※堀先輩誕生日SS


数日後に迫った11月28日は、恋人であり先輩でもある堀政行の誕生日だ。
野崎にとって、初めて迎える恋人の誕生日。友人ならばある程度候補が絞れる誕生日プレゼントも、恋人となるととんと思い付かなかった。
考え抜いた末、野崎は1つの結論に達した。
わからないなら本人に聞けばいい。
元来、野崎はサプライズなどは苦手な性格だ。佐倉にどっきりを仕掛けたことはあるが、あれは人を喜ばせるサプライズとは違う。
何より、恋人と初めて過ごす記念日に失敗などしたくはなかった。
今月の原稿は既に上がっているので、今週はもう堀が泊まりにくる予定はない。
野崎は演劇部の練習が終わり、堀が帰宅した頃合いを見計らって彼に電話を掛けた。数回コールしたのち、電話が繋がった。

「野崎か、どうした?」
「こんばんは、先輩。部活、お疲れさまでした」
「おう、お前も学校お疲れ」

挨拶と軽い雑談を交わした後、野崎は心を落ち着けるべく数回深呼吸をした。別に変なことを聞くわけではないのに、緊張しているのは何故だろう。
覚悟を決めた野崎は、あの、と言葉を切り出した。

「先輩は、誕生日プレゼント、何が欲しいですか?」

一瞬の静寂を置いて、電話口からぶはっ、と堀が吹き出す声が聞こえた。

「おま…なんか声がおかしいと思ってたら…そんなこと聞くために固くなってたのかよ?」
「そ、そんなことって…大事なことじゃないですか!俺、先輩が欲しいものずっと考えてたんですけどわからなくて…もうこれが最終手段だと思ったんです!好きな人にはその人が望む物をあげたいんです!」

焦っているため、かなり大胆な告白をしていることに野崎は気づかない。
堀は野崎の台詞に電話の向こう側で1人嬉しそうに笑うと、うーん、と考え出した。
暫くして、堀は野崎の問いに短く答えた。

「お前」
「えっ」
「誕生日プレゼント、お前が欲しい」
「え、えっと…」
「もっと言うと、誕生日の翌日の、お前の休日を丸々1日欲しいかな」

話を聞くと、誕生日当日は金曜日で、演劇部の部員が活動後に堀の誕生日パーティーを企画しているという。
騒ぐのが好きな連中だから、パーティーも長引くだろうというのが堀の予想だった。
その後に野崎のうちに寄ってもゆっくり時間が取れないし、充分にいちゃつけない。
それなら1日遅れてでも、2人きりで誕生日を祝ってほしい、というのが堀の提案だった。

「1日俺の誕生日プレゼントになってくれねぇ?野崎」

堀が1日野崎を独占するということは、野崎もまた堀を1日独占できるということだ。
野崎は電話を握り締めるとコクコクと頷き、

「は、はい!是非、やらせてください!」

顔を輝かせて返事をした。

「じゃあ、土曜日は1日空けといてくれな」
「はい、わかりました」
「じゃあ、また明日学校でな」
「はい、また明日」

別れの挨拶をして電話を切る。
思わぬ提案に、野崎の心は浮かれていた。思い切って電話をして良かった、と顔に笑みを浮かべながら夕食の準備に取りかかる。
一方の堀は。獲物を見つけた獣のように、ギラリと瞳を光らせていた。


28日の翌日、29日土曜日。
堀は午前10時頃に野崎の家にやって来た。

「わりぃ野崎!寝坊した!」

駅から走って来たのか、呼吸を荒げ髪もところどころ乱した堀がリビングに転がり込んできた。
そんな堀を見て野崎はクスリと笑い、

「大丈夫ですよ先輩、気にしないでください。昨日、帰り遅かったんでしょう?」

昨日は鹿島が、部活後に部長の誕生日パーティーをするのだと意気込んでいたのを見た。あの調子では、簡単に帰してもらうことなどできなかっただろう。
案の定、堀は乱れた髪を整えつつ、

「おー…あいつらレストランの個室予約してやがってよ。しかも大部屋。高校生の誕生日パーティーに気合い入れすぎじゃねぇ?しかも補導されるギリギリの時間まで居座るし。最後は全員蹴り入れて帰したわ。ホントあいつら、人の誕生日にまで手のかかる…」

