あいすと自転車と赤ペンと
「天草さん、」
教室のなか、いつものように嫌みの延長戦の会話をしていたとき。ふと浅羽が真剣な顔をして私を呼んだ。
何事だ。少しドキッとして、私は浅羽を見返す。なんだか経験したことのない雰囲気だ。これは。何を言われるのだろう。
いつの間にか私と浅羽は教室のなかで二人きりだった。
変に心臓が音をたてている。まさか、……まさかこれは……っ
「俺、前から天草さんのことが、す」
「うわあああっ!!」
悲鳴を上げながら起き上がれば、そこは自室だった。ベッドの上で、しばらく呆然とする。頭の中がごちゃごちゃだ。
身体中に鳥肌がたっていて、心臓はバクバクと高鳴っていた。
悪夢を見た。まず第一にそう思った。そのあとに、今日が土曜日でよかった。とも。
「詩織ー?何事なのー?」
「な、何でもないっ!」
お母さんの声に慌てて返事をして、私はベッドから降りた。
目覚めが悪いにもほどがある。今日は1日このままずるずるとテンションが落ちていってしまいそうだ。
それにしても酷い夢だった。浅羽が私に以下略。これも皆が私に変なことを言うからだ。あいつがあんな気持ち悪いこと言うわけがない。それに、仮に、仮に皆の言う通り浅羽が私のことを好きだとしても、それは友達としてだ。あんな……あんなことになるはずがない。あぁ気持ち悪い。思い出したらまた鳥肌が……
「何叫んでたんだよ。」
下に降りれば弟に声をかけられた。高校生になって、中学よりは生意気さが抜けたけれど、相変わらずふてぶてしい。ちなみに高校は同じだ。その弟を軽くあしらってから私はトーストにかじりついた。あぁ、憂鬱だ。
「詩織、今日の予定は?」
「んー?へんひょー」
「勉強だって。」
「あぁそう。頑張ってね。」
通訳は弟。たまに怖くなるよね、兄弟って。見透かされてる感じがするときがあったり。
弟は部活があるらしい。お母さんもパートでお父さんはまだ寝ている。しばらくすると、私はリビングで一人になった。
はぁ、と溜め息がでた。勉強と言ったはいいものの、なんだかやる気がでない。でも中間テストが近いだけあって勉強しないわけにはいかないし……
そういえば赤ペンがなくなりそうなんだった。買いに行って、ついでに図書館の自習室に行けば多少はやる気が出るかもしれない。そうと決まれば即行動だ。簡単に身だしなみを整えると、勉強道具と財布だけを持って家をでた。
「……」
コンビニについて、文具コーナーを見てみるが、お気に入りの赤ペンはなかった。やっぱりスーパーまでいかなきゃいけないか。面倒だなあ、もう。
なにも買わずに帰るのも申し訳ないし、私はおにぎりを1つだけ買った。お昼にでも食べればいいか。
「あ、天草さん!!」
「、……げっ」
自転車の鍵をあけたその時、突然名前を呼ばれ顔を上げれば、そこにいたのは橘くんだった。あきらかにこっちに向かって走ってきている。嫌な予感しかしない。激しく逃げたくなるのをぐっと我慢して、橘くんを迎えた。
「天草さん、なにしてんの!?」
「赤ペン買いに来たんだよ。なくなりそうだったから。
橘くんは?」
「俺?
俺パシり!」
相変わらず元気だ。声のボリュームが違いすぎる。半ば仰け反りながら橘くんの話を聞いていると、どうやら彼は塚原君の家で幼なじみの皆と勉強会をしていたらしい。その間休憩と称してアイスを買いにいくことになったのだが、皆動くことが面倒くさくなって、譲合い(という名の押し付け)を繰り返した結果、結局じゃんけんをして橘くんは負けてしまった。と。
「それはお疲れ様。
じゃあ、勉強頑張って。」
「あー!
待って待って!」
ほらもう、やっぱり嫌な予感しかしないじゃないか。呼び止められた私は不機嫌面を隠しもせず振り返った。お金は出さないよ。今ホントにないから。自転車も貸さないから。心のなかで準備をしていると、橘くんは思いもよらないことを言ってきた。
「天草さんも一緒に勉強しね!?」
「しねぇ。」
「あ!ちょ、ちょっ天草さん!そこをなんとか!」
一気に冷静になった。
拒否の言葉を言い残して去ろうとしたのだが、橘くんが素早く自転車の荷台を掴んできたためにできなかった。
何を言っているんだこの人は。いくわけないだろうそんな得たいの知れない地帯。
「ほら!ゆっきーもいるしさ!」
それが嫌なんだって。否、それだけじゃないけれど。なかなか引き下がろうとしない橘くんに、自転車をおいて逃げようかとも考えた。でもさすがにそこまでやることは出来ないので、私はとりあえず自転車から降りる。
「かなめっちの教えかた怖いんだよー!」
「じゃあ浅羽くんに頼めば?」
「ゆうたんはゆっきーと春ちゃんの相手で忙しいのっ」
「言っとくけど私も怖いよ。」
「うっ……、いやでも女の子に教えてもらった方がやる気も出るかもだし……」
私が怖いことについては否定はしないんだな。まあいいけれど。
何かと理由をつけて私を誘い出そうとする橘くんに、私は溜め息をついた。どうして私なんだ。いや、なんとなく理由はわからないでもないが。
「天草さーん……」
「いや。」
「そこをなんとかっ」
「いや。」
「……」
そんなに塚原くんは怖いのだろうか。そんな風には見えなかったけれど。いや、ほとんど初対面の私にいきなり怖い一面なんか見せないか。
私の拒否の言葉に橘くんはしょんぼりと項垂れた。なんだか子犬のように見えて良心がじくじくと痛む。
しばらくの沈黙。なかなか顔を上げない橘くんに、私は不安になった。
「あの……た、橘くん……」
「……」
だ、ダメだ。なんだこれは。そんなしょんぼりしないでほしい。私が悪いのか?私は悪くないよね?
わ、悪く、ない……はずなんだけど……
「ち、ちょっとだけなら……」
「よっしゃ!!
天草さんこっちこっち!」
「は、え?!
立ち直りはやっ!」
あっという間に笑顔を浮かべた橘くんにびっくりする暇もなく。私は手を引かれコンビニを後にした。アイスはいいのだろうか。あと私の自転車……
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