のぞくな危険

今になって思ったけれど、もしかしてこれって後輩いじめか……?首根っこを引っ付かんで茉咲ちゃんを捕まえた私は、じたばたと暴れる彼女を見ながらそう思った。
壮絶なおいかけっこを繰り広げたおかげで、松岡くんはどこかに行ってしまった。というか、私たちが行ってしまったという方が正しいのか。離せば今にも逃げ出しそうな彼女をガッチリと捕まえて、私はため息を着いた。あまり人がいないところでよかった。

「で?
今日の行動はなに?」

「……」

「私、あなたに何かした?」

「……」

「黙ってちゃわかんないんだけど。」

「……」

初期の浅羽かお前はっ!
つんとそっぽを向いたまま、茉咲ちゃんは何も言わない。
私は再びため息をついて、早いが確信に触れてみようと決めた。

「松岡くんは、私のことを友達としか思ってない。それに私も、松岡くんをそうやって思ってる。」

「っ、」

パッと振り向いた茉咲ちゃんをじっと見つめれば、すぐに目を反らされてしまった。が、手応えありだ。やっぱり彼女の行動の原因は私と松岡くんの関係か。焼きもちを焼かれるような関係じゃないのに。

「ただでさえ浅羽との関係をごちゃごちゃ言われてムカつくっていうのに、浅羽で浅羽くんで、次は松岡くん?
全部あり得るわけないでしょ。」

「……あんたが好きじゃなくても……、」

「松岡くんが私を好きになるかもって?
ないない。絶対ない。こんな私を松岡くんが好きになるはずない。」

信じてくれませんかね。
相も変わらずそっぽを向き続ける茉咲ちゃんは、いったい何が信じられないのか。恋する乙女とは複雑な生き物のようだ。

「何でそんなに信じてくれないわけ。」

「……」

クラスでは特にそれらしい行動はしていないだろうに。ということはやっぱに昨日送ってもらったのを見られたか。でもそれを聞いてもし目撃されていなかったりしたら、墓穴を掘ってしまう。だからといって原因がそれだったら埒があかないし……。
ええい、知るかっ!その時はその時だ!

「あのさ、もしかして昨日私と松岡くんが二人で歩いてるの見た?」

「……っ」

図星か。それなら少し仕方ない気もしないでもないが。
私は何度目かのため息をついて茉咲ちゃんを掴んでいた手を離した。逃げるかとも思ったが、そんなことはせず、茉咲ちゃんは怪訝そうに私を見上げる。

「あのね、あなたもよくわかってるでしょ。松岡くんはすっごく優しい人なの。
そんな松岡くんが仮にも女の私を一人で帰すわけないじゃん。
私があなたでも、松岡くんはおんなじことをしたはずだよ。」

「……」

「これでも信じられないなら、私はどうしようもない。
でもあなたが考えているようなことはないから。絶対に。」

「……」

「あー、じゃあもう信じてくれなくていいよ。でも、私をつけ回すのはやめて。迷惑だから。」

それだけ言って、私は踵を返した。松岡くん置いてきちゃったよ。今どこにいるのだろうか。
しばらく歩いてからチラと後ろをうかがってみるが、どうやら追ってきてはいないようだ。泣いてなきゃいいけど。泣いてたらまるで泣かせた方が悪いみたいな法則があるからね。特に女子は。

「あ、天草さんっ
やっと見つけた……っ、もう!どこ行ってたんですか!急に走り出してびっくりしたんですよ!」

「ごめんごめん。
例の修羅場をちょっとね。
でももう終わったから。待たせちゃってごめんね。浅羽くん、もういっちゃった?」

「さっき呼び止めておいたから大丈夫だとは思いますけど……」

奇跡的に合流できた松岡くんは、どこか不安そうな表情で私を見ている。きっと、修羅場云々が心配なのだろう。私なんかと違って優しい人だからな、松岡くんは。
そうこうしているうちに、私が走り出したせいで遠ざかってしまった浅羽くんの教室にたどり着いた。私は無事、浅羽部長から見学許可をもらい、あとは先生の許可を得られれば見学できる。
でも、でもだよ。

