昼間の住宅街を、堀と野崎、2人連れ立って歩く。
堀の様子はいつもと変わらないが、野崎は身体を小さくし、すれ違う人々の視線に怯えていた。
自分の首に変な凹凸が出来ていないか、首輪を付けていることに気づかれないか、不安で不安で仕方がない。
首を竦めてとぼとぼと歩く野崎を堀は下から覗き込み、

「なーんか元気ねぇなぁ、寒いの?」

こんなにモコモコなのになーと野崎の腕を揉んでくる堀に、あんたがさっき取り付けた如何わしい物体のせいです!と叫んでしまいたい衝動を、野崎はなんとか押し留めた。
昼食時ともあってか、住宅街の人の通りはまばらだった。野崎は安堵のため息を吐く。
この後どこに行くのかは知らないが、できればあまり人のいないところで過ごしたい。特に、知り合いなどには絶対に会いたくなかった。
しかし、こういった祈りほど簡単に見放されるもので。
野崎の願いはいきなり破り捨てられることとなる。T字路を左に折れた瞬間、聞き慣れた声が2つ降ってきた。

「え、あれって…」
「堀ちゃん先輩だ!!…あと野崎!堀せんぱーい!野崎ー!」
「ホントだ!野崎くーん!先輩ー!」
―佐倉と鹿島…!!

数メートル離れたところからこちらに向かって走ってくるのは、私服に身を包んだ佐倉と鹿島だった。
野崎の身体に一気に緊張が走る。そんなこととは露知らず、2人はいつも通りに堀と野崎の前に立った。

「こんなところで会うなんて奇遇ですね!」
「あぁ、そうだな」
「堀先輩、野崎と出掛けたりするんですねー…」
「あぁ、まぁ、たまにな」

いつも堀とは自宅で一緒に過ごすことが多く、出掛けても比較的近所の喫茶店や甘味処くらいにしか行ったことがない。犬の散歩なんて名目だが、一緒に長時間歩くなんてレアな体験だった。
それなのになぜこんなことに…と野崎が内心落ち込んでいると、佐倉と目が合った。佐倉は野崎の格好を熱心に見ている。野崎は思わず半歩後ずさった。

―まさか…バレた!?

首元に手をやりたい衝動を必死に抑える。そんな行動をしたら余計に不審だ。
野崎の内心の焦りを余所に、佐倉は野崎に声を掛ける。

「野崎くん、今日はニットセーターなんだね」
「あ、あぁ、へ、変か?」
「ううん、全然!えっとね、なんか…」

頬をほんのり赤らめて視線を落とした佐倉は、台詞の続きが言いにくそうに見える。
なんかって、なんかってなんだ。内心ダラダラと汗をかいている野崎を前に、佐倉はパンッと両手を打つと満面の笑みで、

「なんか、白くまさんみたいで可愛い!」
「そ、そうか…」

野崎は思わず詰めていた息をハーッと吐き出した。良かった。これで、犬みたいなどと言われた日には、両手両膝を地面に付いてしまうところだった。
野崎と佐倉がそんなやり取りをしている一方で、堀と鹿島も会話を進めていた。

「お前らはどっか行くのか」
「はい!私たち、プラネタリウムに行くんです!今は冬の星座が紹介されてて、すごくロマンチックらしいんですよー!で、その後はカフェでお茶します!先輩達も一緒にどうですか!?」
「いや、俺たちはショッピングモールに行く予定なんだ。悪いな」

鹿島のハイテンションな誘いをさらりとかわす堀。というか、ショッピングモールに行くつもりだったのか!?、と当事者である野崎が堀の隣で驚いていた。
もっと人気の少ないところに行きたかったのに…と野崎が肩を落としていると、堀が代わりと言っちゃぁ何だけど、と言葉を続けた。

「昼飯まだなら、お前ら一緒に食わねぇ?俺、朝飯抜いたからすげぇ腹減ってるんだよなー。どうだ?」

堀の提案に鹿島と佐倉は目を輝かせ、対照的に野崎は顔を青ざめさせる。
知り合いの2人とは一刻も早く離れたいのに。しかし、ここで嫌だなどとは言えない。佐倉は友達だし、鹿島は堀が1番に目を掛けている後輩だ。その関係にヒビを入れることなど、野崎にはできなかった。

「わー!嬉しいです!一緒に食べましょう!」
「そういえば、さっき通ってきた道に新しいファミレスできてましたよ!先輩、そこでいいですか?」
「構わないぞ。お前ら、道戻ることになるけどいいのか?」
「全然構いません!じゃあ、早速行きましょう!」

