My friend was killed.

「由乃……?」

友達である我妻由乃の家に向かっていた私は、その家の異変に気がついて足を止めた。おかしい。もう空は黒く染まっているというのに電気がついていない。
出かけているのだろうか。と考えたが、それはないはずだと頭を振る。天野君のこととなると話は別だが、私を家に来るように呼んだのは由乃だ。「教室にプリントを忘れたから部活帰りに持ってきて欲しい」とメールが来たのは2時間ほど前。それにちゃんと返事をしたから、見忘れていると勘違いされることもないはずなのだけれど。
携帯を見てみると新着メールが1件。由乃からの謝罪のメールかと思い開いてみると、その内容は「外で待ってます。中は散らかってるから入らないでね」とかわいらしい絵文字がついた由乃からの文章だった。きっと私が彼女の家に向かっている最中にきたのだろう。

「……」

そういえばいつからだっただろう。由乃が部屋に入れてくれなくなったのは。そう思いながら一応インターホンを押してみる。でもやっぱり返事はない。
ゾクリと鳥肌が立った。嫌な予感がする。まさか、由乃に何かあったんじゃ……

「由乃、ねぇ由乃っ、いないの?」

ドアを叩くが、依然として家の中から物音はしない。ふと叩いたドアに違和感を感じてそっと横に引いてみると、そこはカラカラと音を立てて開いた。やっぱりおかしい。出かけるなら鍵をかけていくはずなのに。
私は意を決して家に足を踏み入れた。真っ暗な廊下を、大分前に数回来た事のある記憶だけを頼りに歩く。

「由乃、プリント持ってきたよ。
由乃。由乃……、っ?」

その時、つんと鼻につく匂いに足を止めた。思わずハンカチで鼻を覆う。その匂いに、全身の毛穴から汗が吹き出た。嘘だ。うそだうそだうそだ!!だってそんなはずがない。そんなこと、あっちゃいけない……っ
私はその匂いを辿って暗がりの中を歩いた。ゆっくりと足を踏み出すと、床がギシリギシリと音を立てた。そのひとつひとつに恐怖しながら、怖さを紛らわせるため、「由乃、由乃」と名前を呼び、歩く。壁を伝い、やっと1つの部屋にたどり着いた。恐る恐る、襖に手をかける。この匂いの正体が勘違いじゃなければ、大変なことだ。決して、あってはいけないことだ。

「……ひっ」

思い切って襖を開けた私は、当たってしまった嫌な予感に悲鳴を飲みこんだ。足がガクガクと震え、体重を支えきれずにしりもちをつく。

「ぁ……あ……っ」

そこにあったのは死体。この匂いはやっぱり、大量の血の匂いだったのだ。死体が3つ。1つはおばさんの。1つはおじさんの。そしてもう1つは……

「ゆ……!っ……ぁっ!?」

最後の死体に目を移したその瞬間。突然頭に鈍痛が走り、私は気を失った。
最後に見た光景は、私の脳裏に焼きついたまま離れることはなかった。




「……っ」

目が覚めて最初に見えたのは白い天井。私はベッドに横になっていた。ここは、どこなのだろう。頭がぼんやりとしている。私はどうしてしまったんだっけ。起き上がろうと動くと頭に鋭い痛みが走った。思わず顔を歪めて頭を押さえる。
その途端サッと流れるように思い出された光景に、私は血の気が引いた。そうだ。私は由乃の家に行って、それで……っ

