あつい、からだ

「天草さん、茶道部どうでした?」

「うん、すっごく楽しかった!
十先生もいい人だったし、入部しようかなぁ。」

足はしびれたけどね。暫く立てないくらい。
四つん這いのまま呻く私の足をチョップした浅羽に仕返しをして、二人してふるふるとまるで生まれたての小鹿のようになって浴衣を着替えに行ったのは、暫く黒歴史として私の頭に刻まれるだろう。
私の言葉にぱぁっと笑顔を見せた松岡くんは本当に可愛いと思う。私なんかの入部をそんなに喜んでくれるなんて。

「俺のお陰ですね。」

「何でだよ。」

「あのチョップがすべてを決めた。」

「決めるか!逆に悩ませたわ!」

何故か誇らしげに胸を張る浅羽にツッコミを入れる。足がしびれたときは少し動いただけでもちからが抜けるような入るような奇妙で気持ち悪い感覚がすることをお前も知っているだろう!
あー、思い出したらまた嫌な感じに……!
浅羽、許すまじ。
そのまま他愛のない会話をしているうちに昇降口に着いた。靴を履き替えているとき、松岡くんがふと顔をあげる。

「天草さんって徒歩通学ですか?」

「いや、自転車。
だからここでバイバイだね。」

と言ったところで松岡くんが口を開こうとする。ダメだ。彼のことだからきっとまた送るとか言い出してしまう。
私は早々にお礼を言うと、手を振って踵を返した。後ろで呼ばれている気がするが、気のせいだ。

「はぁ……」

自転車を引いて校門に向かっている途中、思わずため息が出た。よく話すと言っても相手は男の子。苦手意識が少なからずまだある。大分なくなってきたけど。
ありがたいけど、変に気を使ってしまうのも確かだった。
また茉咲ちゃんみたいな子が出てくるのも嫌だしね。

「げ、」

そう思っていた矢先、校門に立っている人物に私は思わず蛙がつぶれたような声をひねり出した。
浅羽だ。まさかとは思うが、私を待っているなんてそんなことは……

「遅いです。
アニメージャ一冊で。」

そんなことはあったようだ。
素通りしようとした私の隣で歩き出した彼に、私は顔を歪めた。
いやいや。遅いですじゃないです。なんでいるんですか浅羽さん。

「覗いたお詫びとして送って行けと言われました。」

「もういいよそれは。
第一あんた歩きじゃん。私早く帰りたいし、わざわざ送ってもらうのも悪いから、浅羽も真っ直ぐ帰りなよ。
じゃあね。」

そう言って逃げるように自転車に跨がりこぎ出したはずなのに、やたらとペダルが重い。なんだ。パンクか?それにしては重すぎるだろ。
後ろを振り返ると無表情の浅羽が自転車の荷台をつかんでいた。睨み付けようとするが、浅羽と視線が一向に合わない。

「なに。なんなの?」

「送らないと悠太がうるさいです。」

「じゃあ適当に本屋とかで時間潰せば?明日聞かれたら話合わせとくよ。」

「天草さんがシンパイデス。」

「そんな棒読みで言われても……」

無言の駆け引きが行われた。何かあるのだろうか。浅羽くんは怒るとめちゃくちゃ怖いとか、そんなか。一向に譲ろうとしない浅羽に、私はため息をついて自転車から降りた。

「わかった。
じゃあ早足でお願いね。」

「いえ、俺も早く帰りたいので。」

は?と私が首を傾げるのと同時に、自転車のハンドルが手から離れていった。そのまま浅羽は私の自転車に跨がる。「小さいです。」なんてことを言われても私は知らない。というか、お前は何をしているんだ。

