なんなんですか

「帰りたい……っ」

橘くんに連れられて塚原宅にきた私だが、玄関で渋っていた。ぐいぐいと引っ張ってくる橘くんから必死で逃げようともがく。だって、ここに入ったらあいつが……っ

「玄関まで来たからもういいでしょ!」

「ダメダメっ!
勉強教えてもらわなきゃ!」

「だったらここじゃなくても……っ」

「皆でやった方が楽しいじゃん!」

勉強に楽しさなんかいりませんっ!
半ば叫ぶようにいいながら、じりじりと後ずさる。
あれだろ。橘くんの魂胆は勉強を教えてもらうことなんかじゃなく私と浅羽を接触させたいってだけだろ。わかってるんだよもう。でも接触させたって何にも面白いことないから。私服姿を見てドキッとするなんて展開ないから。夢のことを思い出して発狂する私が見たいなら別ですが。
人の家の前でギャーギャー騒いでいることが迷惑だと気がついた時、二階の窓がガラリと開いた。

「うるせぇぞ!
何やってんだよサル……、あれ、天草なんで……」

本当に何でいるんだろう。


塚原くんにまで上がってこいと言われてしまった私は、ついに断念して塚原宅に足を踏み入れた。大きなお家だ。

鼻歌を歌いながら前を歩く橘くんを一度どついてやりたかったが我慢した。最近我慢スキルが上がって来ている気がするのは気のせいだろうか。
彼についていくと、塚原くんのお母さんであろう女の人が出迎えてくれた。私のお母さんとは比べ物にならないくらいきれいな人ということと、塚原くんの彼女なのかと言う必死な表情の質問に圧倒されながら、なんとかそれを否定して塚原くんの部屋にたどり着いた。なんていうか、疲れた。

「天草さんのおなーりー!」

「え、なにそれちょっと押さないでよ……っ」

ぐったりしたところをまた橘くんに、次は押されながら部屋に入れられた。つんのめりながら入ったら私は、ひきつった笑顔を浮かべながらなんとか挨拶をする。頑張れ私。もう少しの我慢だ。

「アイスは忘れたけどかわりに天草さん連れてきた!」

「これで1人につき1人勉強を教えればよくなるな。助かったぜ、天草。」

「あ、あぁ、」

本当にやるのか。というか、いいのかアイスは。
半ば呆然としながら指定された場所に座る。ふと前を見れば、そこにいたのは浅羽だった。思わず顔を歪める。何でこうなるかなぁもう。
両隣には塚原くんと浅羽くん。塚原くんの前には橘くん。浅羽くんの前には松岡くんが座っていた。よし浅羽くん、とりあえず場所を交代しないか。なんて、さすがに浅羽に失礼だし、そんなこと言わないが。

「えー、俺天草さん?春交代しようよ。」

「なっ、人が気を使って言わなかったことをすんなり言いやがって……っ
こっちだって浅羽くんと交代したいよ!」

こいつなんかに気を使った私がバカだった。こういうやつだったよこいつは。思わず言い返した私は、ハッとして浅羽くんを見た。弟をこんな悪く言われて怒っていないだろうか。そう思ったが、浅羽くんの表情はどこかおだやかで。あれ?と思ったのと同時に、浅羽くんが立ち上がった。

「そういうことなら、」

「交代しちゃえー!」

まるであらかじめ予定しておいたかの如く、浅羽くんの言葉を繋げた橘くんがニヤリと笑って見せる。
え?え?と戸惑う私を尻目に、私と浅羽くんは席を交代。一番端になった私は、なんだか奇妙に思いながらお礼を言った。
まあ、いいか。松岡くんだったらいろんな意味で教えやすいし、私の癒しだし。そう思いながら前を見た私は思わずポッカリと口をあけた。相変わらず目の前には浅羽がいたからだ。

「なん……っ、」

でこんなことに?

「あんたも交代したら私が浅羽くんと交代した意味がないでしょうが!」

「だって千鶴が。」

「だってじゃない!」

浅羽の隣を見れば橘くんが松岡くんの肩に手を回している。「春ちゃんの隣の方がやる気が出るんだよね」らしい。まさかとは思うが、浅羽くんまで橘くんと手を組んで仕組んだなんてことはないだろうな。
浅羽くんに目を向けるとフイと反らされた。やっぱりそうなのか浅羽くん!君だけは信じていたのに……っ

「ま、ま、諦めて始めちゃいましょうぜ天草さん。」

「元はと言えばあんたが……、っていうか、私だったらやらないでしょ。浅羽が。」

「仕方ないからやってあげますよ。
早く教えてください天草さん。」

「それが人にものを頼む態度かっ!」

相変わらずなめてやがる。私と浅羽がなかなか勉強をはじめないでいるなか、いまいち状況のわかっていない松岡くんはポカンとしていて。あとは、呆れ顔の塚原くん。手を組んでいた橘くんと浅羽くんはそ知らぬ顔でそれぞれ問題集を広げていた。
仕方がないので私も浅羽と同じ問題集を広げる。浅羽の手が止まっている問題をシャーペンでこつこつと叩いた。

「ずの活用形は?」

「ず、ず、ずる、ずる、ずれ、ぜよ」

「なめてんのかお前。
何と勘違いしてるんだ。
ず、ず、ぬ、ね、でしょ。
もうひとつはざら、ざり、ざる、ざれ、ざれ。わかった?」

「あー」

聞いてるのか。
じゃあ次はこっちで。と差し出されたのは数学の問題。切り替え早いな。私が追い付かないんだけど。問題を見ると私がもっとも苦手とするベクトル。自分のノートを見てみると、式は途中で止まっていた。

「ちょっと待ってよ……
ごめん浅羽くん、ここってさ、」

急遽浅羽くんに助けを求めることにした。ノートを広げ、式を指差す。私のノートをのぞきこんだ浅羽くんは、しばらく考え込んだあと、簡単に説明してくれる。

「あとは比率を出して、」

「あ、そっか。
ありがと……、ぅえ、と……ご、ごめんっ」

フイと顔を上げればすぐそばに浅羽くんの顔があって、一瞬息が止まった。慌てて離れると、浅羽くんをはキョトンとしたが、すぐに意味を理解してくれたらしい。すみません。と小さく頭を下げられた。

「い、いや、私が悪いの気にしないで。
あ、で浅羽、この問題なんだけ、ど……」

なんという顔をしてるんだお前は。不機嫌を丸々表したような表情の彼に、私は面食らった。そこで思い出したのはいつしか浅羽兄弟3人で行った本屋までの道のりでの出来事。
そういえばコイツ、お兄ちゃんが大好きなんだった。こんなときでも発動するのか。まあでも、確かに以前よりは嫉妬しちゃうシチュエーションだったかもしれないけれど。
でもこのままだったら勉強も進まないし。私は小さく溜め息をついた。

「はいはい、私が悪かっ……」

「ごめんって祐希。」

え?と浅羽くんを見た。どうして彼が謝るのだろう。浅羽が怒っているのは私に対してのはずなのに。私に気を使ってくれたのだろうか。浅羽も否定するだろうと目を向けると、彼はなにも言わずに問題に目を通し始めた。
なんだなんだ。なんで何も言わないんだ。じゃあ私が違うのか?

「ノート」

「……え?」

「ノート、貸してください。」

「あ、……はい。」

混乱する私を知ってか知らずか。浅羽は私のノートを受け取り、式を書き写していく。そんなことしたら意味ないでしょ。といつもなら怒りにいくところなのだが、今日はなんだか言いづらくて。
その日、その事があって以来、浅羽は私と目を合わせてくれなかった。



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