野崎は所作が綺麗だ。
雲の上から糸で吊られているのかと思うほど、背筋がピンと張っている。屈む姿勢を取る頻度が多い彼が、長い健脚を器用に折り畳んで原稿に向かう様は素直に美しいと思ってしまう。
だからこそ、度々乱したくなってしまうのだ。その身心が、一体どれほどの圧に耐えられるのか。
夕陽が射し込む広いリビングに二人きり。よくあるシチュエーションだ。少々脛が痛むものの、カーペットからはみ出した剥き出しのフローリングの上で正座をする。これも野崎にとってはなんら特別なことではない。日常的な動作だ。
ただ、目の前にさらけ出された男性器に舌や頬を這わせる行為に、もう慣れただなんて一生涯言いたくはない。
舐め回されている掘だって同じ気持ちだろう。口内でビクビクと脈打つそれが全てを物語っている。
己の両の太腿を跨いで立っている堀をちらりと仰ぎ見れば、若干苦み走った表情を浮かべる彼と視線がかち合った。
「はっ…!かは…ふ…ぅー…」
漏れる吐息はどちらのものか、もう判別している余裕はない。
野崎は堀の腰から上に腕を回してすがりつき、堀は堀で野崎の肩やら首やらを頼って必死に立っている状態だ。せめてもう少し壁伝いに事を進めたいものだが、始まってしまったものは仕方がない。
「野崎、お前、ちゃんと息継ぎろよ。噎せても知らねぇぞ」
「ん、は…先輩こそ、ちゃんと水分取ってください。この暑さじゃ倒れますよ」
「手の届く範囲にペットボトルがありゃな…とっくに飲んでるんだが」
「取りに行きますか」
「…無理だな」
お互いがお互いを止める術すら見い出せず、渦巻く悦楽に嵌まり込んでいる最中。熱気を発散させながらなんとか言葉を交わしている状態から抜け出すのは至難の技だ。
言いたいことなら他にもある。お前ネクタイ取らなくていいのかとか、先輩も下着の替え持ってきてますかとか、そもそも脱げたのは上着だけで下を脱ぐ暇も与えてくれなかったじゃないですかとか。
堀に言わせたらお前も同じだろうと。今すぐカッターシャツに食い込ませた十指を解いて、距離を取ればいいじゃないか。
そもそも掘自身が野崎の首根っこを掴んで、己を一歩後退させれば済む話。それをしない理由なんて、とっくの昔にわかっている。
野崎の口内の居心地が良すぎる。上下左右逃げ場がない蜜壷に、脳が狂っていることは自覚済みだ。
「んふ…ふ…ぅ゛ー…ぁっ、は…」
「あんま前のめりになると危ないっつーの…ちょっと離せ。一辺顔上げろ」
「ん…ぁ」
野崎の首と額に手を掛けて軽く押し返すと、じゅる、と卑猥な音を響かせて性器が外に滑り出た。
「は…先輩…俺はまだ大丈夫です」
「馬鹿野郎、俺が大丈夫じゃない」
「いつでも出して良いんですよ?」
「おま…男にそういうこと言うか?」
そんな風に誘われたら逆に堪えたくなるだろうが。
堀の返答に野崎は若干首を捻っている。煽っているのだから素直に流されておけばいいのに何故、とでも言いた気に。
理由はいろいろある。好きな奴の前では格好良く見せたいだとか、年上としてのプライドを誇示したいとか、余裕ぶりたいとか。簡潔に言ってしまえば、相手よりも優位に立って事を進めたい。
単純に快感をもっと味わっていたいから、楽しみはもっと後にとっておきたいとも思う。
同性なのに何故こうもずれているところがあるのだろう、と堀は時々心底呆れてしまう。だが、そこが可愛いと言ってしまえばそれまでだった。
「…先輩?」
無言になってしまった堀を前に、野崎も動きが止まってしまっている。
堀は誤魔化すように野崎の頭を撫でた。野崎に感情の機微を教えるのは至難の業だ。ましてやこんな欲望に塗れた行為の最中に。
数回野崎の短い髪をかき混ぜた堀は、軽く息を吐いて思考を切り替えた。
「なんでもねぇよ。とりあえず、続けていいんだよな」
「はい、遠慮しないでください」
「別に最初っからしてねぇけど…じゃあ、お言葉に甘えて」