意気揚々と歩き出す鹿島と佐倉の背を、野崎は暫し呆然と眺めてしまった。
そんな野崎に、堀が横からボソリと声を掛ける。

「…そんな固くなんなよ。ただ一緒に飯食うだけだろ?」

先ほど鹿島たちと話していた時とは全く違う、低い声音で囁かれて、野崎はびくりと背筋を跳ねさせた。
そうだ。ただ一緒に昼食を共にするだけ。学校でも私生活でも、何度もやってきたことではないか。

「堀ちゃんせんぱーい!早く早くー!」
「野崎くんも!お昼時だから混んじゃうよー!」

鹿島と佐倉が振り返り、2人を呼ぶ。

「わ、わかった!」

野崎は返事をすると、堀と共に彼女たちの元へと駆けて行った。


予想通り、昼食時のファミレスは混雑していた。しかし幸運なことに最後の1席に滑り込めた4人は、待ち時間もなくすぐに着席することができた。
メニューを広げ、あれやこれやと相談してから、各々の選んだ物とドリンクバーを注文する。
少々時間は掛かったが、暫くして4人の前に暖かい食事が運ばれてきた。頂きます、と手を合わせてから各自食べ始める。
野崎が頼んだ物はミートドリアだった。とろけたチーズとミートソース、そして米の味がマッチしていて美味い。そして熱い。
あまり着用しないタートルネックなんて着ているものだから、食べながら汗をかいてきた。そんな野崎を隣で見ていた堀は、

「野崎、それ美味そうだな。一口くれ」

そう言ってあー、と口を開ける。
野崎は口に運びかけていたスプーンを止めると、

「え、いいですけど、これドリアだから熱いですよ」
「気をつける」
「本当に気をつけてくださいね」

忠告して、野崎は自分が食べていた時と同じように、スプーン上のドリアに2回ほど息を吹き掛けて熱を冷ます。そうしてから堀の口にスプーンを持っていくと、彼はそれをパクリとくわえた。
頃合いを見てスプーンを引き抜けば、ドリアはすっかり堀の口内に収まっていた。もぐもぐとドリアを咀嚼する堀はやがてそれを飲み込み、

「ん、うめぇ。ありがとな、野崎」
「いえ」

短いやりとりを終え、野崎は自分の食事を再開しようとした。と、その時、テーブルを挟んだ斜め前から視線を感じた。
顔を上げてそちらを見ると、鹿島がぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
なんだろう、と野崎は考えて…己のやらかした失態に気づき、顔からザァッと血の気を引かせた。

―しまった!!つい、いつものクセで…!!

いつの頃からか、喫茶店や甘味処または自宅でスイーツを食べていると、堀が野崎の食べている物を一口くれと言って、口を開けてねだるのが恒例になっていた。野崎もそのおねだりを嫌がることなく、甘味を乗せたスプーンやフォークを堀に差し出していた。
むしろ、堀と甘味の美味しさを共有できて嬉しかったくらいだ。嫌がるどころか幸せすら感じていた。
甘味以外を与えたのは今回が初めてだったが、どう見ても手慣れた仕草だっただろう。口を開けて待つ堀と、スプーンを引き抜くタイミングを見計らっている野崎。ちょっと突っ込んで考えたら、ちょくちょく行っている行為だということがバレてしまう。
どうか深く考えないでくれ!、と願いながら顔を伏せた野崎は、はたと思い出す。このファミレスには4人で来ていたということを。
そろり、と正面に座る佐倉を見やると、バッチリと目が合った。そして、すごい勢いで顔を横に逸らされた。

―思いっきり引かれている…!!

ショックを受けた野崎は、頭上に岩でも落とされたようにがっくりと項垂れた。しかし、佐倉の反応も当然のことだろう。男子高校生の手慣れたあーんシーンなんて、気持ち悪い以外の何物でもない。
だが野崎の予想とは裏腹に、佐倉の心中を占めるのは全く別の思考だった。

―野崎くんにあーんしてもらえるなんて、堀先輩羨ましい!!

そう思いながら肩を震わせる佐倉。またその横で鹿島も、

―堀先輩にあーんできるなんて、野崎羨ましい!!

対象行動と人物を逆に、佐倉と同じく肩を震わせていた。
ファミレスの一角で妙な反応を見せる3人を余所に、堀は淡々と自分が頼んだハンバーグを平らげていく。
鹿島はそんな堀に対し、フォークを掴むと自分が頼んだパスタを巻きつけて、

「堀先輩!私のキノコパスタも美味しいですよ!一口いかがですか!?」
「え、いや、いらね」

あっさりと断られて、鹿島は野崎と同じく意気消沈した。テーブル上の空気が、さらに微妙なものとなる。

「俺、ちょっと飲みもん取ってくるわ」

そんな空間をさらりと放り出して、堀は席を立った。ドリンクコーナーに辿り着くと、彼はさりげなくサーバーの影にその身を隠す。
そこで堀は。声も立てず、1人腹を抱えて爆笑していた。



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