「何であんたらまでいるんだ。」

「え、俺?
暇だから!」

「悠太を天草さんから守るためです。」

橘くんと浅羽が来たらなんていうかもう、終わりな気がする。嫌な予感しかしない。
橘くんも橘くんだが、浅羽の理由もどうだ。まるで私が危険人物のようじゃないか。否定はできないけれど。
激しく不安になりながら、私たちは茶道部にお邪魔した。

「天草さんの浴衣取ってきますね!」

「あ、え、いいよいいよ!
今日はちょっと見せてもらうだけで!」

「せっかくですから!
今日1日は茶道部ということで。」

「と、とりあえず先生に許可とってからにしようよ!あ、松岡くんっ」

聞いちゃいない。部室の奥へと消えていった松岡くんは、なんだか楽しそうだ。
ちょうどその時現れた茶道部の先生、名前は十先生というらしい。その先生に、浅羽くんが見学の許可を取ってくれた。

「天草詩織です。
今日はよろしくお願いします。」

「茶道を志すのはいつからでも遅くありません。
3年生だからと迷っているそうですが、いつでも待っていますよ。」

「あ、ありがとうございますっ」

十先生、とてもいい人のようだ。
その後松岡くんが持ってきてくれた浴衣片手に部室の奥に退散する。
着方はいまいちわからなかったのだが、見よう見まねで帯を巻いていく。ここにいる知り合いは皆男だし、頼るに頼れないからな。

「これ、できてるのかな……?」

「できてるんじゃないですか?」

「っ?!な、な……っ」

ばっと振り返れば、襖から浅羽が顔を覗かせていた。顔に熱が集まってくる。何を考えているんだこいつは!いったいいつから?!
パニックになりながら、私は咄嗟に手に持っていた制服を投げつけた。

「ば、バカバカバカ!!
なに考えてんの?!今すぐ出てけ!!」

スカートもシャツも下に来ていたTシャツもすべて投げつけ、ふすまを全力で閉めた。
肩で息をしながら、改めて自分の格好を見る。今は恐らく大丈夫だ。問題はいつからヤツが覗いていたか。さすがに私なんかの半裸体を見たいとは思わないだろうから、最初から見られていたことはないだろうけれど。
かなり恥ずかしい。まだ熱い顔を手で覆って、私はしばらくそこから動けなかった。
ふすまの向こうからは、橘くんの笑い声が聞こえる。アイツもグルか。
しばらく外の声に耳を傾けてみることにした。

「どこまで?どこまで見たんだゆっきー!」

「いや、普通にもう着てたけど。」

「えー、つまんねぇ!」

つまんねぇじゃねぇよ。こっちは大迷惑だよ。ふざけるなよホントに。

「二人とも本当に覗いたんですか?!
天草さんは女の子なんですよ!もー!何考えてるんですか!」

「祐希も千鶴も後でちゃんと謝らなきゃダメだよ。」

「なかなか帰ってこないから見てみろって言ったのは千鶴だし。」

「天草さんに嫌われてもいいの?」

「悪いのは千鶴だよ。」

「何っ?!同罪だろー!」

「どっちも悪いです!
今すぐ謝ってきてください!
天草さんが茶道部嫌いになっちゃったらどうするんですか!」

それはないから大丈夫だよ、松岡くん。
そして早く自分の否を認めなよ浅羽。
このままだとらちが明かない。私は顔の熱を無視して立ち上がり、ふすまをあけた。
唇を突き出した浅羽と橘くんに、不安そうな表情の松岡くんがはっとしたようにこっちを見る。浅羽くんは私を見た後、促すように浅羽と橘くんに合図した。

「怒ってますか。」

「……怒ってるけど。
見てないなら、もういいよ。」

「さすがっ!」

「でも謝ってはほしいかな。」

「ごめんなさい。」

頭を下げた二人に、私は苦笑した。
やれやれだ。



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