「わ、……たし……うっ、んっ……はぁっ」

込み上げてきた吐き気を無理やり押さえ込む。ガタガタと身体が震えた。
信じたくなかった。由乃が、由乃が……、死んでしまったなんて。

「由乃……っ、由乃ぉ……っう、ふぅ……っ」

「なぁに?」

「……え?」

突然聞こえた声に耳を疑った。扉に目を移すと、そこにいた人物に目を見開く。私は無意識のうちに彼女の名前を口にした。

「ゆ……の……?」

「詩織、大丈夫?
まだ頭痛い?」

「ぇ……、あ、どう、して……」

由乃がいる。どうして……。じゃあ、あの死体は?
呆然と由乃を見つめて、どうしようもなく怖くなった。なぜが、目の前にいる彼女が、由乃じゃない気がした。外見は由乃そのものなのに、彼女のまとっている雰囲気が、仕草が、目つきが、一回りも二回りも成長、したような……。

「昨日家に殺人犯が入ったの。
私はたまたま出かけてたから助かったのよ。でも、パパとママは死んじゃった……
ごめんなさい、まさか詩織が来るなんて思ってなかったから。部屋の中には入らないでって言ったでしょ?詩織、殺人犯に頭を殴られて倒れてたのよ。」

「……」

どうやら私はその後病院に運ばれたらしい。どうやってかはわからないが。
由乃の話を聞きながら、私はいろいろと疑問に感じた。由乃の口ぶりは、まるで私が来る事を予期していなかったようだ。プリントを持ってくるように言ったのは由乃なのに。
それに、落ち着いて思い出してみてわかったことがあった。由乃の家にあった3つの死体。確かにたくさん血が出ていた。けれど、その血は3つのうち1つの死体からしか出ていなかったのだ。残りの2つ……、おじさんとおばさんの死体は、もっと前から死んでいたように見えた。そしてもう1つの、血が出ていた死体。それが由乃でないとなると、一体だれなのか。

「ねぇ、由乃……」

「何?」

私の目の前で微笑んでいる彼女は本当に私の知る由乃なのか。
由乃の厳しい家庭環境は知っている。門限が厳しいことや、勉強や運動も一流でなければ怒られるということも知っている。養子として我妻家に来た由乃だけど、義理とは言え育ててもらったお父さんとお母さんがつい昨日亡くなったというのにここまで平然としていられるものだろうか。

「由乃、メール見た?」

「メール?」

「由乃が私にメールしたんだよ。
プリント持ってきてって。だから家に行ったのに、どうして出かけちゃったの?」

「……ちょっと急用が出来ちゃったの。ごめんなさい。」

問い詰めると、由乃は困ったように笑った。それに違和感を感じる。やっぱり、いつもの由乃ではない気がした。じゃあ、彼女は誰だ。私の知る由乃はどこへ行ってしまったんだ。どうしようもない不安が私を駆り立てる。

「………あのね、由乃。私おじさんとおばさんの死体、見ちゃったんだ。
由乃にメールで外で待ってるから家には入るな。散らかってるから。って言われたから待ってたんだけど、全然出てこないから心配になって家に入っちゃった。だって、電気もついてないし、呼び鈴押しても誰も出で来ないのに、ドアの鍵は開いてたんだもん。何かあったのかもしれないって思って。」

「……」

由乃は何も言わない。私はもう彼女を見ることが出来なくて、うつむいたまままくし立てるように話した。

「家の中に入ったら、血の匂いがしたの。それを辿って行ったら死体を見つけた。
部屋は血だらけだったよ。
でもね、その死体、変だったの。あなたの言うとおりなら、死体はおばさんとおじさんのもの2つだけのはず。なのに何故か死体が3つあって、しかもそのうちの2つからは血が出てなかった。もう、ずっと前から死んでるみたいに、カラカラに乾いてたの。そしてその隣で血を流して誰かが死んでいた。
その死体は由乃と同じくらいの背丈で、由乃が昨日着ていた服を着ていて、由乃と同じ髪飾りをつけていて、……由乃と同じ顔をしてたよ。」

