屋上×ちよ♂のざ♀
(霄(お題bot)@sorabot1様)
学校の屋上には浪漫があるが、現実では易々と立ち入ることが出来ないのが難点だ。
では、逆に易々と出入りできる屋上はどこか。
佐倉と野崎が熟考した結果、最終的に閃いたのはショッピングセンターの屋上だった。
しかし、2人が知っているショッピングセンターの屋上は青空駐車場になっており、浪漫なんて微塵も感じられない。
それでも野崎に普段立ち入ることが少ないから行ってくるなどと言われては、佐倉としては付いて行かざるを得ない。
佐倉としては野崎の隣に立てるのならばどこだっていい。そこが例え、照り返しの強いコンクリートブロックの上だとしても。
「佐倉、大丈夫か?倒れる前に屋内に避難した方がいいぞ」
長髪を靡かせながら、野崎は先ほどから一言も発していない佐倉に振り返り声を掛ける。
野崎の手にはデジタルカメラ。挿入されたSDカードにはもう何枚もの駐車場風景が収められているが、まだまだ彼女にとっては物足りない。
だからと言って、佐倉をこの炎天下の中、延々と付き合わせるわけにはいかなかった。
野崎だって十分にこの茹だる様な熱気を体感している。汗がブラウスに染みる度に不快感が募っていく。
普段の佐倉であれば、頬を紅潮させて汗を滴らせる野崎なぞが目の前に居たら、それはそれは溢れる唾液との戦いになるのだろうが。
今は口内に唾液の一滴すら浮かんでくる気配がしない。野崎の声まで朧気になってきた佐倉は、とうとう己の限界を感じた。
「うん…ごめんね野崎さん…出入り口の横にあったベンチに座ってるから…」
「ああ、その方がいい。水分補給も忘れないようにな」
こんな所に付き合わせてすまなかったと謝る野崎になんとか首を横に振り、佐倉はフラフラとした足取りで屋上駐車場を後にする。
情けない。情けない。彼女はまだ凛と背筋を伸ばして立っているのに、自分は腰を折りつつ退場なんて。
最後まで想い人の傍に居られなかった事実に涙が浮かぶ。自分はこんなところまで情けない。
潤む視界をなんとか誤魔化そうと、佐倉は制服の袖を目尻に押し付けた。
野崎が佐倉の後を追い屋内に入ったのは、それから10分後のことだった。
もう少し粘れるかと思ったが、流石にあの気温の中で排気熱や直射日光や反射熱もろもろを浴び続けるのはきつかった。
流石にもう帰ろうと、野崎は佐倉を探してベンチに視線を向ける。
橙色の髪に男子にしては珍しく水玉模様のカチューシャを嵌めた可愛らしい頭部が、木製のベンチの上に横たわっていた。
「…さ、佐倉っ!?大丈夫か!?」
まさか、自分が見ていないうちに倒れたのか。ザアッと頭から血の気が引くのを感じながら、野崎は佐倉に駆け寄って彼の肩に手を掛けた。
視界に広がるのは、血色を落ち着けた白い肌に、心地よさそうに閉じられた両瞼。寝息とともに上下する薄い胸板。
揺り起こさんばかりの勢いで飛びついた野崎はハタと気が付いた。
「…寝てる、だけ?」
そう呟きつつも、念のために佐倉の頬や首に手を添え、体温と脈を測る。
―異常なし。
導きだした結論に、野崎は詰めていた息を吐き出してホッと胸を撫で下ろす。
次いで彼女を支配したのは強い罪悪感だった。
「ごめんな、佐倉」
佐倉は優しくて責任感が強い。野崎の要望に応えようと、いつも頭も身体もフル回転させていることは、野崎にもわかっていた。
わかった上で、自身がそんな彼にひどく甘えてしまっていることも。
佐倉の笑顔が嬉しい。己に向けてくれる、向日葵のように眩しいそれが野崎は大好きだった。
未だ起きる気配がない佐倉の頭部をそっと持ち上げ、野崎はベンチに腰を落ち着けた。
そして、持ち上げた時と同じくそぉっと彼の頭部を己の腿に乗せる。
首は痛くないだろうか、呼吸はできているだろうかと試行錯誤している野崎の頭上に、ふと影が差した。
見上げた視線の先には、ニコニコと微笑まし気に笑う女性と、その後ろでこれまた笑顔で両手に大量の風船を掲げた男性。
野崎は目を丸くした。
「カップルでお越しの方に風船をお配りしています。お一ついかがですか?」
言って男性から風船を1つ貰い受けた女性は、その手を野崎に差し出してくる。
え、あ、はい、どうも、と気の利いた返事もできないまま、野崎はそれを受け取った。
スタッフらしい男女が通路の奥へと消えて行くのを、ポカンと口を開けて見送った野崎は気付いていなかった。
今まで、佐倉と一緒に居ても、自分達は仲の良い姉弟にしか見えないと言われていたのに。
今日、初めて、カップルに間違えられたという事実に。
野崎の膝の上で寝ていた佐倉が己の現状に気付いて飛び起き、さらに風船を貰った経緯を聞かされて撃沈した。そんな彼を目の前にしても尚。
鈍感な彼女はその事実に、ついぞ行きつけないままだった。