ゆずりませんっ

中間テストがようやく終わった。それは、クラスの一区切りともなるわけで。
帰ってきた順位表を見れば、大体二桁、調子がよかった教科は一桁だった。こんなもんか。そう思いながら紙をしまおうとした時、

「まだまだですね。」

後ろから憎たらしい言葉が聞こえ振り返ると、浅羽が私の順位表を覗き込んでいた。
なら自分の順位表を見せてみろ。浅羽の手にあるそれを見ようと身を乗り出すが、すいと遠ざけられてしまった。ムカつくな。

「あんたには言われたくない言葉だよそれ。
ギリギリ追試免れたくせして。私が教えた数学と古典くらいもうちょっと頑張ってよね。」

「追試免れれば十分だと思いませんか。」

「私は思いませんね。」

受験しないなら別だけど。そう呟きながら、今度こそ順位表をしまった。
中間テストが終わった。繰り返すようだが、それはこのクラスの一区切りともなるわけで。これを期に、恒例行事が行われようとしている。
回ってきたくじ引きを、私は特に何も考えずに引いた。書かれている番号と、黒板の座席表を照らし合わせる。そう、恒例行事とは、席替えだ。
私は窓際の一番後ろというなかなかにいい席を引き当てた。私のくじ運も捨てたものじゃないかもしれない。

「あー、ガラスが割れたら一発で死ぬ席ですね。」

「だから勝手に見るな!
しかも最悪な例えにしてくれたな。そういうあんたはどこになったわけ?」

今度は隠さず見せられた紙。私からは大分離れた前の方の席だった。
ざまあみろ。これで雑誌なんか読んでいられないぞ。
でもこれで、こんな会話をすることもなくなるんだろうな。そう思うと、ほんの少し寂しいと思わないこともない。なんて、きっと気のせいだな。そうしよう。

「それじゃあね。
前の席の子に迷惑かけるなよ。」

「……」

鞄を持って立ち上がる。浅羽は何か言いたげにこっちを見ていたが、ため息をついて机のうえのものをまとめ始めた。なんだか気になる反応だけれど、まぁいいや。
新しい席に着いた私は、頬杖をついて外を眺めた。平和だ。

「うーん、」

「どうしたの?」

その時、隣から唸り声が聞こえた。新しく隣になった彼女はぐっと眉にしわを寄せて黒板を見つめている。もしかして見えないのだろうか。そう思い声をかけると、案の定黒板の文字が見えないらしい。事前に前の席になるくじ引きもあったのだが、だいたい誰も名乗りでないし、まさか一番後ろになることはないだろうと引かなかったという。

「でもこれじゃ授業大変だもんねー。
諦めて前の席にしてもらってくる。」

「そっか。
いってらっしゃい。」

ひらひらと手を振って、彼女の様子を後ろから眺めた。
前の席のくじ引きの時、先生的には自ら前にくる生徒がほしかったようで、何度も繰り返して前の席の必要性を訴えていた。結局誰も名乗りでなかったので、先生は拗ねてくじ引きは破棄してしまったようだったけれど、今から言ってなんとかなるのだろうか。
心配だったのだけれど、どうやら少しのお叱りの後承諾してもらえたようだ。誰かと交代でもするのだろうか。先生が前の席の人たちをぐるりと見回す。俺が、私が、と後ろにいきたい人たちが名乗りをあげるなか、先生はそれをひと蹴りし、ぼんやりと頬杖をついて退屈そうにしている浅羽を指名した。

「え、ちょっと……」

まさか、浅羽と交代なんてことは……
浅羽は先生の言葉を聞いてチラとこっちを見たあと、小さくうなずいて立ち上がった。
う、嘘だ。後ろの次は隣だと?あぁもうほら、橘くんがやたら嬉しそうに浅羽に野次を飛ばしてるし、友達はめちゃくちゃいい笑顔で私を見てくるじゃないか。

「またよろしくお願いします。」

「……複雑だ」

どうしてこんなことになった。
先生、まだ知らないかもしれませんが、浅羽はめちゃくちゃ不真面目ですよ。後ろなんかにしちゃいけませんっ!
心の中で叫びながら、私は小さくため息をついた。また友達や橘くんがうるさそうだ。浅羽くんも、変なこと思わなければいいけど。

「詩織ー!
よかったね!一時はどうなるかと思ったよ!」

「なんですか。嫌みですか。」

「祝福だよ!
おめでとう!」

「アリガトウゴザイマス」

ふいとそっぽを向けば、友達はケタケタ笑いながら私の肩を叩いた。放課後、部活をやっていない私は後は帰るだけ。友達はもう少しで引退だからと気合いを入れて頑張っているから、残念ながら今日の帰りは一人だ。
徒歩数分のところを自転車で通学してるから、別に寂しくはないよ。本当に。