言って頭に添えたままの手を腹側にぐっと引き寄せれば、野崎の口元が堀の下着に沈んだ。
下着を取る暇はなかったものの、上着とともにベルトも引き抜いておいて正解だったと堀は思う。金属をぐいぐい押し付けられたら野崎だって痛いだろう。ましてや顔だ。そんなことで傷つけたくはなかった。
すぐに舌の動きを再開させた野崎は、先ほどと変わらず両腕で堀の腰を抱いている。足も勿論折り畳まれたまま。
野崎自身の下肢は大丈夫なのだろうか。ベルトもカッチリと嵌まったままだし、ジッパーも当然上がったままだ。そんなところに隆起した物を押し込めていたら苦しいだろう。堀としては、出来るものなら解放してやりたいのは山々だ。だが。
野崎のぴっちり閉じられた太腿を割り開いてしまうのは余りにも惜しい。できることなら時間の許す限り見つめていたい。野崎が解放してくれと泣き出すまで。唾液も汗も涙も精液もダラダラと流したままで。
裸だったら、場所が風呂場だったらと、欲望を吐き出し続けたらきりがない。そんな稚拙な願いは次の機会に預けてしまおう。一回で終わらせてしまう気など、堀にも野崎にも更々ない。
性器を根元まで咥えた野崎は、舌の根元から先端までを余すところなく使って堀に奉仕する。口内でじゅるじゅると不規則に響く水音に、聴覚が過敏に反応する。耳の奥を犯される快感に、無意識に両目を閉じて感じ入っていた。
そんな野崎の舌の動きに併せて堀自身が緩く腰を振れば、限界は早々にやって来た。
「あー…くっそ、野崎、そろそろ…」
一旦中断したとはいえ、行為を始めてどれほどの時間が経過したのかわからない。下肢の濡れ具合から言って、相当長いこと舐められていたはずだ。ここまで射精を堪えたことはない。
野崎は堀の台詞に一瞬固まったが、すぐに覚悟を決めて大きく息を吸い込んだ。次いで、じゅっ、と音を立てて一層強く舌を絡める。
思わず腰から力が抜けかけた堀は、反射的にシャツ越しの野崎の肩に爪を立て、なんとか姿勢を保った。
しかし、かなり前のめりになってしまった。限界まで張り詰めた己の肉棒の先端が、野崎の喉奥まで入り込んでしまったのがわかる。
「んん゛…!ぐ、ぁ、はっ…!」
「野崎、そのまま…!」
くぐもった声を上げる野崎に、気づかって再び顔を上げろなんて言ってやれる余裕はなかった。
見下げた視線の先に、野崎自身の腰がブルリと震える様が映る。
スラックスの下で快感に耐えている肌を撫で回したい。太腿を割り開いて、どろどろに蕩けているであろう下肢の奥深くまで暴いて、思い切り喘がせてしまいたい。
そんなことが頭を過ってしまえば、もう保たなかった。
「出、る…っ!」
「ん゛ん゛っ!ぅ、―っ!!」
放たれた白濁が野崎の舌を叩く。思わず噎せ返りそうになるのを堪え、野崎は喉を反らして粘着質なそれを飲み込んだ。野崎が喉を上下させる度、心地良い振動が堀の性器を揺らす。
数回腰を震わせて全てを吐き出した堀は、ゆっくりと野崎の口内から己の半身を引き抜いた。
漸く解放されたというのに、野崎は口を開けようとはしなかった。頬を紅潮させたまま、鼻で深い呼吸を繰り返している。
堀を拘束していた野崎の両腕の力が緩んでいく。緩慢な動作で己のベルトに手を掛けた野崎は震える指先でバックルを外し、軽く腰を上げてスラックスの前を寛げた。
半ば無理やりジッパーを下げると、未だ熱を孕んだままの野崎の性器が下着を押し上げていた。大量の先走りで色を変えた下着が外気にさらされ、野崎は羞恥に眉を寄せる。
とにかくこれ以上汚れる前にスラックスを脱いでしまおうと腰を上げたが、両肩に掛けられた堀の手によって押し戻された。中途半端に引っかかったままのベルトを膝裏に噛んでしまい、若干の痛みを感じる。
野崎が不思議そうに堀を見上げると、腰を屈めた彼の右腕が野崎の股間に差し込まれた。
下着の裾を指先で強引に捲り上げて、野崎の後口に中指を含ませる。そのまま進行しようとする指の動きに、野崎は漸く声を上げた。