「早く乗ってください。」

「……は?
いや、乗ってくださいってあんたが乗ってるじゃん。」

「こっちにです。」

そう言ってぽんぽんと浅羽が叩いたのは荷台。要するに二人乗りをしようってことなのだろうか。

「い、嫌だ。」

「早く帰りたいんじゃないんですか?」

「いや、そうだけど。
だ、だって校則違反……!」

「破るためにあります。」

「いやいやこちとら優等生やってんだって。
普通に帰ろうよ普通に。二人乗りなんて変な勘違いされたら困るし!」

「歩いて帰っても勘違いはされますよ。
自転車の方が早いのでその分見つかりにくいです。」

「そ、そうだけど……
え、ホントに?本気で言ってるの?」

「本気ですが。」

何を、血迷っているんだコイツは。
私は信じられない思いで浅羽を見つめた。とりあえず落ち着こう。落ち着いて深呼吸をしよう。
早く帰りたいのは山々だけど、その方法は如何なものか。

「早くしてください。」

「いや、でも……」

「早く帰りたいんですけど。」

「そ、それは私だってそうだよ。」

「じゃあ乗ってください。」

「……っ」

あれ、どうしてこんなことになった。
私はふるふると震える手を荷台に添えた。え、乗るのか私。これに乗っちゃうのか?乗っていいのか?松岡くんの件があった今日だぞ。そりゃあ、早く帰りたいけど。帰りたい、けど……。

「おいていきますよ。」

「わ、私の自転車なのに!」

「だから早く乗ってください。」

ぐぅと押し黙った私は、しばらく固まったあとおずおずと足を動かした。片足をあげて、少し下ろしてまたあげて。やっぱり下ろしてからあげて、それを何度か繰り返したあとやっと静かに跨がると、浅羽はそれを確認して前を向いた。

「掴まりましたか。」

「う、うん。」

「どこ持ってるんですか。」

「荷台の……とこ。」

「落ちますよ。」

「受験生に落ちるとか言うな。
じゃあどこ持てばいいのさ。できたらあんたには触れたくないんだけど。」

「じゃあ落ちてください。」

「なっ、だから落ちる落ちる言うなって……っ」

でも、確かに今のままじゃ走り出した瞬間バランスを崩して地面に叩きつけられてしまいそうだ。
ただでさえ男子と近すぎて緊張していると言うのに、この状態で触れろというのか。ふざけるな。でも痛い思いはしたくない。

「……それは持ったうちに入りません。」

「う、うるさいな。わかってるよ。
心の準備をしてるの!」

「なんでもいいですけど。はやくしてください。」

ちまっとつまんだ浅羽のシャツを離して、せーので肩に手を添える。広い背中や肩幅にやたら緊張しながら、私はその手に力を入れた。

「動きますよ。」

「う、ん……」

すいと動き出した私の自転車。でも、私がこいでいるわけではなく、浅羽がこいでいる。
肩を持つ手に、変に熱が集まる。この熱を、浅羽が感じていなければいいけれど。私今、絶対顔真っ赤だ。風がひどく冷たく感じる。
前が見えなくて、道案内をするのに一苦労した。会話は特にない。私が道を指す時くらいだ。風をきって走る自転車。ほんの十分程度だったのに、すごく長く感じた。

「あ、そこの家……」

私が言うと、浅羽は自転車を止めた。
私が自転車から降り、浅羽も降りて、かごに入れていた自分の鞄を持ち上げる。

「えと……あ、ありがとう……」

「いえ、それじゃあ、また明日。」

「あ、うん。明日……」

ふらふらと手を振って、歩いていく浅羽を見送る。なんだったんだ。今の妙な時間は。なんかもう……疲れた。今日はもう勉強とかできる気がしない。
はぁ、とため息をついて玄関に振り返った私は、思わず固まった。

「姉ちゃんが男と帰ってきた……!」

「ちょ、待て待て誤解だ。
落ち着け!ちょっと!どこ行くの!?」

ドアから覗いていたのだろう。弟がどこか嬉しそうにそう言って中に入っていった。
まさかお母さんに言うつもりか?やめてくれ。本当にやめてくれ!
慌てて自転車をしまって、私は弟を追いかけた。



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