※R-15程度の描写有
※堀先輩生誕祝い
遡ること一週間前。食後のコーヒーを飲みながら寛ぐ堀に野崎は尋ねた。
「堀先輩、もうすぐお誕生日ですね。誕生日ケーキはどんなのがいいですか?」
料理全般が得意な野崎は当然のようにケーキを自作するつもりだ。突然の質問に目を丸くした堀だったが、ショートでもチョコレートでも任せてください!と意気込む野崎に、思わず小さく吹き出した。手作りの菓子は苦手な堀だが、信用のおける野崎が作るものはどれも旨く、ついついアレもコレも捨て難いと欲が出る。
暫し腕を組んで思考を巡らせ、やがて結論を出した堀は野崎に向き直った。
「じゃあ、ショートケーキ。生クリーム多めのやつ。…あとは、皿が欲しいな…」
堀が独り言のように小さく付け足した台詞を、野崎は聞き逃さなかった。一言で皿と言っても種類は様々だが、ケーキの話をしていたのだからケーキ皿を所望しているということでいいのだろうか。なぜ声のトーンを落としたのかと少々気になったが、どんな皿がいいだろうと検討を始めた野崎の頭からは、そんな些細な疑問はすぐに消え去った。
翌日、野崎は老舗百貨店に赴くと、普段はなかなか足を運ばない食器売り場でプレゼントを購入した。白地に青と金のラインが入った陶製のケーキ皿と、同じデザインのコーヒーカップセット。シンプルではあるが高級感漂うそれらに、いい買い物ができたと野崎は胸を弾ませた。
そして、11月28日―恋人である堀の誕生日当日。
一週間前と同じように彼らは野崎宅で夕食を共にした。今日の食後のデザートは堀の希望通り、生クリームがたっぷり盛られたショートケーキだ。しっかりとアルコール成分を飛ばし、ブランデーの香りを漂わせる柔らかいスポンジの間には、生クリームと苺がふんだんに挟まっている。我ながら上手くできたと自賛し、野崎は切り分けたそれとコーヒーをトレーに乗せてリビングへと戻った。
野崎の手作りケーキが楽しみらしく、床に腰を下ろした堀は期待に瞳を輝かせている。年上の先輩がまるで幼い子供のように見えて、野崎はクスリと笑った。
「先輩、お誕生日おめでとうございます。ケーキとコーヒーです」
言って堀の前にそれらを並べれば、彼がおぉっと感嘆の声を上げる。嬉しい反応に顔を綻ばせながら野崎は続けた。
「先輩、このお皿とコーヒーカップも誕生日プレゼントなんです。食べ終わったら洗ってラッピングしますね」
「え、皿もくれるのか?なんか、いろいろ用意させちまって悪ぃな。ありがとう」
驚きつつも礼を述べる堀に違和感を抱き、野崎はコクリと首を傾げた。
「先輩、皿が欲しいって言いませんでしたっけ…?」
もしかして聞き間違えたのだろうかと心配になり、野崎は恐る恐る堀に尋ねた。野崎の問いに堀は再度驚いた様子で瞬きを繰り返すと、聞こえてたのか…と小さく呟いた後に苦笑した。
「…うん、言ったよ。ありがとな、大事にするわ。…でも、」
一度言葉を切り、堀は人差し指で野崎の唇をそっとなぞると、
「俺が本当に欲しかったのは、こっち」
柔らかいそこに、大道具仕事で硬くなった堀の指が触れる。堀の真意がわからず野崎が首を傾げたままでいると、目の前の彼が悪戯をしでかす前の子供のようにニヤリと笑った。
「ふ…ぅ、んん、ん…」
二人きりのリビングに水音と鼻にかかった息使いが響く。音の出所は野崎の口内だ。堀は野崎を彼の隣に正座させ、口を開けて静止しているようにと言い付けると、野崎の舌の上に指で掬った生クリームを乗せた。野崎が驚いて堀を見れば、いつの間にやら間近に迫っていた彼との距離がゼロになり、口内に舌を差し込まれた。