ブツブツと文句を言いつつも、堀の目元は優しげだ。この優しさと面倒見の良さが慕われる理由なんだろうなぁ、と野崎は口許を弛ませた。
堀が鞄を床に置くのと同時に、野崎は机の上に用意してあった箱を手に取った。
ダークブラウンの包装紙とシルバーのリボンで装飾された長方形の箱を、そっと堀に手渡す。

「1日遅れましたが…堀先輩、お誕生おめでとうございます」

そう告げて微笑むと、堀はぽかんと口を開けて野崎を見上げた。

「え…お前、用意してくれてたのか?」
「はい。やっぱりオーソドックスなプレゼントも渡したくて…すっごく迷ったんですけど、先輩に似合うんじゃないかなと思って決めました。ほんの気持ちです」
「マジか…俺は今日、お前を独占できるだけでよかったのに…すげぇ嬉しい。ありがとな」

微笑み返してくれる堀に、野崎の心は暖かくなる。
開封する楽しみは後に取っておきたいとプレゼントを自身の鞄にしまう堀に、いつでもどうぞと返した。
ふと、ごそごそと鞄の中身を漁る堀の手元が気になった。いつも身軽に野崎のうちにやって来る堀にしては、荷物がやけに多い気がする。
野崎は素直に堀に質問した。

「先輩、その鞄、何が入ってるんですか?」
「んー?これか?」

指を指して問うと、堀は鞄から中身を引っ張り出した。じゃーん、と効果音を付けて広げてみせる。
取り出された物は、タートルネックの白いニットセーターだった。縦柄のケーブル編み模様が何本も施されたそれは、寒くなった今の時期に着るにはぴったりで暖かそうだ。
ただ、堀の私物にしてはやけにサイズが大きい気がする。
野崎が首を捻っていると、堀はセーターを野崎の目の前に翳して笑顔でこう言った。

「お前にやる。今日はこれ着て一緒にいてくれ、野崎」
「は?」

突然の言葉に野崎が目を丸くする。
やる、とは文字通り、堀は掲げているセーターを野崎にプレゼントするつもりなのだろう。
今日は堀の誕生を祝うために設けた日だ。祝う側の自分が物を貰ってどうする。
野崎は慌てて抗議した。

「な、何言ってるんですか先輩!今日は先輩をお祝いする日ですよ?先輩が俺にプレゼント渡してどうするんですか!」
「お前こそ何言ってんだ。俺は俺が貰ったプレゼントを自分好みに飾り付けたいだけだぜ?お前は今日1日、俺へのプレゼントなんだろう?」

さも当然だ、と言わんばかりの堀の態度に、野崎は言葉を詰まらせた。
確かに、先日自分は電話口でそう約束をした。しかし、祝いたい相手から貰い物をするなんてやっぱり納得がいかない。
野崎はなんとか妥協点を探し出そうと考えを巡らせ、

「…わかりました。そのセーター、買い取ります。今財布を…」
「プレゼントから金取る奴がどこにいる!俺はこれを着てるお前が見たいんだよ。つべこべ言わずにさっさと着替えろ!」

もう一秒たりとも待てない!、とばかりにぐいぐいと迫ってくる堀の迫力に野崎はたじろいだ。ここで、でも、などと反論しようものなら、無理矢理服をひん剥かれそうな勢いだ。いくらなんでもそれは怖いし、堀の機嫌を損ねたくはない。
好きな人と初めて過ごす記念日に、失敗などしたくはなかった。
野崎はハァ、と息を吐いた後、堀に頭を下げてセーターを受け取った。

「すみませんでした…すぐ着替えますね」

着ていた黒色のジャケットを脱ぎ、代わりにセーターに腕を通す。黒を基調としていた野崎の服装は一転し、白く明るいものへと変化した。
首元の布の長さを調節している野崎を見ながら、堀は感嘆の声を上げる。

「おー!やっぱり似合うじゃねぇか!お前、暗い色の服ばっか着てるけど、絶対白も似合うと思ってたんだよなー!」

自分の見立てが当たっていたことが嬉しいらしく、野崎の手を取らんばかりの勢いで喜んでいる堀。そこまで誉められると照れくさい、と野崎は頬をほんのりと赤らめて苦笑した。
腕を組んでうんうんと頷いている堀と、恥ずかしさから頬を掻いている野崎。2人の間に和やかな空気が漂う。
暫くして、堀はくるりと野崎に背を向けた。