「じゃあね。」

「ばいばーい。
浅羽のこと考えすぎて事故に合うなよっ」

「考えないよっ!」

そんなことになったら死んでしまう。いろんな意味で。今日は勉強のお供であるチョコを買いに行こうと思っていたのに、なんだかいく気が失せてきた。ふぅ、と軽く息をはいて、私は教室を後にした。

「あ、天草さん。」

「、……あぁ、浅羽くん、なんていうか……」

かっこいいですね。いや、お世辞なんかじゃなく。図書館にでも寄っていこうと廊下を歩いていた私は、部活の途中だろう。浴衣を着た浅羽くんと遭遇した。とても絵になる方だ。思わず下から上まで眺めてしまった。
率直な感想を述べると、浅羽くんはしばらく黙った後、ありがとうございます。と呟いた。

「祐希と隣になったらしいですね。」

「あー、うん。なんかいろいろあって。」

さすが、情報が早い。私は苦笑して、居心地の悪さに鞄を持ち直した。実はちょっと嫌だと思ってしまった自分がいるのだから申し訳ない。否、もう嫌いじゃないのは確かなんだけれど、何て言うか、周りの反応が面倒で。

「またお世話かけます。」

「あはは、浅羽はもういいから、どっちかって言うと橘くんをどうにかしてほしいかな。」

「うるさいですか。」

「うるさいですね。」

「すみません。」

「いえいえ。」

悪いのは橘くんです。最近浅羽くんも乗っかってきてるみたいだけど、橘くんよりは気にならないので目をつむりますよ。
それから少し雑談をして、私たちは別れた。
さてと、なんか元気出たし、チョコ買いにいこう。

「あ、天草さん」

「……松岡くんか、どうしたの?」

コンビニ。
今日はやたら名前を呼ばれる。振り返ると、私の癒しがいた。聞けば松岡くんもお菓子を買いに来たらしい。持っているお菓子は私なんかよりよほど可愛らしいよ。
私もお目当てのチョコを買って、せっかくなので一緒に帰ることになった。

「松岡くん今日部活は?」

「今日はお休みしました。
ちょっと用事があったので。」

「そっかぁ。
茶道部だっけ?」

はい。と笑う松岡くんにきゅんきゅんする。ほんわかした笑顔が写ってしまいそうだ。
でもいいなぁ、茶道部。実を言うと、私も茶道部入ってみたかったんだよ。結局部活はいいや。と諦めてしまったけれど、今日浅羽くんを見てやっぱり入っておけばよかったと思った。
過去の自分が憎い。

「じゃあ見学にこればいいじゃないですか!」

「え、いいよ悪いし。
それにもう3年生だもん。今更だよ。」

「大丈夫ですよ!
ね、そうと決まったら早速明日悠太くんに相談しにいきましょう!きっといいって言ってくれますよ!」

「え、えー……」

嬉しいけれど、すっごく嬉しいけれど!本当にいいのだろうか。見学とはいえ、入るかもわからないし。仮に入ったとしても3年生。すぐにいなくなってしまうというのに。
でも、松岡くんはすでに行く気満々。行きたいのは確かだし、お言葉に甘えさせてもらうことにした。

「あ、松岡くんの家ここ?」

「はい。あ、でも……」

「どうかした?」

「送っていきますよ!
ちょっと暗くなって来ましたし、女の子一人では帰せません。」

私はしばらく固まってしまった。松岡くんってひとは、なんていい子なんだ!
いやでも、悪いし遠慮しておこう。私より、松岡くんの方が危ない気もするし。切実に。

「そんな暗くないし、大丈夫だよ。」

「ダメですよ!
春は変な人が出やすい時期ですし、危ないです!」

いや、危ないのは君の方……
出かけた言葉をぐっと押し込み、私はなんとか笑顔を浮かべた。

「大丈夫大丈夫。
家すぐだから。わざわざありがとう。
じゃあね!」

「あ、天草さんっ」

松岡くんには悪いけれど、走ってその場を後にした。したつもりだったのだけれど、どうやら手を捕まれてしまったようだ。松岡くん、意外と頑固なんですね。振り返ると、少しむっすりした松岡くん。なんだなんだ、かわいいな。

「もー!天草さん!
僕だって男の子なんですからねっ!」

「え、あ、いやぁ……」

「目を反らさないでくださいっ!」

どうやら私の思考はバレていたようだ。そこまで言われてしまえば断ることもできない、のか。私は苦笑して松岡くんの隣に立った。

「じゃあ、お願いします。」

「!、はいっ」

やっぱりかわいいなぁ松岡くんは。隣を歩きながら、私は茶道部見学を楽しみにしていた。松岡くんには感謝だ。一度でいいから経験してみたかったんだ、茶道。
茶道について、松岡くんにいろいろ話を聞いているうちに、家についた。

「ありがとね、助かったよ。」

「いえ!
見学、楽しみにしてますね。」

「うん、私も。」

でもまさか、松岡くんに送ってもらったことで面倒なことになるなんて、この時は考えてもいなかった。



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