かかわりません

「体育って、どうしてこんなに憂鬱になるんだろ。」

「そりゃあんた……。
出来ないからじゃん」

運動神経は中の中。今日のバスケットボールなんか、あの固いボールが友達から全力で投げられると思うと、これまた全力で避けたくなる。これでも一応中学まではバレーボールをやっていたから、それだけなら多少できる。言ってしまえばそれだけしかできないのだが。
友達のダルそうな質問にダルそうに返事をして、私はボールに顎をのせた。
その時、女子の黄色い悲鳴が上がった。何事だと振り返れば、彼女たちの視線の先には難なくバスケットボールをこなす浅羽がいた。相変わらず人気者のようで。いつもは全くやる気のやの字もみせないやつだけど、確か橘くんと賭けをしているとかで、今日はやけに張り切ってらっしゃる。
いつもこうだったら私もイライラすることなんかなくなるのに。はぁ、とため息をつくと、友達がニヤリと笑った。激しく嫌な予感がする。

「おーおー、ため息なんかついちゃって。
彼氏がモテるのはつらいねぇ。」

「違います。」

「照れちゃってー。
あ、ほら浅羽が来たよ。」

「は?」

友達に言われ見てみれば、確かに浅羽がこちらに向かってきている。なんだなんだ。ついでに女子の視線もこちらに向いていて、とてつもなく逃げ出したくなった。

「天草さん。」

「なに。」

「賭けに勝ったので漫画の新刊よろしくお願いします。」

いっている意味がわからなかった。ポカンとする私に、浅羽は言葉を続ける。

「賭けの約束です。」

「や、賭けしてたのは橘くんとでしょ?」

そう言って橘くんを探せば、彼は私の視線を受け止めてギクリと肩を揺らした。まさかとは思うがあいつ……。

「その橘くんの賭けの内容です。」

「っ、橘ぁっ!!」

思わず立ち上がれば、橘くんはものすごい勢いで走り去っていった。なんで私が二人の賭け事に巻き込まれなければならないんだ。しかもお金絡みだと?私は生憎バイトをしていないから財布のなかのお金はすべて親のものだ。普段なら気にしないけれど、今日ばかりは気にすることにする。

「あんたもあんただよ。
何でそんな内容鵜呑みにするかなぁ。」

「買ってくれれば誰でもいいので。」

「せめて本人に了解取ろうよ。」

はぁ、とため息をついて、私はボールをついた。払うのは絶対に嫌だ。でもこうやって断りつづけても、しつこく言ってくるのは目に見えている。だったら私も賭けをしてやる。

「じゃあ勝負しよう。」

「何のですか。」

「3ポイントシュート。」

持っていたボールを浅羽に押し付けた。受け取った浅羽は面倒くさそうに顔を歪める。

「勝手に私を巻き込んだあんたたちが悪いんでしょ。
普通なら買わないところを、条件に勝てば買ってあげるって言ってるんだからありがたく思いなよ。」


ほら、ちょうど隣のコート空いてるしさ。と指させば、浅羽はため息をついてそっちに歩いていった。いちいち腹立つな。ため息をつきたいのはこっちだと言うのに。
イライラしながら私もいこうとすれば、友達がくいと袖を引っ張ってきた。多分、なんとなく言いたいことはわかる。

「あんたそんな無謀な挑戦して大丈夫なの?」

やっぱりそうだった。
確かに、浅羽に勝負を挑むなんて、無謀だ。男女の差はもちろんのこと、運動神経の差まで大きい。でも相手はうまいと言えど素人。私には多少の経験がある。バレーボールのだけれど。
友達になんとかなるさ、と伝え、私はもうひとつボールを取りに行った。