ねぇ。
見上げると彼女は、無表情で私を見ていた。それが何を意味するのかはわからないが、もう、私はほとんど確信していた。

「あなたは、誰?」

目の前の少女が、私が知る由乃ではないと。
私の問いに、彼女は薄く微笑んだ。

「私は私。我妻由乃本人。」

ゆっくりと近寄ってくる彼女を見つめる。どこからどう見ても由乃だ。だけど、どうしても、それだけでは納得が出来なかった。
手が、頬に添えられる。見たことのない笑顔を浮べた由乃が、くいと私の顔を持ち上げた。

「でも、さすが私の親友だわ。」

「……っ、どういう……んぅっ!?」

どういう意味なのか。そう問いただそうと開いた唇は、彼女の唇によって塞がれた。驚きで身体が硬直する。頭が混乱した。何が、起こっているのだろうか。私は、この人とキスをしてしまっているのか?

「ん、ぅっ、んんっ、はっ……んぁっ」

しかも押し倒されて舌まで入ってくる始末。必死で抵抗するのに、いつのまにか由乃は私に馬乗りになって足を拘束し、腕をがっちりと掴んでいた。涙が、頬を伝う。嫌だ。誰かもわからない相手と、好きでもない人とこんなことしたくない!
私の涙に気がついたのか、由乃はやっと離れた。でも足と腕は未だに押さえつけられていて逃げ出せない。私は泣き顔を隠すことも出来ず、無様に涙をこぼした。

「詩織、どうして泣いてるの?
頭が痛いの?死体が怖かった?大丈夫。由乃が忘れさせてあげるから。」

「!っ、やっ、いやぁっ!
由乃!由乃助けてぇ!!」

「詩織、由乃だよ。私はここにいるよ。
私を見てよ。」

「やだっ、ぁっ、ひっぅっ」

怖い。この人が怖い。
再び降りてくる唇から、必死で逃れようと身を捩る。それなのに彼女は自分が由乃なのだと頑なに言い張った。どうして、どうしてそんなことが言えるのだろう。由乃は死んだのだ。私はこの目で彼女の死体を見てしまったのだから。

「詩織、私だよ。
私は由乃だよ。」

「っ、嘘つき!
由乃はもう死んだの!!
もう由乃はいないんだよっ!
返して……っ、私の知ってる由乃を返してよぉっ!!」

「……」

わんわんと声を上げて泣いた。彼女はそんな私をしばらく黙って見つめていた。
悲しかった。悔しかった。その沈黙が、由乃はもういないのだと私に知らしめているようで。どうして、こんなことになってしまったのだろう。もっと早く私が由乃に家に行っていれば、私が由乃を引き止めていれば。
一気に静かになった病室で、私の泣き声だけがむなしく響いた。
その時、何を思ったのか、彼女は泣き喚く私の拘束していた腕をそっと放すと、私を包み込むように優しく抱きしめてきた。その抱きしめ方にハッとする。以前由乃が抱きしめてくれた時と、まったく一緒だったから。
男の子に泣かされた私を慰めてくれた時、私が空手の大会で優勝して2人で喜び合った時、怪我をして落ち込む私を励ましてくれた時。よくこんな風に優しく抱きしめてくれていた。
自然と身体から力が抜けていく。不思議と涙もピタリと止まった。

「ゆ……の……」

「詩織、由乃はここにいるよ。
ちゃんと詩織と一緒にいる。どこにも行ったりしないわ。
私は詩織が大好きだから。」

「ゆの……っ、由乃、由乃っ!」

ぎゅっと彼女を抱きしめ返す。すすり泣く私の頭を、彼女は何度も何度も撫でてくれた。
私は無我夢中で彼女から由乃の面影を見つけてはそれにすがりついた。大好きな大好きな由乃。女同士だって、そんなの気にしない。由乃が天野君を好きになったって、私は由乃を愛していた。

「だからね、詩織。
私と一緒に来て。私といたら、詩織は死なないで済むから。」

「え……?」

由乃の唇が、私の唇に重なる。いつのまに口に含んだのだろうか。流し込まれたそれを飲み込んだ私は急激な眠気に意識を失った。

「愛してるよ、詩織。」




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