「で、次なんだが」
「えっ、次!?」

心地よい空気が一気に霧散した。また鞄を漁り出す堀に、野崎は驚きを隠せない。
まさか、全身をコーディネートするつもりなのだろうか。上半身の次とくれば下半身、つまりパンツだ。しかしそれはウェストやら丈やら、いろいろと問題があるのではないだろうか。いや、むしろ考えるべきはそこではない。もしかして堀は、自分が渡したプレゼント以上に金を使っているのではないだろうか。それでは自分は、恋人の誕生日を祝う側として情けなさすぎやしないだろうか?
一瞬で様々な思考が頭を過った野崎を余所に、堀は目的の物を摘まんで野崎に向き直った。
それは野崎が予想していた物ではなかった。
セーターと同じく白色のそれは帯状の物体で、等間隔に丸い穴が空いている。幅は3cmくらいで、少々厚みがある。先端を堀の指で挟まれたそれは、びろんと床に向かって垂れ下がっていた。
野崎はそれに見覚えがあった。が、似て非なるものであろうと結論付けた。
なぜならそれは、人間が身に付けるべき物ではなかったからだ。

「チョーカー…ですか?」
「いや、首輪」

首輪。
たった3文字の言葉が、なかなか野崎の頭に入ってこなかった。だって、ここにはそれを付けるべき愛玩動物は存在しない。
固まっている野崎の首元に、堀の手が掛かる。二重になっているセーターの首部分をさらに折り曲げ、野崎の喉元を晒す。比較的ゆとりを持った作りのタートルネックは、簡単に堀の侵入を許してしまった。
思考が停止し、動けなくなった野崎をそのままに、堀が語りだす。

「俺さぁ、昔から犬が飼いたかったんだよ」

野崎の首にぐるりと両腕を回す堀。それだけなら胸がときめく行為なのだろうが、堀の両手には首輪が握られている。

「でも家族にアレルギー持ちがいてさ、ずっと諦めてた」

首幅に合う穴を見つけ出し、金具で固定する。固く擦れる感触がしそうな首輪は、見た目に反して柔らかく、野崎の肌に馴染むようだった。

「人間用の首輪だから痛くないだろ?…うん、お前、やっぱり白似合うわ」

1人納得する堀とは対象的に、野崎は完全に置いてきぼりだった。唯一、堀がずっと犬を飼いたいと思っていた、という情報だけは耳に入ってきた。しかし、その話と自分が首輪を付けることに、一体どんな関連性があるというのだ。
堀は野崎のタートルネックを元の形に戻してやり、未だ固まったままの野崎に告げる。

「お前がプレゼントになるって話、あれ少し言葉変更な」

堀は天使のような笑顔でにっこりと微笑むと、

「野崎。今日1日俺の飼い犬になって?」

そう言って、ことりと首を傾けた。
プレゼントと飼い犬。1文字も合っていない。いや、誕生日プレゼントに生き物を送る場合はある。この二語はイコールで繋がるのか。
野崎の頭は混乱を極めていたが、堀の行動は止まらない。堀は野崎の手を取ると、

「犬っていったら散歩だよな。外行こうぜ、野崎」

外、という単語に野崎の身体は漸く反応した。

「せ、先輩…!ちょ、ちょっと待って…!」

手を引き玄関に向かおうとする堀に反し、野崎は足に力を込めて踏み留まる。
外に出るのか。服に隠れているとはいえ、首輪をしたこの状態で。
顔を青くし冷や汗をかいている野崎を振り返ると、堀は至極残念そうな顔をして、

「…嫌なのか?」

しょんぼりとした様子で問うた。その姿に、野崎はひどい罪悪感を感じた。
はっきり言って嫌だ。嫌に決まっている。首輪を付けて外出するなんて。
でも今日は、己は堀への誕生日プレゼントなのだ。堀からの要求はなんでも呑む心づもりでいた。事態はかなり予想外の方向に走っているが、今だってその気持ちに偽りはない。
好きな人の要望を叶えたい。それが自分の望みなのだ。
好きな人との記念日に、失敗などしたくはない。今までに何度そう思ってきただろう。
野崎は拳にぐっと力を込めると蚊の鳴くような声で、

「行き、ます」

そう告げた途端、堀の表情がパーッと明るくなった。野崎はそんな堀から思わず視線を逸らす。
本当はまだ、行きたくないと思っている。その本心を悟られないようにするために。
ともすれば涙目になってしまいそうな自身を、野崎は内心で叱咤した。



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