「早くしてください。」

「うるさいなぁ。
今から行くよ。」

浅羽の催促に、私は小走りで浅羽のもとへ向かった。ふとまわりを見れば、私たちは注目の的になっていた。物好きな人たちだ。

「ルールは3回中多く入った方が勝ち。
で、私にハンデありで。」

「なしで。」

「いや、ありで。」

私が持ってきたボールはバレーボール。これならなんとか勝てる見込みがある。見てろ、セッターの意地だ。元だけれど。
嫌そうにする浅羽を一蹴りして、私は3ポイントシュートになる線の少し中に入ってボールをついた。

「で、私はここから。
あんたはそこから。」

「不公平です。」

「男女の差を考えれば公平です。」

いちいちうるさいやつだ。私はさっさと終わらせようとさっそくボールを放った。バレーボールで言うオーバーハンドというやつで。
放たれたボールは弧を描いてゴールネットを揺らした。どうだ、私だってやれば出来るんだ。これだけな。
どや顔で振り返れば、浅羽はパチパチと目をしばたいていた。驚いたようだ。参ったか。と胸を張ったその時、突然浅羽がボールを放った。慌ててボールを目で追うと、ゴールに向かって一直線。綺麗に決まった。途端歓声があがる。ムカつくな。珍しくかっこいいところ見せられたのに、あっという間に持っていかれてしまった。

「次、天草さんの番です。」

「わかってるよっ」

くそ、こうなったら絶対に勝ってやる。私はボールを両手で持って深く息をはいた。あれ、私下手したら試合より緊張してるかも。
そんなことを思いながらオーバーハンドでボールを放った。昔の練習のかいあってか、リングに多少当たったものの危なげなく入った。こんなところで役立つとは思ってなかったよ。私のセッター経験。

「やっぱりずるいです。」

「なにが。
どこからどう見ても公平でしょうが。」

文句を溢しながらもしっかりとゴールは決めるのだから腹が立つ。
でもこのままでは引き分け。どちらかが失敗しない限りつづいてしまう。負けるわけにもいかないし、どうしたものか。

「あんたもトスで入れようよ。」

「嫌です。」

ですよね。
投げるのとオーバーハンドではかってが違いすぎるし。
うーんどうしたら負けてくれるだろう。浅羽に得することで、かつ私にも被害が及ばない何かがあったらいいのだけれど。

「あ、」

あったじゃないか。うってつけの条件が。
いつの間にか見物客は増えていて、堂々と条件を突きつける事ができないようだから、私は浅羽の袖をちょいちょいと引っ張った。屈んでほしいと言う合図だったのだが、鈍いのかわざとなのか私に目を向けるだけの浅羽は相変わらずムカつく。仕方がないので精一杯の背伸びをして、浅羽の耳元に口を寄せた。

「私が勝ったら金輪際浅羽と関わらないよ。」

「……」

どうだ。これで私の勝ちが決定した。卑怯とか言われても困ります。この条件なら私にとってもいいことだし、周りにも被害は……及ばないはず。多分。
浅羽は相変わらずの無表情で私を見たあと、小さくため息をついた。
存分に呆れるがいいさ。私のお小遣いがかかってるんだ。私には勝たなければいけない義務がある。まあ、勝ちは決定している、気楽に行こうじゃないか。

「天草さんはバカなんですか。」

「え、」

今ボールを放とうとしたその時、突然浅羽に声をかけられ(しかもバカとか聞こえた)、手元が狂った。ボールはむなしくゴールに阻まれる。
やってしまった。キッと浅羽を睨み付けるが、ヤツは飄々としてボールを構えている。ムカつくな、こいつ。前からだけれど。
まぁいいか。きっと浅羽もミスるだろうし。サドンデスでけりをつければい……い、か……?
スパンと音をたててボールがゴールに入った。思考が停止する。は、入った?ってことはもしかして、私は負けてしまったのか……?

「手が滑りました。」

「……、手が滑ってあんなに綺麗に入れられても……」

がっくりと肩を落として、私は深く息を吐き出した。
これで漫画を買うことが決定してしまった。言ってしまえば500円くらいですむことなんだけどさ。あぁ、憂鬱だ。
まさか浅羽が私と離れられることより漫画を選ぶなんて思わなかったよ。




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