ちゅる、ちゅう、と何度か角度を変えて野崎の舌に乗ったクリームを舐めとった堀は、もう何度もこの行為を繰り返している。カーペットの上に正座し、口を開けたまま動けない現状は、確かに卓上に鎮座しているケーキ皿に似ているのかもしれない。脳が痺れるような感覚に襲われながら、野崎はぼんやりとそんなことを思った。
堀に口内を貪られながら、野崎は横目でチラリと皿の上のケーキを見る。
「…っ…」
まだ、半分。いや、舌で絡め取り辛いスポンジと苺が残されたままなので、半分以上あるのかもしれない。この行為がまだまだ終わりそうにないと予感し、野崎は膝上の拳を固く握りしめた。それと同時に、堀に気付かれぬよう僅かに腰を捩らせる。
堀が提案した口移しは、野崎が想像していたよりもずっと卑猥なものだった。生クリームを舐めるだけでは飽き足らず、堀は野崎の口内に舌を差し込む度に歯列や舌先を彼のそれで刺激する。生クリームごと舌を吸い上げられた時など、野崎は堪らず腰を浮かせてしまった。背筋にゾクゾクと快感が走り、腹の底に熱が溜まる。
あらぬところが熱くなってしまいそうで、野崎は内腿に力を込めるとなんとかその衝動をやり過ごした。堀のために作ったケーキなのだから、堀のいいように食べてほしいと要望を受け入れたが、完全に失敗だったと後悔する。だが、断るにしても今更だ。なんとか完食するまで耐えねばと、野崎はぎゅっと両目を閉じると口を開けてクリームの再来を待った。
しかし、
「…あー…」
「…?」
堀の間延びした声が聞こえ、野崎はきつく閉じていた双眸を薄っすらと見開いた。眼前の堀は、甘味を食しているというのになぜだか妙に苦み走った顔で野崎を見ていた。
「…あのな、野崎。よく聞けよ」
そう前置きし、堀は野崎から視線を外すと俯き気味になりながら、
「俺は今日、本当にケーキを食べて終わりにする予定だったんだぞ。そりゃぁこんな風に悪ふざけしちまったけど、マジでそれだけのつもりだったんだよ。でも、なぁ…」
言って堀がチロリと視線を上げると、頬を薔薇色に染めて肩を震わせる野崎と目が合った。若干涙目の野崎が小首を傾げた瞬間、堀はとうとう辛抱堪らずといった体で叫んだ。
「…だーもー!!お前エロいんだよ!!間近でそんな可愛い顔されたら、別のもん食いたくなるに決まってんだろッ!!」
乱雑に頭を掻きながら心情を吐露する堀に、野崎はパチクリと瞳を瞬かせる。野崎が呆けて動けずにいると、堀は彼の両肩を力強く掴んだ。
「もー我慢できねぇ。野崎、お前を食わせろ。いくら鈍いお前でも、意味わかるよな?」
鼻先が触れ合いそうな程間近に迫った堀の瞳が肉食獣の光を宿していることに気付き、野崎はゴクリと喉を鳴らした。ここで頷けば、自分は恐らく、口内だけでなく全身を貪られる。熱い楔で穿たれて、快楽の絶頂へと誘われるのだろう。食わせろ、とは、つまりそういうことだ。
切羽詰まった様子で情欲を曝け出す堀に、野崎は口内に溜まった唾液を嚥下した。喉の奥に消えていったそれは、先程まで食していた生クリームよりもずっと甘い。野崎はドクドクと高鳴る心臓を押さえながら、伏し目がちな視線を堀に向けた。そして、
「ど…どうぞ、お召し上がりください…?」
慣れぬ誘い文句に語尾が上擦った。大きな体を縮こませながらおずおずと誘う彼に、今度は堀が喉を鳴らす。
堀は自身の唇を一舐めすると、片手で青色のネクタイをするりと解いた。
「…安心しろよ。ケーキもお前も、残す気なんて更々ねぇから」
そう告げる堀の手が野崎の顎を掬い上げる。どちらからともなく唇を重ねた彼らは、今までよりも濃厚な口付けを交わした。舌を絡め、互いに互いを味わいながら、彼らは思う。
―あぁ、甘い。