「ひ、ぁ!?せん、ぱ、何して…!?」
「悪い、我慢できねぇ。このままイくとこ見せろ」
「は!?何で、待って、くださ…」
堀が腿の間に割り込ませた腕を固い性器に押し当ててぐりぐりと動かしてやると、野崎の語尾が掻き消える。
想像していたよりも気分が高まっていたらしい。埋めた中指で弱い箇所を性急に抉ってやれば、唐突に野崎の性器から精が迸った。
声もなく絶頂を迎えた野崎が、両手で右腕に縋り付いてくる。閉じられなくなった口は荒い呼気を繰り返し、震える下肢が堀の腕と指を締め上げてきた。
暫し間を置いて、堀が腕を引き抜く。次いで野崎の肩をそっと後ろに押しやれば、今まで綺麗に畳まれていた両足は簡単に崩れた。
後ろ手に床を着き、無防備に足を開脚させた野崎が蕩けた顔を堀に向ける。下肢も完全に溶けてしまっているようで、下着が精を吸って色濃く移り行く様をまじまじと観察できた。
右手首から下を卑猥な液体で濡らしたまま、堀は高鳴ったままの己の鼓動を自覚した。
これは、予想以上に、いい。
抱き合うことすら忘れて、強引に事を進めて、見入ってしまった。
気高いものを崩壊させる瞬間に至るまでの過程も、その後も。ここまで興奮するとは思わなかった。
危うい余韻に浸っていると、野崎が小さくせんぱい、と呟いた。どうしたのかと問えば、全身の力が抜けて立てないと言う。特に、足が痺れてしまって起き上がれないらしい。
長時間正座を続けていたせいではなく、堀の攻勢によって一気に腰から下が脱力してしまったようで。
顔を俯かせながら立たせてほしいと懇願する野崎に口角が上がる。堀は野崎の耳元に唇を寄せると、
「可愛いな、お前」
万感の思いでそう告げた。
などということが昨日あったのだが。
「…」
堀は無言のまま、斜め右前に座り原稿にペンを走らせる野崎を見やる。
相変わらず、涼しい顔で綺麗な正座姿勢を保っている。昨日散々乱してやったというのに。毎度のことながら、野崎の切り替えの早さには恐れ入る。
「どうしました?先輩」
堀の視線に気付いた野崎が顔を上げて問う。
堀は手にしていたミリペンを原稿の横に転がし、両手を組んでぐっと背を伸ばした。
「いや、なんつーか、綺麗な姿勢だなーと思ってよ」
野崎がきょとんと目を丸くする。そんなことを言われたことがなかったのだろう。
きっとそう思っているのは自分だけじゃないと堀は思う。佐倉は勿論、若松や御子柴だって一度は思ったことがあるのではないだろうか。
同性に綺麗と言われてもピンと来ないのか、野崎は普段よりも幼げな表情で堀を見てくる。
そんな野崎に堀は苦笑しつつ、
「原稿に向かってる時のお前はカッコいいよ」
嘘偽りのない本心を告げた。
真剣に物事に取り組む人は誰だって魅力的だ。それに美しい所作が伴えば尚更のこと。さらにそれが想い人であれば、目を奪われたって仕方がない。
堀の告白を真正面から受けた野崎は素直に驚いているようだった。
軽く瞬きを繰り返した後、野崎は常の無表情のままで、
「先輩はいつでもカッコいいです」
さも当然だと言わんばかりにサラリと唇を動かす。
両手を解いて腕を下ろしかけていた堀の動きが止まった。野崎に向けていた視線が徐々に斜め下にずれていく。
数秒沈黙したのち、堀は原稿に背を向けて寝転がった。カーペットに顔を伏せて、右耳の横で拳を握る。
段々とその拳が震えそうになるのを堀は野崎に悟られぬように耐えていた。
「あ、でも髪を下ろしてる時は可愛いかと」
「黙れ野崎」
いらぬ補足を付ける野崎に、堀は短く答えて再び口を閉ざした。
起きる気配がない堀に野崎は首を傾げつつ、
「先輩、疲れましたか?休憩します?」
「…おう」
「飲み物、コーヒーでいいですか」
「それでいい」
「わかりました」
じゃあ淹れて来ますね、と立ち上がる野崎をチラリと盗み見る。いつも通りの涼しい顔。
そんな彼に向かって、堀は内心で叫んでいた。
―天然最強説―やっぱりこいつ可愛くねぇっっ!!!