※フォロワー様捧げ物SS


−自信がないんだ。

恋人である御子柴にフィギュアのように愛してもいいかと聞かれ、不可思議な申し出に野崎は首を捻った。フィギュアというのは多分、御子柴愛蔵の品々のことと考えて相違ないだろう。御子柴が収集したフィギュアの数々は彼の自室だけでは収まりきらず、野崎のマンションの一角を占領してしまっていた。
そのフィギュアのように、とは一体どういう意味だろうか。野崎の認識では、フィギュアとは―特に御子柴が嗜む美少女フィギュアは、愛らしい顔立ちの少女が容姿に見合った可愛らしい衣装を、時には露出度の高い過激な衣装を身に纏い、様々なポージングで鑑賞する者を魅了する人形―である。
己にフィギュアのような魅力を求めるとなると、何かしらの衣装を身に着けてポーズを取って欲しいということか。以前、御子柴が美術部員にモデルを頼まれたことを思い出す。あれの延長線だと思えばいいのだろうか。
何はともあれ、愛しい恋人の望みであればできる限り叶えてやりたいと、野崎は御子柴の申し出を了承した。それが遡ること30分前の出来事。記憶を想起しながら、野崎はその時の己の軽率な判断を激しく悔いていた。
今、野崎が身に着けているのは普段の制服でも、仮想世界の女性服でもない。むしろ、服など殆ど着ていないと言った方が正しい。下半身は何も履いておらず、フローリングに直に触れる尻臀が冷たい。唯一の衣服であるYシャツのボタンは留まっておらず、袖に腕が通っているだけだった。その両腕は後ろ手に拘束され、身動きが取れない。
ネクタイで緩く縛られた手首は力を込めれば解けそうではあったが、商売道具の一部であるそこを傷つけたくはなかった。何より今、野崎は少し身じろぐことすら許されていなかった。
御子柴が格好以外に野崎に課した条件は3つ。喋らないこと、身動きしないこと、そして、目を閉じないこと。どれも野崎の羞恥心を煽るには充分だったが、特に問題なのは3つ目だった。
野生動物には及ばぬものの、人間の視界というのは存外広い。必死に視線を逸らしても、目の前の御子柴が己をじっと見据えている様が、どうしても視界に入ってしまうのだ。
御子柴は椅子に前後逆向きに腰掛け、背もたれに肘を突いた姿勢で無表情に野崎を見ていた。今のところ、彼が野崎に触れるような素振りはない。御子柴は基本的に、彼のコレクションに素手で触れることはしない。対象をケースの中に入れ、鑑賞して愛でるのみだ。
御子柴の視線が野崎の肌をなぞる。いたたまれない現状に、野崎の頬がほんのりと色付いた。前述した通り、人間の視界は存外広い。野崎がどんなに目を逸らそうと、御子柴が己のどこを観察しているのか、視界の端で捉えてしまう。
今、彼が見ているのは−

「結構白い肌してるよな、お前」

突然掛けられた声に、野崎の体がギクリと固まった。今まで沈黙を守っていた御子柴が、野崎を見据えたままゆっくりと語り出した。

「内腿とかさ、すげぇなまっ白い。痕、目立っちまうな。意外と消えないもんなんだな、キスマークって」

わざと羞恥心を煽るよう、緩慢に。しかし無機質な声音で、御子柴は彼の目に映る事実を淡々と述べる。御子柴の言う通り、野崎の内腿にはいくつもの鬱血痕が浮かんでいた。白地の肌に開花したそれらは、一昨日御子柴自身が残していったものだ。人目に触れぬ場所に咲いた花々は、御子柴の隠された独占欲の象徴のようだった。

「顔赤いな。恥ずかしいか?でも、一昨日の方がもっと恥ずかしかっただろ?そこに口つけられて、何回も何回も吸われて…もっとすごいことも、したんだからさ」

あぁ、やはりわざとだ。
彼はわざと羞恥心を煽る言い回しをしている。いつもの御子柴がこんな台詞を吐こうものなら、顔から湯気が出そうなほど頬を赤らめているだろうに。今赤面しているのは己だけだと自覚すれば、野崎の頬に一層熱が集まった。
言葉にされなくとも、一昨日の情事のことは鮮明に思い出せる。両脚を大きく開かされ、内側の柔肌に何度も唇を落された。その行為の先にある快感を知る体は直接触れる前から浅ましく興奮し、雄を勃たせながら透明な蜜を流していた。
今だって、そうだ。

「…ふ…っ…」

御子柴の視線を浴びているだけだというのに、下半身に熱いものが溜まっていく。芯を持ったそれの先端が濡れているのが見なくてもわかった。ぷくりと膨れた一粒が鈴口から零れ、幹を伝って根本へと落ちていく。その感触に、野崎は瞳をきつく閉じたい衝動に駆られる。それをなんとか抑え、気付かれぬ程度に小さく身震いするだけに留めた。
激しい羞恥に苛まれた頭が、本当にこのまま消えてしまえる方法はないものかと馬鹿なことを夢想し出す。いつまでこの行為に耐えればいいのだろうか。数分か、半刻か、それとももっと…
野崎の胸に不安が押し寄せるのと同時に、

