#限界オタクのBL本 より
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(卒業ネタほり←のざ冒頭部)

疲れた体を湯船に沈めたものの、今度は出るのが億劫になってしまった。
時間の経過と共にどんどん温度を下げていく湯船に浸かり続けていたら、風邪を引いてしまう。そう頭では分かっているのだが、どうにも腰が持ち上がらなかった。
上唇にぬるま湯が被るほど深く、野崎は浴槽に肩を沈めた。チャプン、と耳元で水音が鳴る。浴室に小さく、虚しく反響するそれに耳を傾けながら、野崎は入眠時のように静かに瞳を閉じた。
野崎の瞼の裏に映るのは、満開の桜の木の下で友と笑い合う想い人―だった人の姿。
三月一日。今日は浪漫学園の三年生―堀の卒業式であった。
多くの卒業生と同じく胸元に記章の花をあしらった堀を、在校生である野崎は、ただただ遠くから見ていた。式を終え、体育館周りの桜の袂で談笑する堀に、野崎は声をかけに行く勇気を持たなかった。

―卒業おめでとうございます?新生活応援しています?これからもお元気で?今までありがとうございました?

脳裏にポツポツと浮かぶ言葉の全てが薄っぺらい気がした。
昼間、堀の前に立てたとして、一体どんな顔でこれらを伝えれば良かったというのだろう。そんな簡単な問いにさえ、野崎は回答を導き出すことができなかった。

「…」

薄目を開け、眼前の水面に映る己を見る。自身の職業とは裏腹に、色恋話など滅法似合わぬ烏羽色の瞳がこちらを見返していた。
時折揺らぐ己の姿を見つめながら、野崎は水中で、音も無くぽつりと呟く。

―貴方が、好きです。

「…ッ」

あぁ、やっぱり似合わない。唇から零れた台詞の意味も、想いを向けていた相手も、くしゃりと歪んだ相貌も。全部、全部、己には似合わない。
世話になった同性の先輩に向かって、好きだ、なんて。こんな告白はやはり、柔らかな桜の花弁を見上げながら感慨深げに微笑んでいた、彼の人に伝えるべき言葉ではないのだ。
そう再度認識し、野崎はザバリと、無言のままに湯船から上がる。随分と冷えてしまった浴室の空気が肌を刺したが、これで良いのだと思った。





その後、堀が新生活をスタートさせるまでの期間。三月三十一日までの怒涛の人生劇を、野崎は未だ知る由もない。



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