「…お前、なんで抵抗しねぇの?」

頭上から降ってきた声に野崎がそろりと目線だけを動かすと、羞恥心と葛藤している間に移動したらしい御子柴が目の前に立っていた。首を動かせないため表情は窺い知れないが、彼の声には相変わらず抑揚がなかった。
独り言のようにポツリと零した御子柴は、なおも静かな口調で野崎に問う。

「こんな変態じみたプレイさせられて、恥ずかしいことばっか言われてさ。口縛ってるわけじねぇから声だって出せるし、やろうと思えば腕の拘束だって解けるだろ。なんで耐えるばっかで抵抗しねぇの?」

確かに御子柴の言う通り、野崎は逃げようと思えば逃げ果せた。少しの間の痛みを覚悟して拘束を解くこともできたし、この場から立ち去らなくとも一言、嫌だと言えば現状は違っていただろう。
それらをしない理由は、ひとえに。

「…お前は」

御子柴は野崎の前に膝を着き、

「俺の頼み事なら全部黙って聞いちまうほど…俺のことが好きなのか?」

感情の読めぬ人形のような綺麗な顔で、そう問うた。
問われはしたものの、野崎は今、首ひとつ動かすことすら許されていないのだが。しかし、恋人に自分のことが好きかと聞かれたら、答えないわけにはいかぬのではないか。逡巡しつつも、野崎は御子柴の様子を窺いながらおずおずと頷いた。
途端、御子柴の整った相貌がくしゃりと歪む。そして、

「…ひッ!?や、ぁ、んんッ!!」

やはり命に背いてはいけなかったのかと不安に思う暇もなく、野崎はふいに下半身からせり上がってきた快感に喘いだ。目の前に傅いた御子柴が、野崎の雄を片手に握りこんで扱きあげたせいだ。もう幾度も体を重ねてきた御子柴は、野崎の弱点を熟知していた。
雄の性感帯を的確に刺激されては堪らず、野崎は早々に音を上げた。

「や…ッ!だめ、駄目だ、御子柴…!こ、声が、出る、から…!!」

やっと望むものを与えられた体は歓喜に震え、性的快感に鋭敏に反応する。喉が勝手に開いて、はしたない喘ぎ声がひっきりなしに漏れてしまう。
声を出さないという約束を守れそうにないと野崎が必死に訴えれば、

「ぁ…?あー…いいよ、別に。気持ちいいなら素直に喘いでろよ」

当の御子柴は心底どうでもいいと言わんばかりに、投げやりな口調で答えた。御子柴が直接触れたと同時に、フィギュアのように振る舞えという命も取り下げられたのだろうか。始まりが唐突なら、終わりも驚くほど唐突だ。
恋人になる前、野崎は御子柴の感情をある程度理解できていると思っていた。恋人同士になれば、もっと深く理解し合えるとも。
しかし、実際は真逆だった。関係が深まれば深まるほど、御子柴の真意が見えなくなる。どうしてこうなってしまったのだろう。己は何か、選択を間違えたのだろうか。

「…気持ち良くしてやるから、もう何も考えんなよ」

混乱する野崎の耳元で、御子柴が低く囁く。魅力的な甘言に、野崎の思考が徐々に鈍り始めた。ただ、気持ちいい、と。快楽に魅せられた脳と体は正常に機能せず、そればかりを追ってしまう。だから、

「…野崎、」

名を呼んだ後に御子柴が小さく呟いた一言は、野崎の耳には届かなかった。



―自信がないんだ。彼に愛される自信が。

人に好かれやすい自覚はあった。羞恥心と戦いながら甘い台詞を吐き出せば歓声が上がったし、知恵を絞って話題を振れば楽しそうに笑ってもらえた。
しかし、それは主に女子に対してだ。野崎は男であり、友であった。大切な女友達が多大な好意を寄せる、男友達。そんな野崎に募りに募った思慕を伝えた時、俺は全てを諦めていた。
もう、野崎とは友でいられない。野崎に恋する佐倉とも。今までのように家に上げてもらえるとも思えないから、アシスタント業も終わりだろうと。
だから野崎が俺の想いを受け入れた時、頭が痛くなるほど驚愕した。勿論、喜びだってした。だがそれ以上に俺の胸を苛んだのは、大きな疑問と不安だった。
野崎に俺のことが好きかと問えば、必ずイエスと返ってくる。しかし、問題はそれ以前だ。
なぜ俺の告白を受け入れたのか。野崎は恋愛に関して、至ってノーマルな人間だ。男を恋人にする理由なんて、どこにもない。容姿も、性格も、それ以外も。

―お前が俺を好きになる理由なんて、どこにもないじゃないか。

俺は野崎に己の疑問をぶつけたことはない。できない。恐い。彼の返答がどんなものか、想像するだけで恐いのだ。同情だとか、彼の口から受け入れられない理由を聞かされてしまったら、俺はきっと壊れてしまう。
だから、試す。野崎がどこまで俺を受け入れてくれるのか、その伸びしろを探る。途切れないでくれと切望しながら、限りなく嫌われそうな方法で。矛盾していると、自分でもわかっている。
この臆病者を手放さないでくれと願いながら、世界一愛しい恋人を傷つけている。俺は馬鹿だ。馬鹿だから、俺は。

「…ごめんな」

こんな簡単な一言さえ、まともに伝えられないままでいる。



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